伊豆の空はきまぐれで

 

行く宛てもなく車でぷらっと出かける。

そういうのって憧れるが、なかなか実現しない。

たまにやってみると、だいたい都会とは反対方向へ行く。

海か山方面。大磯とか秩父とか。

 

がしかし、今回はぷらっとでなく行く宛てがあって、

西湘バイパスを西へ走っている。

小田原でちょっと遠回りをしてターンパイクをのぼり、

十国峠へ。

 

三島のまちと駿河湾が一望です。

そのまま伊豆スカイラインへ入る。

ワインディングロードの連続でちょっと疲れるが、

爽快に走れる。

 

伊豆半島を南下し、海岸沿いへ出る。

今回は、親戚との集まりで東伊豆へ行かねばならない。

ぷらっと、ではない。

 

ムカシは仕事の範疇の旅行が多かった。

旅行も仕事のうちの職業だったので、これはこれで慣れると楽しいが、

なにしろ行く先々でやることが多い。

そんなに浮かれていられない。

事前の下準備に始まり、行く先では取材、撮影、

現地の感想などをメモしたり。

どんなに腹が減っていても、

まず食事はいただく前に撮影、だった。

 

そうしたしがらみを一切取っ払いたいと、

一度、会社を辞めた直後に、

奥さんとあてどない車旅に出かけたことがある。

10日間ほどかけて日本のあちこちをぷらぷらと、

気の向くまま出かけてみた。

宿の予約などもしない。

夜、着いたところで宿を探す。

 

そのときは中央高速を松本でぷらっとおりて、

信州・安曇野の美しい風景を堪能。

戸隠でそばを食べ、さらに道なりに走って新潟の直江津へ。

今度は海岸線を富山方面へと走らせ、能登半島をぐるりと回り、

甘エビをたらふくいただいた。

そして兼六園、東尋坊……と、

とにかく知っているところをテキトーに回り、

暗くなったら宿を取り、

気がついたら関西にいた次第。

 

今回の東伊豆行きだが、

前述したように気まぐれではないので、

時間通りに目的地に着くことが必須。

宛てもなくぷらっと横道に逸れることは厳禁だ。

 

海岸線を南に下って伊東の手前まで来ると、

墨汁のような雲が山を覆っている。

嫌な予感。

トンネルから出口付近を凝視すると、

アンダーグレーの景色。

といきなり豪雨に襲われワイパーが効かない。

前が見えない。

やっと伊東市内の国道へ出ると、道が冠水寸前です。

 

このままだとちょっと危ない。

視界不良のうえ道路の水かさが増し、緊張状態の運転が続く。

途中のどこかでお茶でも飲んで、雨の様子でもみようと思ったが、

時計をみるとかなり遅れている。

仕方なしに走り続ける。

 

やがて伊豆高原あたりまでくると雨も上がり、

真夏の日ざしがきらきらと海を照らしている。

うーん、よく分からない天気だ。

とにかく海も空も広い伊豆。

 

こうして東伊豆町へ夕刻に到着。

間に合いました。

皆でお茶をすすり、雑談。

どうも豪雨に遭ったのは、私たちだけと判明。

(気まぐれな天気め!)

 

宿は、波打ち際というか、海岸から至近の宿。

波の音が素敵、とかでなく、とにかくうるさい。

その分景色がいい。

伊豆七島の大島や他の島もくっきりと見える。

出迎えてくれた宿の方が、

昨日まではどしゃ降りでしたが今日はホントによく晴れて…

お客さんは普段の行いが良いんですね、とお愛想。

 

一人海岸を歩くと、潮をたっぷりと含んだ風が鼻を突く。

釣り人が、荒波に糸を投げている。

カメラを構えて、沖をじっとみている人がいる。

気温はまだ30度を超えているようで、汗がしたたる。

 

(今夜の食事は海の幸づくしだろうなぁ)

そんなことを考え、夕食の場に向かうと、

案の定、とんでもない量の海のものが、惜しげもなく出てきた。

豪勢な刺身盛り、伊勢エビの活きづくり、イカの躍り食い、

かさごのまるごとの天ぷら等々…

アワビの踊り焼きというのも、

私はこの年になって初めてみたのだが、

炭火の網の上でアワビが踊っている様がなんか駄目。

 

とにかく海のスターが総出演のような豪勢な夕食だったが、

こっちは貧乏性で、居酒屋で出てくるセコい刺し盛りとかが、

やはり自分の性に合っているなぁと。

 

露天風呂は屋上。夜の10時に行くも、もう誰もいない。

メインの灯りは消してしまったのだろうか。

わずかな灯りしかない。

ほぼ暗闇で見えない洗い場もある。

4つあると判明した露天風呂を手探りで移動して浸かっていると、

暗闇から、なぜか湯をかける音が聞こえる。

目を凝らしても誰もいない。

これが幾度となく聞こえてきて、

ちょっと何だろうと不安になる。

これがいまだによく分からない。

ちょっと引っかかっている。

 

寝ている間も相変わらず波の音はうるさい訳で、

学生時代の浜辺のキャンプを思い出す。

海に近すぎる宿というのも考えものです。

 

翌日はピーカンの天気で、昼前から気温は軽く30度を超える。

猛暑の中、帰路を横に逸れて、皆で城ヶ崎海岸へ。

暑いなか、あたりを散々歩いたら皆ぐったりしてしまい、

帰ろうかと誰かが言い出す。

売店でかき氷とかアイスを皆でめいっぱい食べ、

そうして一族解散と相成りました。

お役目全うです。

 

こうなると帰りのコースは自由。

海岸線をそのまま熱海方面へ北上するコースが最短だが、

どうも面白くないなと考え、皆と別れて、

再び伊豆スカイラインを駆け上る。

と、山の天気はまたまた気まぐれ。

ここでも酷い豪雨に遭ってしまう。

洗車機に入っているような凄い雨に降られ、

視界がとんでもなく悪い。

道路が川のようになりかけていて、ちょっと焦る。

 

途中、何台かの車も危険を察知したのか、

ハザードランプを付け停車。

不安で考え倦ねているようにも見える。

こちらは、考えた末に走り続けようと決め、

なんとか十国峠まで辿り着く。

そこで嵐が去るのを待つこととし、

ようやくレストランへ逃げ込む。

(今回はどうもついてない)

そんなことを思いながら食事をしていると、

気まぐれな豪雨もいつの間にか去り、

強烈な陽射しが再び山々に降り注いでいる。

遠く静岡の景色がパノラマ状態で見渡せる。

 

とにかく空は気まぐれ。

私より気まぐれ。

このまま箱根の山を越えて御殿場に下り、

富士五湖方面に行こうとしたが、

やはりこの空の機嫌を考慮して、計画取り止め。

一路家路へ着くこととした。

 

ぶらっと旅はやはりなかなか実現しないでいる。

若い頃は、たいしてやることもなかったので、

始終ぷらっと出かけてばかりだったのに。

もっと遠くへ、さらに知らないところへと出かけたいのに、

どうもいつも思うようにいかない。

 

気持ちは若い頃と同じ。

何も変わっていないハズなのに……