歳をとると忙しい、らしい。

先月72歳の誕生日を迎えたご近所の春枝さんは、

年々、早起きになってしまいましてと、

困り顔で話されました。

「そうですか~」と私。

「若い頃は、昼過ぎまで寝てたんだけれどね」

と懐かしむように笑われました。

で、春枝さん。

まず早朝の薄暗いうちに近所を軽く歩く訳です。

この歩くという行為が、

若者には理解し得ない貴重な習慣とか。

曰く、歩いて少しでも筋力を養おうという意欲も去ることながら、

老化絶対はんた~い!、だそうです。

歩く先々では、アサトモ(朝友)と挨拶を交わしたり、

立ち話をしたり。

これも立派なコミュニケーションですね。

あと、朝陽を浴びるとよく眠れますよ、だって。

潜在的な脅迫観念で歩いていらっしゃるのかなぁ?

春枝さんは週に3日、

午前中は早くから、近所の公民館へ行かねばならない。

そこでは絵手紙教室をやっていて、

僅かな授業料で

懇切丁寧に教えてくれるところが嬉しいのだとか。

ホントは、その絵手紙がうまかろうが下手だろうが、

そんなことはどうでもいいそう。

脳ミソを使う、手先を動かす、みんなと話をする。

これでボケない、友人もできる。

一石二鳥以上の収穫なのよ、と。

さて、授業が終わるとみんなでお茶…なのですが、

そこで皆さんの持病の話に華が咲くのよね。

春枝さんは、まわりの話を聞いて内心ほっとするらしい。

みーんな何かしら患っている訳!

おっと、今日はそんな話をのんびりしている場合ではないわ。

で、春枝さんは「皆様、ごきげんよう!」と小走りに15分程歩いて、

馴染みの医院へ診察カードを出しに行ったらしい。

散々待たされている間に、

「主婦の友」を半分まで熟読してしまい、

今度はうたた寝。

と、看護師さんからいきなり呼ばれまして、

病室へふらふらと。

「望月さん、やはり平均よりかなり高いね、血圧。

下がらないね、うん、飲み続けましょうよ。

もうね、こうなるとこの薬とは一生のお付き合いになるね」

人なつっこい笑顔の先生に促され、

半ばしょうがないといった感じで薬を頂いたのよ。

今度は、病院から5分程引き返したスーパーで買い物。

小松菜、卵、即席ラーメン、夜は独り鍋にしようかしら、

と鍋セットもカゴへ。

で、自宅に戻って簡単なお昼を済ませ、

ちょっと横になる春枝さん。

なんと、自分のいびきで目が醒めてしまいました。

「ひるおび」を見損なって、

腹立たしいったらあらりゃしないのよ!

こうなると、「ミヤネ屋」に釘付け、

ガン見ですから!!

芸能ニュースにゃ目がないんですが、

こういう趣味はいつからなのか、

本人もトンと覚えていないらしい。

なんだかんだで夕方に突入すると、

ユニクロで買い揃えたナウなジャージの上下が、

カッコイイと春枝さん。

傾いた午後の陽を浴びながら、

これで、町内を一回りも二回りもするんですが、

目標は厚生労働省の発表どおり8,000歩をめざす。

春枝さんは、若い頃から几帳面だった。

陽が落ちてくるし、だんだん薄暗くなってくるも、

決してくじけない。

(夕飯は何にしようかしら?)

おっと、汗が化粧を溶かして顔がヤバイ。

が、外も薄暗くなってきたし年も年だし、

ここはもはや気にしない開き直りで

歩き続ける春枝さんでした。

ようやく歩数計が8000歩を示すと、

どっと疲れが出る。

心地良い達成感と同時に、

「生きているんだ」という実感が、胸に迫り来る。

だから止められないのよね…

というか、背後に迫る死神に捕まらないためにも、

頑張るしかない春枝さんには、もはや後がないらしい。

旦那を5年前に亡くした春枝さんは、

独り身ながら元気かつ生きる意欲が旺盛です。

そして、仏壇には毎朝欠かさず手を合わせているのよ。

さて、いまの悩みは、テレビの通販番組で知った、

骨粗鬆症に良いと言われているグルコサミンを買うかどうか。

汗を拭いながら、膝の痛みを考えると…

「やはりあのフリーダイヤルに電話してみましょう!」と

ようやく決心がついたようです。

夜、体操をしながら

大好きなテレビ番組のひとつである

「お宝探偵団」を観ていると、

突然電話が鳴ったのよね。

「こんな遅くに誰かしら?」

知らない電話番号、

思えば一ヶ月ぶりに鳴った電話だった。

恐る恐る受話器を取ると、

なんと小学校時代の同窓会のお誘いだ。

電話の主は名前だけは知っているクラスメイト。

聞けば30人位は集まるとか。

「出席させて頂きます、ハイ!」

嬉しさに久しぶりに胸が高鳴るも、

思えば、前回の同窓会が約30年前だったけれど、

なかには60年ぶりに会うクラスメイトもいると思うと、

懐かしいというより、

なんだかどっと疲れを覚えましてね。

「みんな元気なのかしら?」と

何気なく春枝さんは尋ねたらしいのですが、

それがね…と電話の向こうが言うには、

「だいぶいなくなっちゃったのよ」

(………)

翌朝から、春枝さんの歩くスピードは更に増し、

距離もグングン伸びたようです。

己の生命力にムチを入れるように…

そして顎とウェストの贅肉をそぎ落とすぞ、

と今更ながら明確な目的が設定された為でもある。

「負けませんからね!」

春枝さんに落ち込んでいる暇はないと言う。

「なにしろ私はいま忙しいの!!

死んでる暇なんかない訳よ」

と春枝さん。

私は思わず後ずさりして

「そっそうですよよね、私もそう思います!」

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無印良品的彼女の場合(マーケティングストーリー)

A子の休日は、最近では、とにかく歩くこと、

そしてその帰りは買い物と、

ほぼルートが決まっている。

いつものように河川敷きを小1時間歩いたA子は、

その足で、隣町にあるフェアトレード紅茶をいただける喫茶店「マル」で、

ゆっくりとした時間を過ごす。

店を出ると、マルの並びにある青空市場で、

地元の農家が卸す無農薬野菜を幾つか手にとり、

気に入ったものをセレクト、

今夜のメニューに思いを巡らす。

そして最後に立ち寄るのが、

最寄りの駅ビルに入っている無印良品だ。

女子大を出て4年、現在A子に彼氏はいない。

もとより結婚ももう今更面倒と思うようになり、

現在は自分磨きに精を出していると言った方が的確か。

無印では自然派化粧品を定期的に買う。

特にここのスキンケア類をA子は気に入っている。

冬になると、ディフューザーに入れるアロマオイル類も

ここへ買いにくる。

A子は、ことのほかライムの香りが好きで、

部屋にこの香りが満たされると、

いろいろ鬱屈した嫌な事を忘れることができる。

そういえば、ここのチキンカレーも、

A子のお気に入りだ。

マクロビオテックにはまり出してからは、

肉類を食べることもほぼなくなったが、

たまに良質の鶏肉を買い、

無印のチキンカレーに煮込んで食べるのが、

A子のたまの休日の夕飯でもある。

A子は以前、

男とは2度ほど付き合ったことがあるが、

付き合う度に、

なにかピンとこないことに気づく。

最初の彼は、高校時代の先輩。

その頃はちょっと崩れた感じに惹かれ、

デートではよくドンキへ連れて行ってくれた。

そういえば、先輩のクルマは、

古いクラウンをレストアした年代物。

改造他に数百万円はかかったというが、

A子にはどうもピンとこなかった。

先輩からその話を幾ら話を聞かされても、

そのクラウンの良さがA子には分からなかったのだ。

いい加減、ドンキにも飽きた頃、

A子は先輩に別れ話を持ち出した。

先輩は気のいい人だったが、

いつの間にか、

ピンとくるものが無くなっていたというべきか。

それが証拠に、

お互いの価値観が何から何まで違っていたのだ。

先輩はA子と結婚まで考えていたようだが、

A子はその要望を、申し訳ないと思いながらも絶つことにした。

大学を出ると、A子は都内の大手IT系企業に就職。

そこでニューヨーク・デザインに目覚めた。

その職場の上司だったディレクターが、

2番目の彼だった。

A子は彼のやさしさとアタマの良さに惹かれた。

彼とは、会社からの帰りなど、

よく都内のカフェやレストランに立ち寄り、

デートを重ねた。

彼のスマートさは社内でも有名で、

他の女子社員の憧れでもあったようだ。

或る日、彼とつまらないことから諍(いさか)いになり、

A子も久しぶりにいらいらしていたので、

いつもは口にしない口ぶりで彼に言い返した。

諍いの発端は下らない事だったが、

彼と言い争いをしているうちに、

彼の勝手な言い分を並べ立てる姿勢に、

A子は、このときはじめて辟易した。

そしてA子の論理に彼が行き詰まると、

いきなり訳の分からない事を口走って、

なんとレストランの中でどなり始めたのだ。

驚いたA子は、それから2週間後、

彼にメールで別れを告げた。

最初の先輩と付き合っていた頃、

A子は最初、

周りに合わせてギャル系の格好をしていたが、

次第に何かが違うと思い、

ワンピースを好んで着た覚えがある。

就職してからは、コンサバ系を好んだが、

彼と別れてから、

このファッションともおさらばした。

この頃からだ。

A子はブルージーンズに白いTシャツばかりで過ごした。

ユニクロもZARAも何度も足を運んだが、

どうも違うな、と感じていた。

なにかがピタッとこないのだ。

A子は焦るたび、

行きつけのジーンズショップで

名も無いメーカーのブルージーンズとTシャツを買い足した。

A子の部屋は7畳のフローリングのワンルームで、

或る日カーテンを換えたくなったA子は、

3駅先のニトリへ行ってみることにした。

ニトリのカーテンは品数も多く、

どれも一見よさげに思うのだが、

その質感、そしてデザインを検討するほどに、

なんだか訳の分からない違和感を覚えていた。

その日の帰りに駅前のビルをブラついていたA子は、

或るひとつの店に釘づけになった。

その店は以前から知ってはいたが、

A子は、店内で商品のひとつひとつを確かめ、

改めてその店の虜になった。

それが無印良品だったのだ。

寝具コーナーへ行くと、

生成りのベッドカバーは肌触りが良く、

タグで原材料を確かめると、

国産の麻とエジプト綿の比率が、

程よい構成比てであると、

A子は思った。

文房具もA子の趣味のひとつではあるが、

無印のノート類のあのシンプルなデザイン、

そしてその質感と生成り色に惹かれた。

A子は改めて店内をぐるっと見回す。

すると店内の至る所がキチンと整理され、

ギラついた色のものはひとつとして無く、

すべての商品が、

シックな生成り色を基調としていた。

そろそろ都内のIT企業を辞め、

地元の埼玉の田舎町に帰り、

フリーのデザイナーとして独り立ちしようと考えていたA子にとって、

デザインとは、いろいろな要素を足す作業ではなく、

削いで削いで、基本的に骨太であること、

そして簡潔でシンプルなデザインこそ、

人を感動させる…

こうしたデザイン感がこれからの主流と、

A子は考えていた。

生活も然り。

毎日の暮らしとは、賢く質素であること、

例えば、質の良い食材を料理し、

程々の量をいただく。

着るものはシンプルかつ機能性に富み、

永く使えるものにのみ価値をみいだしていた。

無印は、そんなA子の欲求を充分に満たす存在だった。

今日の休みも、A子は買い物の帰りに、

駅前の無印へと足を運ぶ。

なにも買うものがないのだが、

ついつい店内を覗いてしまうことが習慣になっている。

美人と誉れ高いA子は、

よくいろいろな所で声をかけられるが、

そういう男たちには一切口を開かない。

そういえば、いまの会社でも、

同僚の男と、

仕事の相手先の担当から交際を申し込まれているが、

A子はこれらに回答する気もなく、

さっさと退職の準備を進めている。

「もっと知的でギラギラしていない男って、

いないのかしら…」

最近のA子の呟きである。

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1974/モラトリアム(ショートストーリー)

この先、

一体、自分はこのままでいいのか?

20歳になろうとする悟は、

最近、自問自答するようになった。

冷凍食品の配送が、いまの悟の仕事だが、

ルートセールスは毎日同じ客筋を延々と繰り返して廻り、

カチカチに凍ったコロッケとか海老の箱詰めを、

肉屋やスーパーへ届けている。

しかし、

高校を卒業して最初に就いたバーテンダーよりマシだと、

悟は思っていた。

酔っ払いの相手はいい加減に馬鹿臭いと思ったからだ。

昼夜逆転の生活も、悟に暗い将来の暗示と映った。

途中、関東一円に荷を運ぶトラックの運転手もやってみたが、

夏の暑い日に、延々と田園が続くアスファルトの道を走っていると、

このまま海へ続けばいいなと、よく思った。

この仕事も日雇いと同じで、日給月給だった。

人生で初の正社員として採用してくれたのが、

いま働いている冷凍食品の会社だったが、

悟の自問自答は、日増しに膨れあがり、

避けて通れない難問となって立ちはだかる。

思えば、この問題は、高校時代まで遡るとことに気がついた。

悟の選んだ高校は私学で、

入学して分かったことだが、

すべてにスパルタが徹底していて、

何事に於いても、個人の自由は削がれていた。

そうした情報を知る術を、

当時の悟には知る由もなかった。

校内では、竹刀を手にした体育会系の人間がうろつき、

ちょっと気に入らない態度の生徒を、

規律を乱すとの理由で容赦なく叩いていた。

悟は、高校に息苦しさを覚え、

2度ほど辞めようと思ったが、

もう少し続けてみようと思ったのは、

担任の先生との関係だった。

その先生が何度も悟を説得してくれたのだった。

「悟、もう少し頑張ってみようよ」

悟は退学届けは出さず、

無断で高校を何日も休んだ。

その行為はいろいろと問題とされたが、

担任の先生の計らいで、難を切り抜けた。

その私学は大学の付属校だったが、

悟はその大学へも、勝手に失望してしまった。

学校へ行かない日は、

地元の配管工をしている友人の家で、

寝泊まりを繰り返した。

昼間はその遊び仲間のアパートで過ごし、

よくフォークソングを聴いた。

みんながいいという井上陽水をどうしても好きになれなくて、

悟は、吉田拓郎ばかりを聴いていた。

「人間なんて」という歌がステレオから流れると、

悟は心底その歌詞に共感した。

誰もいない日は、

そのLPレコードの「人間なんて」の部分を、

何度も繰り返して聴いた。

結局、高校はなんとか卒業したものの、

トコロテン式に上がれるその大学への進学は、

早々に辞退していた。

悟以外は、クラスの全員が、その大学へ進学した。

他の大学をめざしたクラスメイトも、

学校の内申書の意図的な操作で、

結局その大学へ行くしかなかったと、

後に噂で聞いた。

こうして、

高校時代から悟の軸は少しづつズレが生じ、

荒れた生活へと傾いた。

そして、

地元の遊び仲間たちとの行動が、

いろいろな歪みを生んだ。

警察の世話になるようなことも、

一度や二度では済まなくなっていた。

自問自答の原因は、

こうしたズレの集積であることに、

悟自身はようやく辿り着く。

悟は考えた末、

冷凍食品の会社に辞表を出した。

突然の辞表に驚いた所長は、

「お前は一体何を考えているのか?」と問われた。

「いまはまだ分かりません」

悟は中学校時代に親しくしていた友人を、

久しぶりに訪ねた。

しばらく会っていなかった友人は、

大学の法学部で、

法律の勉強に勤しんでいると話してくれた。

悟は思い詰めたように、

或る想いをその友人に話した。

「俺さ、なんだか分からないけど、

いまの自分が自分でないようで、

いたたまれないんだよね。

本当は、何かをつくりたい。

たとえば、新聞とか雑誌とか…

そういうものに携わりたいんだ。

才能とかって自分でもよくわかんないけど、

ただやりたいなって…」

「………」

「いや、いまの俺に必要なのは、

時間なのかも知れない。

要するに、

もう一度、やり直したいだけなんだ」

友人はためらった後、

そうした仕事に就くには、

まず学歴もないとな、とも話してくれた。

悟の最も嫌いな学歴という経歴が、

やはり現実の世界では、依然幅を利かせていた。

そして友人はモラトリアムという言葉の意味を、

悟に教えた。

大学の願書も偏差値も赤本も、

そして中学からの勉強のやり直しが最も有効だということも、

その友人が教えてくれた。

秋の気配が広がる頃、

悟は家に籠もって勉強を開始した。

両親は悟の行動を訝しがったが、

特に触れることもせず、

生活費をよこせとだけ、小言を繰り返した。

試験は翌年の2月14日。

友人もときどき徹夜で応援してくれた。

正月の元旦を除いて、

悟は受験勉強に集中した。

1974年の春、

とりあえず悟は自らの人生を再起動させた。

クルマの借金返済と生活費に学費か…

先に何が待っているかはよく分からないが、

悟は、なにより執行猶予期間を手に入れた。

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恋はみずいろ

幼いわかれを携えたまま

僕は地元の中学へと入学した

相手の子は電車に乗って

遠い有名中学へと通ったらしい

初めてのわかれのようだった

ようやく

そんな悲しみも消えかけたころ

僕は偶然

校庭でみかけた女の子に

恋をしてしまった

同じ学年だったが

僕はその細身の子を

初めて見たような気がした

髪を肩まで伸ばし

先がくるっと外側に跳ねている

黒い魅力的な瞳が印象的だった

陽が

校舎を赤く染めた或る放課後

僕は意を決して

その子に話しかける

キシキシッと鳴る長い廊下を走り

背後から

僕はその子に声をかけた

必死だったので

僕の息は切れかかっていた

「あの、ええっと

こんにちは!

あの…

このレコード知ってる?」

「えっ、なに?」

その子の腰が退けた姿に

僕の喉は

よけいにカラカラになった

「あの、こ、このレコード、

知っています?」

「これ、ええ、知っているけれど…」

「良かった!

じゃあ、これあげるよ」

「エッ!」

その子は栄子という名だった

髪を触りながら

黒い大きな目を更に大きく

まるくした栄子さんが

レコードに触れながら

呆然と僕を見ていた

それからのことは

よく覚えていない

とにかく

僕は栄子さんにレコードをプレゼントすることに

成功した

僕はとにかく走った

気がつくと

仲間に頭をこづかれたり

撫でられたりしていたから

なんとか無事に教室に戻ってきたんだ

「ついにやったな!」

「…駄目だよ、やっぱり無理。

あんな綺麗な子…」

「そんなことまだ分からないだろ?」

「………」

その頃

僕はいろんな音楽を片っ端から

聴いていて

ラジオから流れてくる曲や

流行のレコードならなんでも知っていたし

お小遣いのすべてを

録音機器やレコードにすべて費やしていた

栄子さんを初めて見かけた

あの運命の日も

僕はそのときめきを

どう表現しようか迷ったが

結局その表現方法も分からず

ふと思い出したのが

僕の気持ちを代弁してくれる

レコードだった

こうして

少しおとなに近づいた僕は

もう

あの淡い別れはすっかり忘れて

水面に揺れ動くような

胸を揺さぶられる恋を

生まれて初めて体験した

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20世紀少年

「おっ すげぇ」って友達が言うのさ

最高だって

他のみんなも言ってたのさ

まるでロビンフッドだって…

そう ボクは普段

猫みたいに動き回るのに

雄羊のように突進もできるのさ

そして蜂のように刺す

でもって

飛行機みたいに飛び回れるし

クルマみたいにも突っ走れる

チキンみたいに大騒ぎもするさ

なっ 分かるだろ

キミにボクは必要だって!

あのね

ボクはキミに近づきたいんだ

見れば分かるだろ

キミはボクに必要な女性なのさ

そう

ボクがキミの相手なのさ

それでどう?

キミの

20世紀のオモチャになってあげるよ

キミの20世紀のオモチャさ

なっ 分かるだろ

ボクはキミに近づきたいんだ

そしたら

ボクはキミの20世紀少年

キミの相手はボクしかいない

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夜の童話

智に働けば角が立つ

情に棹させば流される

意地を通せば窮屈だ

…こんな訳で

かつての恩師

石川先生の言われるの如く

兎角に人の世は住みにくい

私にはもう行く所はないな

仕事でのストレスもピークに達し

いい加減に転職にも疲れた

住む所にしてもそうだ

ああ

引っ越しもすでに26回を過ぎたし…

私は疲れ果てていた

或る夜

溜息混じりに独りで酒を飲んでいると

ベランダ越しに男が現れた

ぎょっとして私は立ち上がり

「ドロボー」と怒鳴ろうとすると

いえいえ私はジョバンニですと…

(どこかで聞いた名だな?)

彼は

美味しそうなパンを山盛りに抱えている

ふん?

ジョバンニが手招きをして私を誘う

そして角砂糖を私に差し出し

早朝

街のはずれから汽車が出発しますよ

酔いがまわっていた私は

ジョバンニが

夢の住人と思っていた

眠りから醒めると

午前4時を過ぎている

口に甘いものが残っていた

(角砂糖?)

ベランダへ出て外を見渡すと

まだ暗闇だ

街はまだ眠っている

空に星が瞬いている

そのとき

遠くで汽笛が鳴った

(今日はゴミ出しの日だな

あっ

会社へ行ったら

昨日のお客さんの

クレーム処理の電話をしなくては)

頭がずきずきしてきた

私はいつもの出張用の鞄を手に

アパートを後にした

街のはずれに行くと

見たこともない駅舎に

薄く紫色に光る汽車が停まっている

私の先を行く人が

その汽車へと乗り込んだ

佇んでいる私の肩へ

軽く手が触れた

振り返ると

美しい女性が微笑んでいる

腕に腕章を付け

細身にピタリとした制服をまとっている

私が呆気にとられていると

女性が空を見上げ

こう言った

「あの星まで私とご一緒しません?」

ショートショート「人間、如何に生きるべきか」

或る占い師が言うには

水の近くに住みなさい

水はあなたに欠かせないもの

そして足りないの

水の近くに住みなさい

同じようなことを

他の占い師数人にも言われたので

インターネットで

水の近くの物件を探すと

ここから遠いところばかりだった

みんなさよなら

僕は湖の見える高台に引っ越した

そしてそこで暮らすことにしたが

毎日が退屈だったので

釣りを始めたりボートに乗ったりもして

知り合いもできて

僕は満足だった

その湖が見える高台の家の隣には

初老の女性が住んでいて

或る時

その方と立ち話をする機会があって

とある高名な哲学者の奥さんだそうで

僕のいきさつを話すと

あなた

そんな人生がありますか

哲学を持ちなさい

あなたは本当はなにがしたいのと尋ねるので

そうですね

熱中できるようななにかがしたいですね

こう話すとご婦人は

とにかくウチの主人の大学へいらっしゃい

僕もそうだなと思い

再びこの家を引き払い

小さな町のアパートを探して

この町の大学へ通うことにした

大学の哲学の講義は

僕にはとても新鮮で

人は如何に生きるべきかを

論理的に分かり易く教えてくれた

こうして私の人生は

その意味が明確になったようだったが

そうこう哲学しているうちにお金が底をつき

人生は如何に生きるべきかなど

呑気なこともいってられず

住み込みの職を得るため

地下鉄が張り巡らされた街へ出て

一軒の中華料理屋で働くことになり

水のことが少し気になったり

如何に生きるべきかと

考え悩みながらタンメンを運んでいたら

お客さんにうっかり熱いツユをこぼしてしまい

店のご主人に

今度こぼしたらクビだぞと

言われてしまった

その中華料理屋は私鉄出口のすぐ前にあって

夜中まで繁盛しているが

毎週月曜の休みの日は

どこからともなく人が集まって

みんなでお経を読む会が開かれていた

僕は休みなのにこの会に駆り出され

みんなにお茶を配ったり

線香の煙を絶やさないようにと言われ

そのことばかりが気になり

ずっとみんなのお経を聞いていたが

そのうちお経を丸覚えしてしまい

じゃあというんでみんなが僕を前へと引きづり出し

君のお経への理解は並ではないねと言われ

自分なりの解釈を恐る恐る話すうちに

「この青年はただ者ではないぞ」と中のリーダーが

なんと私を本部へ推薦してしまった

そこで丸3年の修行のようなものを積まされ

次に君がこのお経を広めるべきところはここだ!と

地図で指さした所は私が以前ずっと住んでいた町だった

僕はその町でお経を広めることを始めた頃

幼なじみの同級生は僕をよし坊と昔のあだ名で呼び

馬鹿にしていたがやがて

僕の哲学的お経の解釈や

占いを混ぜたような予言をつぶやくと

次第に僕を先生と呼ぶようになっていた

そして人間として如何に生きるべきか

その意義と尊厳と題して聴衆に話す度に

僕は日に日に有名人になってしまった

僕は8年ぶりに生まれ育った町に

再び住み着いたのだが

このように先生先生と呼ばれるようになり

いまではテレビでも引っ張りだこの

全国的な人気者になってしまったが

僕の人間如何に生きるべきかという悩みは依然消えず

相変わらず

以前の占い師さんに

結構なお話を頂く日々なのだ

僕が小さかった頃、世界はワンダーランドだった

朝方、夕べからずっと僕をにらんでいた女の人は、
実は天井のシミで、それは雨戸のすき間からすっと陽射しが入って
分かったことなんだけれど。あの頃の僕にとって、明るいことは、
とてもうれしいことだった。だけど、おばけは確かにいたんだよ。

岸壁で海を眺めていたら、ゴミと一緒に犬の死骸が浮いていて、
僕はとっさに目をそむけて逃げようとした。
だけど、犬の亡霊が、もう僕に取り憑いたと言うんだ。
そのことを泣いて姉に話したら、拝めば許してくれるよと…。
僕はその死骸にずっと手を合わせていて、少しづつ楽になった。
きっと仏さまが僕を守ってくれたんだと思ったら、
もう怖いものはないと思ったよ。

駄菓子ばかり食べていたけれど、或る日、
母が不二家のパラソルチョコというのを買ってくれた。
それは驚くほどチョコがいっぱいで、
最後に残ったプラスチックの棒まで透きとおっていて、
僕はその棒を貯めようと思った。
だから虫歯だらけの僕だったけれど、
あれからずっとチョコが好きだ。

親戚のおばさんが洋裁をやっていて、
僕と母はしょっちゅうその家へ遊びに行っていた。
ミシンの動きばかりを見ていた。
ボビンというのはミシンに入っている部品だが、
アタマにこびりついてしまった。
叔母さんはいつも僕に服をつくってくれた。
その頃、服というのは寸法を測ってつくるものだとばかり思っていた。

ソーダラップは、水で粉を溶くとシュッワッっとなる。
まるでクリームソーダのようにね。
そのおいしい飲み物に、
父がどこからか買ってきたストローを差して飲むと、
生まれて初めて味わう、不思議なものになった。
僕はいまでもそのストローのピンクと白の模様を覚えている。

図鑑に載っている虫は、どんな虫でも、必ず裏山に入るといたんだ。
それがオニヤンマだろうと玉虫だろうとね。
カエルの卵も田んぼにいっぱい。赤ガエルだっていたけれど、
モリアオガエルにだけには会えなかった。
だけど水すましもドジョウもいて、
ノビロという草を持って帰ると、母はそれを煮て夕飯に出してくれた。

夏まつりがお宮さんではじまると、
僕たちはお小遣いをポケットに詰め込んで、
色とりどりの甘いものを食べ、
近所で働いているお兄さんにおもちゃの鉄砲を買ってもらった。
そのあいだ中、僕たちは夜の9時まで外にいて良いことになっていた。
だから7月7日の七夕とこのお祭りのときだけは、
学校で居眠りをしていても、先生は怒らなかった。

ガガーリン少佐が人類で初めて月に降りるというので、
僕は興奮して、そのことを父と母にずっと話していたけれど、
だんだん疲れて眠くなって、気がついたらすっかり朝になっていた。
それは凄いことだと両親もいうので、
僕は学校のみんなのところへ走っていった。
その日の朝礼で、
校長先生もガガーリンのことを興奮してしゃべっていた。

あの頃は大きな地震も不景気もなく、
東京オリンピックが日本で盛大に開催されて、
僕たちにはまだサッカーという遊びもなくて、毎日野球をやっていた。
のんきにね。
そしてこんな毎日がいつまでも続くもんだと、僕は思っていたんだ…

公衆電話

海岸に覆い被さるように突き出た小高い丘は、

いつでも草がそよいでいる、心地の良い丘だった。

その先っぽに、

ポツンと緑の公衆電話ボックスがある。

僕は

その丘にぽつんとたっている電話ボックスのことが気になり、

気がつくとその丘へ行っては、

ボックスから遠く離れた草むらに寝そべって、

いつもその公衆電話を眺めていた。

誰もいないのに

誰も来ないのに…

なんでこんな所に、公衆電話があるんだろう…

と或る日

突然、その公衆電話が鳴ったのだ。

その音が風に乗って丘に響いていた。

僕はホントにビックリして立ち上がり、

その公衆電話に少しずつ少しずつ、

近づいていった。

鳴りやまない公衆電話の前に、

僕はそっと手を伸ばし、

緑の受話器におそるおそる

触ろうとした。

突然、人の気配がした。

と、驚いたことに、

どこから来たのか

ひとりの老人が僕の背後に立っている。

メガネがちょっと鼻からズレて、

木の節が中程についた、立派な杖をついている。

「えーとそこの少年、その電話は、私にかかってきたんだ」

「いや、その」

「少年よ、その電話をとってはいかんぞ。

その電話は私にかかってきたんじゃよ」

「あっ、はい」

私は電話から、少し後ずさりした。

老人は、その電話に近づくと、

んん、と咳払いをして、ひと息ついてから

おもむろに受話器を取り上げた。

老人は電話の向こうの声にじっと耳を傾け

ときおりうなずくように

「はい」とだけ答えていた。

老人は、そのとき海の一点をみつめていたように見えた。

そう長い電話ではなかったと思う。

老人は、電話を切る間際に

「ありがとうございます」

と丁寧に会釈をし、

そして、静かに受話器を置いた。

見ると、眼に、うっすらと涙が浮かんでいる。

僕は、ちょっと驚いた。

老人は僕の方を振り向くと

「少年よ」とだけ言った。

「あの、あ、はい」

僕はあわてていた。

草がうねるようにそよいでいる、

晴れた日の午後だった。

遠くの海はかすんで見えるが、

波の穏やかな日だった。

老人は海を見つめ

そして、少しずつ歩き始めた。

海が間近に迫り

僕が危ないなと思って

近づく。

「どこへ行くのですか?その先は海ですよ。

あの電話は誰からですか?」

老人は今度は笑みを浮かべ

僕を振り返る。

そして

「少年よ、私はこれから出かけるのじゃよ」

と、静かに言った。

「どこへ、ですか?」

「簡単に言えば、昔の知り合いの所じゃ」

と言ってメガネを捨て

そして杖から手が離れた。

僕は何か嫌な予感がして、

「おじいさん、変な事はやめてください」

と、叫んでいた。

老人は、いやいやと笑いながら、

大きくかぶりをふった。

「少年よ、あまり奇妙なことを想像するな」

それより、と言って老人は話を続けた。

「唐突な質問で申し訳ないが、はて君にとって良い人生とは何だと思う」

僕は、呆気にとられた。

「はあ、そうですね、

良い人生とは、後悔しないで、何でも頑張るとか、そんなことだと思いますが」

「そうじゃな、後悔しないこと。これが最高じゃ。

が、人は皆後悔だらけとよく聞く。この年になると、そのことがよく分かるようになる」

老人は笑みを浮かべ、私に近づいてきた。

「この世で、人はなぜみな後悔を残すのか、

不思議じゃよな。

さて、この訳を、君は知らんだろ?

いや、知らんで良い。

良いが、これだけは覚えておくと良いと思う。

それは、人は後悔するようにできておる。

これは人の生業がそうつくられているせいで、

そのようにしかならんのだよ。

なあ、私は君の名も知らんが、

これも縁じゃ。君はまだ若い。

そこで、私の最後の仕事じゃ。

君に人生の極意とやらを教えてあげよう!」

「はい!教えてください。私に分かるかどうか、

それが心配ですが…」

そう言うと、老人は今度は空を見上げ、

大きく息を吸ってから、

私にこう言った。

「要するに、人はどう生きても後悔するものと決まっておる。

それが、程度の差こそあれ、必ず後悔するように仕組まれておる。

これは、そう、たとえば神様の仕業かも知れんがの」

老人は続けた。

「で、その極意とやらは簡単じゃ。

後悔することを、絶対に後悔しない事じゃよ」

僕は、そのとき、この老人が言ったことが、

いまひとつ良く分からなかった。

海が西に傾いた陽に照らされ、

ゆったりと光をたたえている。

老人は話し終わると、

僕に姿勢を正し、そして

頭を下げると、再び海の方へ歩き始めた。

と、老人に白い光が差し、

それは空から降り注ぎ、

そして、老人の体が少しずつ浮かんで、

上へ上へ、

空へ空へと上がっていき

ある所でパッと消えた。

僕はその光がまぶしくて、

眼がくらくらして、

目眩を起こしてしまった。

そして、そのまばたきほどの瞬間に

あの緑の電話ボックスも、

跡形もなく消えてなくなっていた。

そこには何もなかったように、

穏やかな陽に照らされて草がなびき、

波の遠い音と、

絶え間ない風だけが吹いていた。

恋愛証明書

やがて22世紀に入ると
人々はますます傷つくことを恐れ
感情を表すこともなく
ただ淡々と毎日を過ごすのだが

政府は少子化以前に
まず若い男女が出会わなければ
何も始まらないと考え

出会いの場をいくつも設定し
カップルが誕生すれば
それを後押しする策を考えた

そこで
恋愛保証書なるものを考案し
結婚に至るまでの意志のあるふたりに
それを発行することとなった

恋愛保証書の効力は絶大で
その保証を破った者には
禁固刑を科すものとした

本人の意志の確認と共に
恋愛保証書は発行されるのだが
この保証書がないと
いつフラれても文句は言えないし
心が傷つくので
誰もが恋愛保証書を求めて
相手探しに躍起となった

恋愛保証書の効果は徐々に広がりをみせ
街にはカップルが目立つようになってきた

彼らは一様に恋愛保証書を取得しているので
結婚までを約束されている
いわば国のお墨付きだ

失恋などというものは過去のものであり
新たな恋人の出現などというややこしい問題もなくなり
カップルはほぼみんな結婚へとゴールインするのだが

なかには恋愛保証書を破棄する者も現れ
そこにも政府は懲役刑を科したため
誰もが慎重に相手を選ぶのだが

ゴールインしたどこの家庭でも
子供が一人生まれ
公園へ行ったりすると
子供が砂遊びをしていたりする光景を
みんなが微笑ましく見ているのだが

不思議なのは
遊んでいるどの子もおとなしく

「能面」のような顔を
していることだった