人生 | スパンキーの風まかせプログ

長野県の最強パワースポットをめざして(その2)

 

 

諏訪湖へ

 

諏訪大社から諏訪湖へクルマを走らせる。

湖畔に宿をとって、湖岸をぷらぷらする。

 

水面を撫でた風が身体を吹き抜ける。

盛暑だが汗も引っ込むほどの涼しい風だ。

 

かつて、この湖はかなり汚れていたと記憶している。

松本の帰りに立ち寄ったことがあるが、

波打ち際に白い泡がたち、

いろいろなものが浮いていた。

 

 

 

が、いまは違う。

湖面を眺めながらそう思った。

 

 

諏訪湖は、長野県のほぼ中央、諏訪盆地に位置する。

諏訪市・岡谷市・下諏訪町の2市1町にまたがる

長野県で最も大きな湖だ。

 

周囲の山々から流れる多くの川の水が集まり、

湖から流れ出す水は天竜川へとつながっている。

 

 

諏訪湖は断層の運動によって地面が沈み込んでできた

断層湖と考えられている。

諏訪大社は中央構造線の上に建っている。

 

それは歴史上、土偶がつくられる以前のできごと。

 

この日本列島の成り立ちに関する鍵のようなものが、

この地には多数存在している。

 

 

そして、諏訪湖の冬は湖面の氷が盛り上がって筋のようになる

「御神渡り(おみわたり)」である。

 

これは厳冬期に凍結した湖面が、

昼夜の寒暖差による氷の膨張と収縮を繰り返すことで、

轟音とともに裂けて山脈のようにせり上がる自然現象。

諏訪大社上社の男神が下社の女神のもとへ渡った跡とも伝えられ、

古くから諏訪の人々に大切にされてきたとのこと。

 

このことは古事記にも書かれている。

 

さらに、神話から導かれているのであれば、

興味は尽きることがない。

 

やはりこのあたりは、

謎が謎を呼ぶ不思議なところなのである。

 

 

 

(次回、霧ヶ峰・白樺湖・車山へと続く)

 

 

 

真夏の寒川神社へ

 

ときどきだけど、方位・方角が気になることがある。

いつもではなく、ときどき。

旅行に行く前に、気になるとそうしたものを調べたりする。

 

8月の初旬に信州・諏訪あたりへ出かけるので、

吉方とか凶方位とかチェックしてみたら、

あまり良くないので、ではということで、

寒川神社へ出かけた。

 

真夏の神社はなんというか

幼い頃を思い出す仕掛けがいくつもあって、

まず蝉の声があたりに響き渡る。

どこかで鈴の音がシャンシャンと聞こえてくる。

濃く黒く伸びる社殿の陰。

 

夏祭りの頃なのだろう。

僕は小学生で、近所のクリーニング屋さんに丁稚奉公にきた

おにいさんと一緒に一之宮の階段をのぼっている。

集団就職の16才の坊主頭のおにいさんは、

当時8才の僕にとても良くしてくれた。

 

 

 

 

おもちゃの出店で小さな鉄砲を買ってくれた。

金属製で重い。

甘い水飴の梅も食べさせてくれた。

おにいさんはきっとわずかな給金しかもらっていない。

それはいまだからわかる。

実家に仕送りもしていたのでないか。

もう名前も思い出せない。

僕はあのおにいさんのやさしさに、気づいていたのだろうか。

心からありがとうって言えたのだろうか。

 

 

なんだか、消えてしまった灰のなかから

ふたたび火がついた記憶なんていうものもあるのだ。

寒川神社の帰路、そんなことを思いながら走っていると、

自分はあれからとても遠いところへ来てしまったのだと、

改めて自覚する。

 

夕暮れの丹沢山塊が陽を浴びて光っている。

圏央道のインターのクルマの渋滞がみえる。

 

僕は、あの日からとても遠いところへ来てしまった。

 

その時間軸の方向、

過ぎ去った日々の方角はと、訪ねる自分がいた。

 

―すべからく、そんなことはすべて、実はどうでもいいこと―

 

行きたいときに好きなところへ。

やりたいことに時間を使う。

 

そういうことではあるまいかと

 

 

 

 

ゆれ動く死生観

 

さんざん働いてきたので、

最近では残りの人生を意識し、

時間を爪に火を灯すのごとく

無駄なく有効に使いたいとか、

そんなことを意識しているのではないかと

思えてくる。

 

自分の深層心理は不明なのだけれど、

なにかを急いでいるふしがある。

 

自分は不可解だ。

 

たとえば、夜更けの僅かな時間に、

往年の女優、グレタ・ガルボを観る。

ハービーマンのフルートを聴く。

 

他人からみればくだらない事柄でも、

こっちは譲れないなにかに突き動かされている。

 

昼間は、仕事の合間をみて、

河原へ焚き火にでかける。

写真を撮りにあちこち歩き回わる。

 

夜はジャズを聴きに横浜へ。

 

はちまた書家の先生に教えを請うため、

たびたび目黒へでかけたり。

 

が、こう書くと、

人生は暇つぶしなのか?

とも思えてくる。

 

真剣な暇つぶし。

 

この一連の暇つぶしは、

いまから10年前に検討し始めた。

 

いちおう真剣なのだ。

 

うすうすだが、

死を意識するようになったことが、

そのおおきな要因なのかも知れない。

 

ながい人生でそんな場面には、

幾度となく遭遇したけれど、

最近ではその死さえ確実に近づいてきた訳で、

いよいよ腹を据えての暇つぶしとなる。

 

人生って実はとても単純そう、

と思える記述や映像によく出くわす。

やりたいことをやれなどと、

あちこちで吹聴している人たちがいる。

 

渦中にいるとなかなか

やりたいことなんてやれない。

かつ入り組んでいて、

一見浅いようで、

やはり人生ってどこまでも深遠だ。

 

そして生と死は

一見、こちら側、あちら側と分けることができそうだが、

実は混在していて、

同じ世界の表裏に、または同じ場所に、

いやそれさえ曖昧なまま、

すでにいずれも在るのではないか。

 

なんだか近頃では、

その境界さえこちらの思い込みなのではと

この世の中の成り立ちをあやしんでいる

自分がいたりする。

 

親しい友人ふたりがいなくなってから、

そうした思いはよりつのる。

 

彼らは、どこかにいそうだ。

電話にも出そうだし、

メールさえ返してきそう。

まだ解決していない話がいくつもあるじゃないか。

手を尽くせばなんとか話せそうだ。

死して、相変わらず生きている。

そう感じて仕方がない。

 

さて、今夜はマレーネ・ディートリヒの歌でも聴こうか。

そのうち時が満ちれば、

グレタ・ガルボとも話せそうだし。

 

そして思うのだ。

この生きているっていうこの感覚さえ、

ホントかどうかも分からない。

すべて妄想だったりしてと。

 

亡父に謝っておきたかった事

 

もう、親父がいなくなって20年くらい経つ。

暑い夏になると、その日のことを思い出す。

 

喪主の私が親父の骨壺を抱えて、車に乗る。

その日もピーカンの天気で、軽く30℃を越えていた。

骨壺が熱くて抱えていられない。

運転手に頼んでクーラーを最強にしてもらう。

口数の少なかった親父がこの日ばかりは、

「熱い熱い」と饒舌だったような気がする。

 

学生時代、私は左翼がかった本ばかり読んでいた。

とにかく親父が軍国主義の塊のようにみえた。

 

親父は戦争中、満州で戦っていた。

そしてソ連の捕虜になり、シベリアで強制労働をさせられた。

戦争が終わって3年くらい経ってから帰国した。

 

親父は極端に口数の少ない男だった。

私との会話は一生のうちで、一ヶ月もなかったような短さだ。

それが戦争のせいなのか、生来の性格なのか、

ホントのところはよく分からない。

 

一度、母にそのことを聞くと不満そうな顔で

「知らないよ」と切り捨てられた。

 

或る休日の午後、親父に向かって、

「人を殺したことがあるだろ?」と心ないことを聞いた。

親父は一瞬目を細めてとても難しい表情をした。

次の瞬間、唇をかみしめてため息をひとつ吐いて、

ステテコ姿で立ち上がり、

もう一度こちらをチラッと振り返って、

庭に出て行った。

 

それから親父とは一切口をきかなくなった。

 

先の大戦の歴史は、

私も後年になって少しづつ理解するようになった。

歴史を紐解くことは、新しい真実を知る手がかりとなる。

果たして歴史観は修正され、以前に較べ、

違った方向から政経を解釈することとなった。

 

戦争を生きた親父の青春はほぼなかったに等しいと思う。

親父はソ連に抑留されていたので、

帰国してから就職しようとしても、

共産主義者のレッテルを貼られ、

どの会社からも断られたと聞いた。

 

ふるさとの愛知県の村では、

戦争のただ一人の生き残りとして、

近所のやっかみが酷くてそこにいられず、

意を決して横浜に出てきた。

 

そして、就職難だ。

ようやく公務員になれた親父は、

お袋と結婚し、

毎日毎日、同じ時間に家を出て、

毎日毎日寸分変わらぬ時刻に帰宅した。

 

生前、幾度か親父に謝らなくてはと思ってはいたが、

そもそもその会話を親父が覚えているのか、

いぶかしがる自分がいた。

(忘れる訳などないのに)

 

その後悔が年ごとに、重くのしかかる。

 

 

拝啓

父上さま

今年の夏も猛暑でした。

親父、

ホントはあなたともっと話したかった。

もっとあなたの笑顔がみたかった。

肩車なんかしてほしかったし、

そんな父親が欲しかったのですが…

 

私もあなたの死んだ年齢に年々近づいています。

最近、ようやくあなたのこころの内が

みえるようになってきました。

 

戦争って、やるせないことしか残しませんね。

あと、人ってなかなか理解されないものですね。

最近つくづく思います。

 

親父、ホントにごめんなさい。

いまあなたと無性に話したいです。

 

 

脊柱管狭窄症からやっと解放された。

 

夏の初め、腰が痛くなり、

整形外科で脊柱管狭窄症と診断された。

 

酷いときは杖をついて歩いた。

自宅の2階に寝室があって、四つん這いで階段をのぼった。

洗面所で歯を磨くのもままならない。

 

痛みで行動範囲が狭まり、

まあそれでも一日一回はおもてに出るようにした。

数百メートル歩くと、痛くて立ち止まる。

真夏なので直射日光もきつい。加えて痛みを堪えていると、

その我慢も身体を熱くする。

 

医者によると、初期は安静だがじっとしているのも良くないという。

よく分からない。

 

とにかくこんな辛い夏はなかった。

いろいろな事をあきらめようと考えた。

それは、旅行をはじめとする移動。

「歩く」に関するすべてに思いが及んだ。

近くのスーパーへの買い出しまで考える始末。

 

治療は、短期間であらゆることを試した。

まず、整形外科でのリハビリ。

そして整体数カ所。

あんまさんと呼ばれる人のところも通った。

鍼治療2箇所。

他○○療法とか…

 

書籍も数冊買い、即実践した。

(おじぎをする体操とか)

 

あと、京都の知り合いから腰痛に効くという、

東洋のサプリのようなものをいただき、

それはいまでも服用している。

 

結果、なにが効いたのかよく分からないのだが、

少しづつ痛みが減り、元の日常の生活に近づいた。

 

ひとつだけ、効いたと思われるのは、

2番目に出かけた鍼だった。

 

この先生は、私の症状を詳しくきき、

生活スタイルや仕事の中身もきいたうえで、

脈と舌を診ながら、鍼を打った。

 

あるとき、この先生は、

私の四肢の指先に鍼を刺して血を抜いた。

あぜんとしている私に、

「この治療の方が早くなおる」

と笑って言った。

 

ネットで調べると井穴刺絡(せいけつしらく)という

鍼治療法だった。

 

症状が少し回復し出した頃、

近所のスーパーへ出かけた。

なんとか普通に歩いて買い物ができるようになった。

そんな自分がうれしくて、このときばかりは、

スーバーがワンダーランドに思えた。

 

今回の私の最大の収穫は、

歩けることの素晴らしさに気づいたことだ。

歩けることって実は当たり前なのでは決してない、

のではないかということ。

 

とにかく歩けるだけで「感謝」できるようになった。

この収穫を得るために、私は患った。

そう考えるようになった。

 

まあ、そう思考することにより、

これからの人生の黄昏を、

多少気楽に歩むことができるのではないかと。

 

 

 

グラスの向こうの夏

 

「月と太陽ってお互いを知らないみたい」

「おのおの昼と夜の主役。

だけど、すれ違いの毎日だしね」

 

「スタンダールの『赤と黒』って

確か軍人と聖職者の話だったよね」

「そう、対照的な職業」

 

「南の海のエンジェルフィッシュと

北の海のスケソウダラが一緒に泳ぐ、

なんてことがあり得ないのと同じ」

「そうね、いずれ相容れない何かがありそうだね」

「なんだか私たちと同じ」

「そういうことになる」

 

仲のいい友人、夫婦、親子、兄弟、姉妹でも、

あらゆる面で相反するというのは、

多々ある事なのかも知れない。

私たちもそのような関係と思える。

 

それはお互いの思惑の違いから、

(それは恒例ではあるのだけれど)

たとえば夏の旅行の計画などの話になると、

途端に方向性が異なる。

相容れない。

行きたいところだけでなく、

趣味が全く違うのだ。

そしてお互いに譲らない。

そこは同じなのにね…と彼女は思う。

 

片方が海といえば、

相手は山へ行きたいと言い張る。

話は平行線のまま。

決して交わることはない。

やがて意地の張り合いになり、

ひどい喧嘩となって、

結局いつものように沈黙が続く。

 

やはり月と太陽

赤と黒か

エンジェルフィッシュとスケソウダラみたいに

相容れない。

 

しかし「今年こそは」とふたりは願っている。

そこは似ているなと、

ふたりはつい最近になって気づいた。

 

グラスの氷がカタンと鳴って、

そして静かに沈む。

トニックウォーターが震えるように揺れる。

ふたりはため息のあとでそれを口に含む。

庭の木で蝉が鳴いている。

とても暑い鳴き方をするミンミン蝉だ、

とふたりは同時に思った。

 

果たしてグラスの中の氷は彼女の熱を取り去った。

それは相手も同様だった。

 

そして想いまで冷めては元も子もないと、

ふたりに囁く誰かが、

この部屋に降りてきて…

 

「とにかく出かけようぜ!」

「そうね、私支度してくる」

やはり似たもの同士なのかも知れない。

 

ようやくお互い、笑みが浮かんだ。