新型コロナウィルスが招く視界不良

 

新型コロナウィルスにはみんな結構迷惑を被ってまして、

テレビやネットから仕入れた情報も錯綜しています。

街へ出ても、心なしか人の数は少ない。

当然、みんなマスクをしています。

しかし、どこもマスクもアルコールティッシュも

売り切れていて、参っています。

感染力がいまひとつ不明なので、ちょっと怖い。

自然界のウィルスとか人為的なウィルスとか、

いろいろな説が飛び交っている。

自然界のものであるならば、

そうなのかと思わざるを得ないし、

そもそも変なものを食うなよな、

と言いたい。

万が一、人為的なウィルスだとしたら、

これは兵器です。

一体誰が得をするのか?

一体誰が何を狙ったものなのか?

それは想像すれば何となく分かりますが、

そのあたりは解明されないと思います。

きっと。

感染者や死亡者の数なども、

それがホントの数字かどうなのか、

疑えばキリがない。

そうした観点から考えるに、

敵の正体が明確ではないという点で、

不安というものに拍車がかかる。

それは今日現在でも継続していて、

それがココロのどこかに居座っている。

新型コロナウィルスなんかいなくても、

そもそも人はなにかしら不安を抱えていて、

その容量をなるべく増やしたくはない。

ひとつひとつ減らす努力をしている。

しかし、容量が警戒水域を越してしまうと、

人は生きる力を失う。

そこには当然、個体差による容量の大小や、

その人の置かれている状況により、

おのおの危険水域は異なるけれど。

しかし、理屈通りにいかないのも人である。

こうしたとき、

逆に戦闘モードのスイッチが入ることもある。

強くなるしかない。

こうした反応も遺伝子に記憶されているものなのだろう。

人はこういう苦難をいくつも乗り越えて生き残ってきた。

そして何世代と累々と命を繋げ、いまに至る。

―経験と智慧と勇気―

こうした事が起こる度、

それが人に課せられた運命なのかどうか。

それは答えのない問いとして、

哲学的にも宗教的にも語られる難題ではある。

━苦難は人を進化させる━

そう考えるのが、

いまはベストのような気がする。

 

闘いは当分続くのだろう。

 

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