この時代からの逃走論

 

せっかくの夏休みも、コロナと線状降水帯で、

日本全国は大きなダメージを食らいました。

 

重なる災害、二重の苦しみ。

 

被害にあわれた方々にはお見舞い申し上げます。

それしか言えません。

 

相変わらず憂鬱な日々がつづいております。

こんな夏って初めてです。

なんだか混乱しますね。

 

で、考えました。

これは私なりの避難の仕方なのですが、

もちろん天気情報はこまめにチェックしますが、

あとはテレビを消し、ネットのニュースもほどほどにして、

いままで時間がなくて手をつけられなかった何か、

そのSOMETHINGを始める。

 

たとえば、読書。

まとまった時間がないと読めない分野の本って

ありますよね。

そういったものに手をつける。

また、この際いっきに家のなかを掃除するとか、

いらないものをガンガン捨てるとか、

また、普段と違った傾向の映画を観るとか…

 

要するに、世間との波長をずらす訳です。

これ、私なりの避難法です。

では一体、何から避難するのかですが、

ざっくり言うと、この今という時代の空気からです。

 

この空気を私なりに分析すると、

爽やかさはゼロです。

酸素も薄い。

フィットンチットに至っては皆無。

 

あえてたとえれば、私が生まれ育った、

町の空気に似ていなくもない。

 

当時の私には知るすべもなかったのですが、

町は朝から鉄を打ちたたく音が夕方の5時まで

寸分の隙もなく響いていました。

文句を言う者は誰もいません。

空はいつでもスモッグで覆われていました。

生まれてずっとそういう町で育ったので、

そういうものだと思っていました。

 

やがて横浜の田舎のほうに引っ越して気づいたのですが、

そこはとても静かなところで、

夜はジーッという耳鳴りがしたくらいです。

 

晴れた日の空はとても青い。

そして無意識によく深呼吸をしていた自分を思い出します。

 

すでに新聞やテレビでは公害訴訟とか

スモッグのニュースが増えてきまして、

自分なりに過去を振り返ってなるほどと理解した次第です。

 

あのままあの町で暮らしていたら、

身体を悪くしたかどうかはよく分かりませんが。

 

それにしても、あの騒音、あの空気、

太陽の光がまともに届かない生活…

 

これらは昭和30年代の話です。

すべては後から分かることばかりでした。

その渦中にいると誰も気づかない。

いや、気づけないと思います。

 

以上のような経験則といわゆる勘のようなものを働かせ、

私は世間との波長をずらすことにしました。

そしてこの時代の空気から逃げることにしました。

 

といっても実は角度を変え、じっくり今という時代を、

観察している訳ですがね。

 

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