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	考えない技術 へのコメント	</title>
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	<description>コピーライターが綴る広告とメディアと日々の雑感</description>
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				<title>
				スパンキー より				</title>
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		<dc:creator><![CDATA[スパンキー]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 12 Dec 2013 22:09:15 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[Soraさん)
私の場合、この種の考えは、東京にいる頃は全く意識したことのないものでした。
が、小さいときに防空ごう跡で落盤事故に遭ったことがあるので、
そのトラウマが残っていたと思われます。
このトラウマというのは、妙なときに出現するものです。
若い頃はまた、少林寺拳法をやっていましたので、座禅にはまり幾度となく繰り返しましたが、
雑念だらけで落ち着かなくなるか、寝てしまう。ひどいものでした　笑
Soraさんが見られた半跏思惟像は、我々ではとても到達できない表情と想像しますが…
また、ロダンの考える人は、うーんアレは辛そうですね!
が、人間臭いのがいいかも…
何事もほどほど。私も中庸がよろしいかと思います。
が、中庸とは何かと考えるのはヤメにしましょう!
コメント、ありがとうございました。
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>Soraさん)<br />
私の場合、この種の考えは、東京にいる頃は全く意識したことのないものでした。<br />
が、小さいときに防空ごう跡で落盤事故に遭ったことがあるので、<br />
そのトラウマが残っていたと思われます。<br />
このトラウマというのは、妙なときに出現するものです。<br />
若い頃はまた、少林寺拳法をやっていましたので、座禅にはまり幾度となく繰り返しましたが、<br />
雑念だらけで落ち着かなくなるか、寝てしまう。ひどいものでした　笑<br />
Soraさんが見られた半跏思惟像は、我々ではとても到達できない表情と想像しますが…<br />
また、ロダンの考える人は、うーんアレは辛そうですね!<br />
が、人間臭いのがいいかも…<br />
何事もほどほど。私も中庸がよろしいかと思います。<br />
が、中庸とは何かと考えるのはヤメにしましょう!<br />
コメント、ありがとうございました。</p>
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				<title>
				Sora より				</title>
				<link>https://pair-factory.com/d-blog/essay/51945223/#comment-3616</link>
		<dc:creator><![CDATA[Sora]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 12 Dec 2013 13:08:36 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[ほんと、「考えない技術」というか、ある特定のネガティブなことに考えが及ぶことを、自らの意思で、簡単に遮断できるといいですね。
冒頭の地下鉄の閉所恐怖的なジレンマは、私は年に数回陥ります。「突然の地震で閉じ込められたらどうしょう」の類で、もろに考えなくてもいい可能性を考えて、恐怖するのですからどうしようもないですよ。
先月奈良に旅行した時見た中宮寺の半跏思惟像と、ロダンの「考える人」像を比較したりします↑。前者は仏に帰依することからくる微笑が、後者は論理を突き詰めようとする緊張と苦渋の表情が対比されます。
どちらも我々凡人には到達するのが難しい極致だとは思います。真理は中庸。おそらく、我々はある程度は考えて、自分の生き方を少なくとも自分だけは、あきらめも若干のジタバタも含めて納得しているのが良いのかなあ、と最近は思います。それが（いつまでも）考えない技術でもあるかと。
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>ほんと、「考えない技術」というか、ある特定のネガティブなことに考えが及ぶことを、自らの意思で、簡単に遮断できるといいですね。<br />
冒頭の地下鉄の閉所恐怖的なジレンマは、私は年に数回陥ります。「突然の地震で閉じ込められたらどうしょう」の類で、もろに考えなくてもいい可能性を考えて、恐怖するのですからどうしようもないですよ。<br />
先月奈良に旅行した時見た中宮寺の半跏思惟像と、ロダンの「考える人」像を比較したりします↑。前者は仏に帰依することからくる微笑が、後者は論理を突き詰めようとする緊張と苦渋の表情が対比されます。<br />
どちらも我々凡人には到達するのが難しい極致だとは思います。真理は中庸。おそらく、我々はある程度は考えて、自分の生き方を少なくとも自分だけは、あきらめも若干のジタバタも含めて納得しているのが良いのかなあ、と最近は思います。それが（いつまでも）考えない技術でもあるかと。</p>
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