新型コロナウィルスが招く視界不良(その3)

 

テレビはあまり観ないようにしている。

少しのんびりと過ごせる夜は、

ハードディスクに溜めてある映画とか、

それもアクションもの、

または日曜美術館とか世界遺産、

世界はほしいモノにあふれてるなど、

そんなものを観て過ごす。

 

まあ、それでも世間の動き、

ニュースのポイントは一応おさえておかねばと、

主要な報道番組のアタマとかインデックス、

ネットのヘッドライン、SNSなどは、

ざっとチェックするようにしている。

 

そして、就寝前は気に入った小説の世界に没入する。

バランスは大事だ。

 

東日本大震災のときも経験したが、

ニュースとかワイドショーを見続けていると、

ちょっとメンタルがおかしくなる。

しっかりとした情報を掴もうと必死になるほど、

情報に振り回され、不安が増幅され、

果ては自ら何も考えられなくなっていた。

 

そうした経験から、

まずはメディアとは程よく距離をおき、

自ら考え、自ら情勢を判断し、どう行動するかに、

主軸を置くようにした。

 

よって、今回の新型コロナウィルスの件は、

どのように行動し対処し防御するか、

そして、事の半分くらいであろうか、

その程度は自己責任であるという結論に至った。

 

いや、或る疑念や批判したいシステム、

気がついてしまった事柄など、

書きたいことは山ほどあるが…

 

いま、私たちは対岸の火事を眺めている訳ではなく、

世界からみれば、注目すべき国で生活している

話題の国の人たち、であるのかも知れない。

そして尚、その渦中にいて

まるで他人事のような傍観者でいることも、

すべてに対して疑心暗鬼に陥ってしまうことも、

どちらも可能な状況である。

 

この場合、どう感じるかは、

その人の個性と置かれた環境下から受け取る

情報と感受性により左右される。

しかし、こういうときこそ、

メンタルは自由であるに越したことはない。

そこからしか、自らの判断は下せない。

 

しかし、これは「何か」に試されているとも感じるし、

いや、誰も試している訳じゃないとも思えてくるから、

メンタルはやはり、豪雨と小春日和のような天候を

行ったり来たりしているのである。

 

「明日のことは分からないさ」とは、

或る映画で主役のガンマンが呟いたセリフだが、

先日、このセリフがなぜか突然アタマに浮かんできた。

いまリバイバルで売り出すと、ヒットしそうな映画。

同時期、坂本九の「明日があるさ」という歌を思い起こす。

いま売り出しても、まずはヒットしない。

 

そういう時代を、ぼくらは生きている。

 

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