夢みがちな雑誌は、やはり面白い!

この夏、ちょっと体調を崩して床に伏してしまった。

が、少し調子が良くなると暇になる。

で、こんなとき、

日頃から気になっていた雑誌をゆったりと眺めるという、

絶好の機会を得られた。

まあ、重要な案件他、雑多な用を吹っ飛ばして寝ている訳だから、

こっちもいろいろ辛いが、とりあえず暇というのが嬉しかった。

「カーサ」「ビーパル」「ターンズ」「ウオモ」etc…

まずは「レオン」という雑誌をセレクトする。

初夏に出た号なので、メインはやはりこの夏のファッション。

ちなみに、このレオンという雑誌は、男性ファッション誌。

私も初めて買った雑誌だ。

表紙のジローラモが、ニカッと笑っている。

カッコつけのミラーサングラス。

うーん、オヤジ雑誌である。

目を引くコピーが、

究極! オヤジは「青」と「白」、との言い切り。

この号では、ジローラモが表紙だけでなく、

他の誌面でもかなり活躍している。

ちょい悪オヤジのジローラモという設定で、

こうした雑誌では重宝するタレントなのだろう。

例えば表紙では、

ブルーの背広に白いTシャツ姿で、

奴がシガーを咥えている。

タバコではない。シガーだ。

これからは、シガーなのだ。

カッコイイ!

で、ページをめくると、皆さん素足。

靴下なんかはかないのだ。

ここは石田君とおんなじ。

妙にサマになっている。

が、なんだろう、この現実感のなさ。

例えば、パリとかミラノの街中を歩く、

青と白ファッションのオトコたちのスナップがあるが、

うーん、どいつもこいつも、カッコ良すぎ。

ホントかよ?

で、青と白ってホントに流行っているんだ!

と思ってしまう。

が、こっちも曲者の一人だ。

ああそうですか、へぇーとはいかないのである。

この手の雑誌特有の、そこはかとない嘘くささ。

しかし、ふと気がついた。

これはなんというか、床に伏している身としては、

夢を見ているようで、心地良いなと…

それは、誌面で紹介されている時計でも証明された。

最低50万円は下らないみのばかりが、ズラリと並ぶ。

クルマも、カマロやベンツを始め、派手目のガイシャで攻めてくる。

もう、この辺りで、相当の現実感ゼロが嬉しくなってくる。

下着だって、パンツ1枚8,000円ですからね!

で、キメ技は、ミサンガだった。

こうしたファッションに包まれたオヤジは、

腕だか足だかに、ミサンガを付けているらしいのである。

夏だからかラテン気取りか、

はたまた悪ふざけ?

これは、正直どん引きしてしまったが…

この手の雑誌の重要ポイントは、

やはり現実感喪失プラス胡散臭さ、ですかね?

こんなオヤジが何処にいる!

世の中、芸能人ばかりじゃあるまいし、な!

が、これが「レオン」ならではの世界なのである。

現実を見ているだけじゃ、面白くもなんともない。

そんな人は、ネットでも見ていなさいと言わんばかり。

はい、レオンはあなたの無茶な夢を、誌面で叶えます!

どうも、そう囁いているようである。

主婦と生活社がつくるこのレオン、

その社名からは程遠い誌面づくりが特徴。

思うに、金も時間も体力もないオトコたちを、

いともたやすく現実逃避させてくれる、

夢のようなアイテムなのである。

これは寝込んだからこその、

新たな発見であった。

_SS500_

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或る編集者の記録

その、気になる文庫本は、ビレバンの棚で寝ていた。

買い主を探す気もないように見えた。

タイトルは「編集者の時代」。マガジンハウス編となっている。

サブタイトルは、―雑誌づくりはスポーツだ―

良いタイトルだなと思い、私が強引に起こし、レジへ。

アマゾンでも見落としていたような本が、

街の本屋でみつかったときは嬉しい。

本屋にないものがアマゾンでみつかることもあるが、

これはそれほどの感激はない。

あったな、というだけ。

私たちは、買うスタイルを使い分けている。

売り手さんは上手く共存してください―

これが本屋さんに対する私の理想だ。

で、この本のまえがきを読むと、

「ポパイ」という雑誌が1976年に創刊されたことが分かる。

計算すると、私はまだ学生だった。

ポパイは、よくカタログ雑誌と評された。

アメリカの西海岸やハワイのライフスタイルを手本に、

そこで活躍しているモノを通して、これらを日本に紹介する、

当時としてはある意味画期的な雑誌だった。

この頃、私のまわりは皆、

ポパイファッションになっていた。

もっと遡ると、

お兄さんやお姉さん方はすでに平凡パンチの影響を受け、

アイビールックで街を闊歩していた時期があった。

あれもこれも、上記の本の編集者たちが仕掛けたものだ。

社名を平凡出版からマガジンハウスと変えてからも、

そのパワーは持続していた。

世の中のファッションやライフスタイルを変えるほどの影響力を、

彼らはもっていた訳だ。

なかでも、注目される編集者が木滑良久という人。

かなりの有名人で、

一時はテレビにも頻繁に出ていた。

彼が、これらの企画の元をつくった人と言われている。

彼の素材モチーフは、アメリカにあった。

現代に置き換えると、

私たちの知らないアフリカのオシャレなファッションや雑貨、

ライフスタイルなどをいち早く日本に紹介する、

ファウンダーというところか?

後年、私も雑誌編集者となったが、

この本に書かれているように、世の中の風向きを変える、

という華々しい経験は皆無。

マイナー誌だったので、だいたいが後追い状態。

これらの雑誌類とは編集方針が違うといえば聞こえは良いが、

金がない、人が足りない…いや、企画力と情報収集力、

更に編集力がなかったと言ったほうが正確だろう。

「編集者の時代」は、

ポパイの或る時期の編集後記を書き連ねただけのものだ。

しかし、年代と記事の中身を読みあわせると、

不思議なほど、その時代の空気が再現されている。

サーフィン、スケボー、ウォークマンスタイル、ラコステのボロ、

スタジャン…。これらの流行に加速をつけたのもポパイだ。

それは羨ましくもあり、読み進める程に、

ひとつの時代を築いた自負が感じられる。

(このグループが後に女性誌「オリーブ」を創刊する)

1977年8月10日の編集後記は、

ジョギングについて書かれている。

まず、ニューヨークのセントラルパークや、

ロスのサンタモニカのジョギング風景が紹介され、

それは都市のライフスタイルとしてカッコイイんじゃないか、と。

そして、海の向こうの彼らは、

生活のなかに自然にスポーツを採り入れているよと…

何気に日本の空気を変えようとしている。

翌月はこうだ。

「ポパイは理屈が大嫌い」

70年安保を経て、日本には、依然アカデミックの風が闊歩していた。

この時代の主役雑誌は、言わずと知れた朝日ジャーナル。

とにかく、政治を語れない奴は生きている資格なし、

のような時代もあった。

しかし、これに対するアンチテーゼが、

平凡出版の「平凡パンチ」であり、

その軽さを継いだのがポパイのような気がする。

新しい時代の訪れだった。

ポパイの他、ブルータス、オリーブ、

本の雑誌、広告批評、NAVI、ミスターバイク、ビーパル等、

創刊ラッシュが起きる。

景気は更に上向き、

雑誌編集者もエンターティナーとなってゆく。

前述した木滑良久がテレビに出ていたのも、

こうした背景からだろう。

他、嵐山光三郎さんや、先に紹介した「本の雑誌」の

椎名誠さんらが加わる。

「編集者の時代」のあとがきは、

後藤健夫さんというポパイの創刊メンバーの方が書かれている。

それによると、

木滑良久さんの口癖は「男は少年の心を忘れてはいけない」

だったそうである。

更に、海の向こうの「エスクァイア」の創刊編集長であった、

アーノルド・ギングリッチの言葉として、

「雑誌づくりは青年の夢だ」を引用している。

一時代を牽引したポパイは、いまも刊行されているし、

ブルータスと共に、またまた息を吹き返しているようにみえる。

一見、なんの主張もないような雑誌とみる向きもあるが、

作り手には、実に熱いものが流れているのが分かる。

雑誌とか本づくりとは、本当はこのようなものなのかも知れない。

つくっている本人が面白くない本など、なんの価値もない。

この本を読んでいて、

なんだか私も再び雑誌をつくりたいと思うようになった。

ネットに較べて、予算、人員の割き方も去ることながら、

その投資しただけの企画とこだわり、

そして直しの利かない真剣さを求められるが、

それだけの価値が、この仕事にはある。

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