ならず者のうた

デスペラード

ならず者という意味らしい

 

19才も終わろうとする頃

カーラジオで初めて聴いた

この歌の虜になった

 

当時は意味なんて分からなかったけれど

デスペラードだけ聞き取れた

とてもやさしいメロディー

悲しげな歌

運転しながら

寂しさだけが押し寄せてきた

ある事情でみんなとはぐれていたから

話す相手もいなかったし

ガールフレンドとも遠ざかっていったし

この歌も、そんな歌なのだろうと

勝手に解釈することにした

 

ひとり国道246を西へ

どこかへ辿り着こうとか

そういうものはなかった

雑音だらけのラジオの音にすがるように

宛てもなく走った

 

ひとりが寂しいんじゃなくて

回りに壁をつくってしまった自分が

とても辛かった

 

デスペラードの歌詞は

だいたいこうだ

 

「…おい、そろそろまともに戻ったらどうだい?

…お前の、その気難しさやプライドが
お前自身を傷つけているんだよ

(中略)

…時の流れに誰もが逆らえない
なのにお前はたったひとりで
深い闇のなかをただ歩いているじゃないか
それも、もがきながら

(中略)

…ならず者よ、さあ目を開けて
怖がらないで

…雨降りだって
いつか虹がかかることもあるから

…まだ間に合う

この手を掴めよ
まだ間に合うから」

 

10代の終わりのあの遠い日々が

その後の推進力になったことに

いまは感謝しているけれど…

 

 

 

 

みんなも逃げたほうがいい!

  

 

最近は、屋外で写真ばかり撮っている。

天気がいい日は、朝から落ち着かない。

日差しが僕を呼んでいるとでもいうのかな。

今年は台風でキャンプにも行けなかったし、

約束の河原での焚火もまだ行っていないし。

最近は仕事もほどほどにして、

何かと理由をつけて表に出る。

そうしないことにはすぐ年をとってしまう。

そのように錯覚している。

しかし錯覚ではないようにも思っている。

一日中仕事をしていると、寝るときに後悔の念が襲う。

これは旧人類として、とても良い兆候だと思っている。

何とも思わないようになったら、

それは進化という名の退化なのだと、

自分を疑ってしまうから。

それにしても、

デスクワークっていい加減に飽きます。

座っているのはしんどい。

体に良い訳もなく、最近とみにいらいらする。

企画とかライティングを生業としているのに、

これはマズイぞとか、

もう危機とも思わなくなってきた。

きっと生来の自分が、

うん十年の眠りから目覚めたのだろう。

野山を走り回っていた頃、

僕は本当にいきいきしていた。

妙な体調不良も一切なかった。

秋は、少し山に入ると栗がゴロゴロ落ちていて、

それを必死で剥いて、生のまま食べていた。

柿も食べ放題だった。

まさか八百屋さんで買うものとは

思ってもみなかった。

冬も鼻を垂らして遊びまわっていた。

春は、一日中田んぼでカエルの卵を採っていた。

夏になると、

葉山の海によくでかけた。

岩にウニがびっしりと生息していて、

よく焚火のなかに放り込んで食べた。

そうした思い出のなかには、

いつも大きな空が広がっていた。

青い空、雲の怪獣、

夕暮れにあらわれる影絵の世界。

僕は今頃になって、

無意識的にだが、

現代の危機から逃れようとしている

のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

都会とイナカ

 

田園都市線、新玉川線の二子玉川は、

いつも通過地点でしかなかったので、

変貌するこの街が、

日ごろから気にはなっていた。

 

 

先日、小用があり、

久しぶりに改札を抜ける。

ムカシと全く違う街の印象。

二子玉ライズとかいう名前で、

商業テナントとオフィスの複合ビルの他、

近未来的な遊歩道と多摩川沿いにそびえる、

高層マンション群。

 

 

人が異常に多い。

悲しいほどに隙がないくらい、

整っている街並み。

 

この日は、中央のパティオに、

メルセデスの新車が6~7台展示されていて、

人目を惹いていた。

 

ライズにいての第一印象は、

皆、歩くのがとても速いこと。

誰もが忙しそうにみえる。

 

国道246を挟んだライズの対面は高島屋。

ここは古くからある。

館内は高級ブランド店が並んでいる。

店員さんは暇そう。

混んでいるのは飲食店くらい。

 

或るブランド店に古い友人がいて、

寄ってみた。

そのことを彼に聞いてみると、

まあまあ売れているようなのだ。

ちょっと見では分からないものだ。

やはり東京なんだ、

都会なんだなぁと感心する。

 

 

数十年前、

ここから2駅の等々力という所に、

住んだことがある。

とても静かな町で、夏は蛇もカエルも出た。

休日はよく二子玉川まで歩いた。

まだ玉川高島屋と東急ハンズしかなく、

街は閑散としていて、

東京の外れという雰囲気だった。

多摩川の河原に降りると、

掘っ立て小屋の売店もあったし。

その郊外という風情は、いまは全くない。

 

さて、ここを訪れる数日前、

仕事の息抜きにと、

大山の麓にでかけていた。

 

 

空がとても大きく感じられた。

時間がゆっくりと流れているのが、

実感できる。

芝生で寝ている少年、

ベンチでまんじりともせずに、

山を眺めている老人。

 

大山に陽が沈む頃、

山麓にたなびく薄い紫色の煙が、

幻想的に映る。

しかし、このあたりは、

車がなくては動けないなぁと、

現実に引き戻される。

 

現在の私の住まいも、車は必需品である。

 

さて、短期間に巡ったこの2個所が、

私のなかで、

どうしても対比されてしまう。

都会と自然、利便性と不便、

ストレス社会とやすらぎの地、

そして若さと老いということに関して…

 

永年の年が過ぎてしまった身として、

残りの時間をどこでどのように過ごすか?

こうした問いは、常につきまとう。

まだ仕事をしている現実。

しかし、心身は日に日に衰退しているのだろう。

残された時間も、そろそろぼんやりとだが、

みえてきたような気がする。

 

一体この先、

何をするために、何処へ。

私的な問いとして、日々頭をかすめる。

 

 

 

いざ、フルーツパーラーへ!

 

京橋あたりに千疋屋というフルーツ専門店があって、

ウインドウには確か2万円の値がついたメロンが

置いてあったっけ。

(まあ、みんなは知っていると思うけれど)

 

その近くで人と待ち合わせだったので、

早めに着いたのでウロウロしていたら、

そんなメロンをみてしまった次第だ。

 

で、仕事の打ち合わせの最中も、

2万円のメロンとは何ぞやという疑問が、

むくむくと頭をもたげる。

 

そういえば高校時代、

クラスにメロン農家の息子というのがいて、

全く自己表現をしない冴えない奴がいたけれど、

あいつって、実は大金持ちの息子だったのかとか…

 

うーん、京橋での打ち合わせはまったく身が入らず、

後日、電話で謝りながら、

再度打ち合わせをさせてもらった次第。

 

それにしても貧乏だった私のアタマを掻き乱した、

メロン2万円なのであった。

 

で最近、そんな事も忘れていて、

フルーツパーラーなる店に入ったのだった。

 

記憶の限り、こういう店って小学生以来かも知れない。

母に連れられて、横浜駅近くの大きな店だったように記憶し

ている。

 

店構えは、なんだかカラフル。

全然私の入るところではない感じがプンプンしている。

赤と白とかオレンジとか、とにかく入り口からカラフル。

店内明るすぎ。

(あー、コーヒーショップにすべきだった)

で、メニューを見て、緊張したね。

キラッキラッ!

 

目を凝らすと、例えばいちごパフェが1600円!!

こうしたスィーツ系なのかフルーツ系なのか、

よく分からないが、私はなにも考えず、

奥さんに誘われてふっと入った訳だ。

 

たまには甘いもんでも食う?

気を使った私が間違っていた。

「パフェ? そんなもんいくらでも食べなよ

おごってあげるから!」

見栄を張り、

フルーツパーラーをなめてかかっていた私が悪かった。

 

窓からは横浜港が見渡せるとてもいい景色。

店内は、若い女性、おばさん、おばあさんで

溢れている。

 

「えーなんでこんなに混んでいるの?」と私。

「ねー」って同調しているけれど、

君は知っていたのかな?

 

メニューを広げながらまわりを伺っていると、

パフェにかぶりついている女性たちの

なんと幸せそうな顔をしていること。

(ほほぅ、そういうもんかね?)

 

果物とかアイスクリームとか

生クリームとか、その他もろもろが、

山盛りに詰め込まれている。

ガラスの入れ物がすげぇデカい。

(えー、私はあんなもん絶対に食えないなぁ)

 

奥さんにひそひそと話しかける。

「おなか壊すよね?」

「そうかな」

「………」

 

少し離れた席に同年代のおやじが

若い女性を連れて話し込んでいる。

でだ、

話しながらチョコレートパフェをがんがん

口に運んでいるではないか。

ぜんぜん笑顔!

(うーん、あのおやじ、

どこからみても大酒のみにしかみえないし、

甘いもん、そんなに食べないと思うがね)

と、若い女性と笑顔で完食なのであった。

 

向こうのうるさいおばさんの団体に至っては、

話しながらときに大笑いで、

はしゃぐはうるせぇし、

果てはパフェのおかわり、なんと

おかわりを目撃してしまったのであった。

 

(うーん、この空間はなんかとても怖いな、

早いうちにさっさと切り上げて、

とっとと帰りたい)のであった。

 

奥さんがいちごパフェ、

私がフルーツケーキとコーヒー。

そんなところで手を打つ。

 

それにしても、冷房が効きすぎ。

冷房とめろよ!

と心のなかで怒鳴りましたね。

季節は秋である。

残暑とはいえ、そんなにクソ暑くもないし。

 

で途中、奥さんのパフェを少しいただくも、

その少しで、こっちは生クリームの油に

やられたって感じ?

コーヒーで口内を中和して、

何気に窓の外に目をやったりして、

平静を装う。

 

奥さんは何の違和感もなく、ペロッと完食。

(うん? こいつは普段から食は細いし、

さっきとんかつ食ったのになぁ)

 

店を出て「おなか、大丈夫?」

と「なんでもないよ、

あー、おいしかった。また行きたいね」

 

もう行かないだろうよの、

フルーツパーラー体験。

にしても、ん万円のメロンとかって、

なんだろう?の疑問が再び浮上する。

 

貧乏性の疑問って尽きないんだよね。

 

ジャズ喫茶「ノイズ」のこと

 

町田にノイズというジャズ喫茶があって、

でかけるとちょくちょくコーヒーを飲みに

行ってたんだけど、

突然なくなりまして、狼狽えました。

唯一の憩いの場だったのに…

 

ここは、昔ながらのカフェオレにピザトーストが食えて、

えっと、カフェラテじゃなくカフェオレ。

ここ大事。

 

いまどきのコーヒーショップはどこへ行っても

チェーン店ばかりで、

カフェオレくださいっていうと、

決まってカフェラテですかって

返答するんだよね。

イラッ!

カフェオレとカフェラテの違いくらい

知ってるよっていうの。

 

そういうんじゃないの。

まあいいや、腹立つなぁ。

 

ノイズは、最初から灰皿が普通に置いてあって、

いまどきの風潮を端っから無視している。

店内の音響はまあまあ。

で、スタンゲッツとか、

とてもいいアーティストがアナログで

店内に鳴り響いていて、

客層もみなラフな中年が多くて、

とてもリラックスできる。

 

コーヒーカップは肉厚のでかいやつ。

だいたい分かりますよね?

で、話しちゃいけないとか、

そんな超マニアの集まる

クソうるさい店でもなくて、

雰囲気は、超カジュアル。

ただ、店のある場所が

ギャルファッションが集まっているビルの最上階。

行きづらかったのは確かだった。

 

ネットで調べたら、店の再開めざして、

クラウドファンディングやっていた。

頑張って再開して欲しい!

下北沢の1号店もすでにないし、

やはり時代の趨勢なのかねぇと、

感嘆ひとしきり。

 

にしても、町田のノイズがオープンしたのが、

1980年だから、

なんだかんだで40年弱生きながらえてくれた。

また、あのピザトーストが食いたい、

あのカフェオレが飲みたい、

で、あのパイプ椅子で、ジャズが聴きたい。

 

最近では、こんなことばっかり言っているオヤジのこと、

エア読めないとか、

ワガママとか、

遅っくれているとかってよく見聞するけれど、

他人の青春をバカにする権利は誰にもないから、

放っといくれっていうの!

 

 

 

あやしい心理研究所

 

○○心理研究所って看板をみたら、

そしてそのビルがとても古かったりしたら、

その時点でなにかうさん臭いものが漂っています。

負けず、私はその研究所のブザーを鳴らしました。

 

とてもおだやかそうな白衣を着た、

そうですねぇ、年の頃なら40代とおぼしき

横分け頭の研究者らしき男の人があらわれ、

「××さんですね、さっどうぞ中へ」

と促され、中へ足を踏み入れる。

 

古い緑色のソファに座る。

「少し、待っていてくださいね」

やさしそうな笑顔はそんなにあやしそうではなかった。

 

ソファの前の本棚には、やはり心理学とか臨床…とか、

ハードカバーの書籍がずらっと並んでいる。

その部屋には私以外、誰もいない。

 

隣の部屋は、医者でいえば診療室みたいなものらしく、

女性の相談者が延々となにか話している。

話の中身は分からない。

が、とうとうと何かを訴えているようなのだ。

先生とおぼしき人の相づちだけが、規則正しく聞こえてくる。

 

15分ほどして、その患者さんも納得できたようだ。

先生のボソボソっとした声が聞こえ、

女性の笑い声が響いた。

なんかこっちまでほっとしてしまう。

 

ふたりの足音がこちらへ近づいてきた。

終わったようだ。

茶色のロングヘアの女性があらわれた。

やせ型の美しいひとだった。

続けて先生らしき人が、にこにこしながら、

小さな化粧品のボトルのようなものを、

その女性に手渡した。

 

にこっとして「いつものですね?」と言って、

それを受け取る。

とても自然なやりとりにみえた。

 

と、ここまで書いて、

この話はながーくなりそうなことに気づく。

私がなぜこの○○研究所にでかけたか、

という事情はやたらプライバシーにかかわるので、

割愛させてもらう。

いや、のちほど話すけどね。

 

私は、この研究所で出している、

小さな化粧品のボトルに入っている「水」について

書きたかった。

 

「この水は、一見水ではありますが、

私たちの知っている水とは全く違う水です。

味はもちろん無味無臭です。分子構造が全く異なります。

大事に扱ってください。必ず冷暗所に保存してください。」

………

ということなのだ。

 

この水の値段は、一本¥18,000もする。

とても高価なものなのだ。

 

毎食後に数滴なめる。

それだけで、あらゆる症状を軽減させる効果がある。

おっとなめる前にボトルを20回ほど振る、

という儀式があった。

これをやらないと効果があらわれない。

これは、先生とおぼしきひとが言ったことだけど。

 

私は、この水を合計3本購入した。

1本なんかあっという間になくなってしまう。

 

あるとき、この水について考えた。

そのときビールを飲んでいたので、

ボトルをさんざん振り回して

ヤケクソでとくとくとジョッキにたらし、

贅沢に飲み干した。

 

それ以来、その水を買うのをやめた。

そのうち、仕事が忙しくなって、

水のことはすっかり忘れていた。

その研究所のこともすっかり忘れていた。

私の症状はすっかり改善していた。

 

それはとても単純なことで、

辛い貧乏を脱出できたからだった。

簡単にいうとそういうことだと思う。

あんな高価な水の費用を

ひねり出す苦労もなくなった。

 

稼いだお金で、アパートを引っ越した。

今度は、縁起の良さそうな部屋だった。

 

実は、私はてっきり「うつ」だと思って

その研究所を訪ねたのだが、

よくよく思うに貧乏だった、

それしか分からない。

 

うーん、いまでも自らの症状も、

そして突飛な行動も、

全く分析できないでいる。

 

もう30年もむかしのこと。

 

 

金縛り

 

夜中にふと目が覚める。

 

ちょっと驚く。

いつもはそんなことないから。

 

ふとんをかけて寝ようとすると、

なにかがおかしい。

身体が動かない。

ウッと唸ってしまった。

 

どうもベッドのまわり、

部屋の気配が

いつもと違うことに気づく。

 

誰かがいる。

そう思う。

 

そういえば、

少し前にすーっすーっと、

スリッパを擦る音がしたことを思い出す。

 

動かない身体が、

余計に固まってしまっていた。

 

横向きで寝ていたので、

その何者かは私の背後にいる。

目だけは動くので、

目の前に誰もいないことは、

確認していた。

 

どのくらい経っただろうか?

数分間。

いや、ほんの数秒なのかもしれない。

身体は相変わらず動かない。

特に首と腕が顕著だ。

いくら力を込めても全く動かせない。

 

そうこうしているうちに、

今度は、

全くそれを怖がっていない自分に気づく。

 

(おふくろだろう?)

 

その勘は、瞬間的に確信へと変わっていた。

何も話しかけてはくれない。

触れもしない。

 

だけど、じっとこちらを見下ろしているのが、

笑顔で慈しむように見守ってくれているのが、

分かった。

 

この場合の分かった、というのは、

客観的に検証すれば、

私の思い違いなのかも知れない。

そんなことはどうでもいいことと、

いまでも思う。

 

(おふくろ!)

 

声が出ない。

 

もう一度だけ、顔がみたいと思った。

なんだかあったかいものが溢れ出て、

止まらない。

それがほんの一瞬だったのか、

とてもながい時間だったのか、

いくら思い返しても分からない。

 

そして身体がふわっと緩んできた。

 

(相変わらず水くさいなぁ、おふくろ)

 

友人からきいていた金縛りってこれかと、

なんだか深く納得してしまった。

そして、涙を拭いて、

ふとんを被った。

 

むしろというべきか、

サッパリとした心地になっている。

 

(おふくろ、ありがとう)

 

こうしてなにごともなかったように、

朝までよく寝た。

 

3年前の初秋こと。

 

 

カッコイイおとこの見分け方

 

小さなカバンひとつでどこへでもでかける。

そんな人を知っている。

近県でも海外でも荷物の量は同じ。

そこにどんな工夫や技があるのだろうと

あれこれと詮索するが、分からない。

 

着替えは? 髭剃りとか洗面道具は?

暑さ、寒さ対策はどうしているのか、

いろいろ想像するけれどね。

 

山歩きなどでリュックを背にする。

私の荷物は必ず重くてかさばる。

いろいろと詰め込み過ぎだと分かっていても、

それが最低必要なものと思っているから、

結果、いつも荷物が重い。

かさむ。

 

その度に反省などもするし、

今度はこうしようなどと改善を検討するのだが、

だいたい次回も同じ失敗に陥る。

さらに悪いことに、

必要なものを取り出そうとリュックを開くも、

それがなかなか見つからない。

相当に手間取る。

捜し物をがどのあたりにあるのか、

そもそも全く把握していない。

すっかり覚えていない。

 

そしてさらにまずいことに、

特定のところしか探そうとしない、

他は関知しないという癖が祟って、

結果捜し物がみつからないことが多々ある。

 

こういう自分に、結構うんざりしている。

 

ずっと以前、数人でイタリアに行ったことがあるが、

そのなかのあるおとこの荷物は極端に少なく、

私の大型スーツケースの3分の1ほどのバックのみで、

あとは、カメラの機材関係の荷物だけだった。

帰国して気が付いたのは、

私は、持って行った荷物の中身の、

ほぼ半分ほどしか使っていなかったこと。

そして、そのカメラマンは、

着替えは旅先で調達したり、

使い捨ての下着を使用していたことが判明した。

うーんと私は唸ったね!

 

で、それを経験と呼ぶのは簡単だし、

実際、経験を重ねて皆、旅慣れてゆくのだけれど、

考察を重ねるに、

どうもそれだけではないような気がしている。

よく分からないけれど、

そこにはなにか性格的なものも、

おおいに絡んでいるように思うのだ。

 

世界を飛び回っているメディアで有名なある人は、

紙袋にサンダル履きで飛行機に乗って、

そのまま世界各地へと出かけてゆくのだそうだ。

 

ほほぅと感心しましたね。

しかし、いくら経験を積んでも、

どうも私にはできそうもない。

荷物を小さいカバンひとつにまとめられたとしても、

そのかばんの中から、

やはり探し物は見つからないだろうし。

 

たとえば、コンビニである。

私はTポイントカードさえ出したことがない。

あらかじめ、カードを手に持ってなどと、

周到に準備しなくては、レジでサッと出せないのだ。

他のカードも同様。

小田急系列の店で高島屋のカードを出してみたり、

ここはVISAでしょ、というところで

MASTERを出してみたりと、

かなりひどい状況を生んでいる。

 

なにいってるかわかりますかね?

 

そんな私とて、

キャンプとかたき火が好きでよく行くが、

支度がのろい、荷物がやたらと多いと、

当たり前の如く、やはりここでも不評。

そして、必要なものをサッと出せない、

探せない。

 

病気かね?

経験も役に立たない性癖。

荷物肥大症。

いづれにせよ、

なにかの欠陥があると自分を疑っている。

 

という訳で、何はともあれ

旅慣れたおとこというのは、

私からすると実にカッコイイのである。

とにかく荷物が小さい。

潔い。無駄がない。

 

ああ、そのまま性格診断にも当てはまりそうで、

怖いですね!

 

いきなり「人生100年時代」

 

地元の同窓会へ行ったら、

約半数の同級生がリタイアしていた。

彼らの集合場所は、パチンコ屋と聞いた。

ほう、いいねぇ、地元に残った方々よ。

 

で、今度は大学時代の友人たちと集まったら、

約半数が再就職していて、

給料が現役時代の約半分ほどで働いているらしい。

うーん、こちらは厳しいなぁ。

 

どちらも、盛り上がる話題は病気のことで、

血糖値高い自慢とか、手術の話とか、

ちょっと気がかりな体験談が多い。

 

まあ、そんな私も老後はどうしよう、

幾つか患ったけど、

まだ元気なうちに旅行とかですね、

いろいろ妄想していたが、

ここんとこ、あちこちで「人生100年時代」とか

言い始めていて、えーっとのけ反った訳。

 

働くのは嫌いじゃない。で、金もそんなにない。

じゃ働くか、で現役続行しているのだが、

それにしても人生100年とか人生100年時代って

なんだ? と思う訳。

 

年金支給開始を引き上げる国の算段とか、

人口減少による働き手の不足とか、

まああれこれ思い当たるけどね、

が、人生100年時代とか急に言われると、

身体の力が抜けるんですね。

やっとここまで生きてきたのに、

ストレスいっぱいで働いてきたのに、

まだ残りが40年弱もあるの?

と、なんだかね、

だらーっと身体の力が抜けるんですね。

 

42.195キロを走り抜いた選手に、

「おー君! まだだよ、

ゴールがいましがた変更されたのね。

まだ走るんだよ、君!

ゴールはこのずっとこの先の、

あの山の頂上あたりかな、

見えるだろう?

そう、雲に霞んでいるけど、

旗がたっているからね、

あとひと息だよ、さあ頑張ろうね。

そーれダッシュ!」

 

そんな感じ?

 

もう我々ってそんなに体力ないし、

身体もいたわらなきゃならないし、

みんな患っているし、

んー困った。

 

しかしだ、人生100年時代って、

いったい誰を対象にしているんだろう?

いまの若い人たちなら、

寿命はこれから更に延びるだろうし、

それならなんか分かる。

(にしてもやはり疑問だらけだ)

けど、人生100年時代が

私らに向いたアジテーションならば、

ちょっと現実離れしていると

言えなくもないよなぁ。

 

みんな、早々に患うよ!

10年や20年で、ほぼみんな死んじゃうよ!

 

で、生き延びた奴らは神様扱いか?

冗談です。

 

この先、働き手がどんどんいなくなる。

年金のプール金もどんどん減っている。

さらに国の年金の運用があまり上手くない。

 

わー、なんか未来が怖い、

バラ色の人生なんか、

この先絶対にこないね!

 

100年生きる自信がない。

仮に生きる保証があったとしても、

金がない!

 

さあどうする。

追い詰められた我々よ!

このまま死に向かって、

がむしゃらに働き続けるか?

いーや、海外へ逃亡する、

いや移住する?

 

そんな度胸もない。

 

金の力でなんとかする輩もいるだろう。

で、金のない奴には、

いやー、この先恐ろしい世の中だね。

たとえ健康でも、気は抜けない。

 

なんか寂しい終わり方だなぁ…

 

 

気になるアラカルト

 

●眞子さまって誰

小室圭さんという人がなぜ世間で騒がれているのか、

最近になってやっと分かってきました。

一見、好青年。

が、いろいろな事情が絡んでいるらしい。

で、眞子さまは誰の娘さんだろうと

ウチの奥さんに聞いたら呆れていまして、

「そんなことも知らないの!」

なんだか興味がないと何も覚えられない…

浦島太郎状態です。

「小室圭」の画像検索結果

 

 

 

●トランプと習近平

米中貿易戦争が本格化しそうです。

いまのところ、米国が中国を圧倒しています。

関税の争いとなると、米国に有利です。

まあ、中国の輸出量が膨大ですから。

しかし、ある説によると、

実は中国のほうが最終的に米国に勝つのではないかと。

米国の国力は低下しています。

経済も、一見好調と皆いいますが、

とてもバブリーな金融主体の国なので、

あぶないとの説も。

そもそもこれは経済戦争なのか、

そこが問題でして、

イデオロギーの戦いのようにもみえるし、

世界の覇権国としての争いのようにも映る。

いずれ、とばっちりはご免ですね。

 

 

 

関連画像

●マックよりおいしいよ

バーガーキングがうまい。

いまはもう閉店してしまったようですが、

湘南台のバーガーキングで初めてワッパーを食して、

それ以来ファンになりました。

肉とケチャップがやけにアメリカっぽくてね。

先日は相模大野のバーガーキングで休んでたら、

カーティス・メイフィールドのスーパーフライを

ガンガン流している。

近くに座間キャンプもあるし、まあ本格的。

マックとかフレッシュネスにはない雰囲気なのに、

日本ではイマイチ売れない。

また撤退しちゃうのかな?

 

 

●ユーチューブ広告は救われない

ユーチューブ有料版というのがあって、

お金を払えば広告なしの動画、音楽が楽しめる。

当初は月額にして、1180円。後1550円になるらしい。

思えば、不思議な現象である訳です。

広告を観たくないのなら、お金を払えば解決する。

料金は結構高いと思いますね。

いかに広告収入が大きいかという裏付けでもあります。

私が不思議と思うのは、そんなに嫌がっている広告なのに、

ユーチューブに出稿する広告主がいる、ということでして、

私が宣伝部長でもやっていたら、ユーチューブへの出稿は、

まず予算が余っていても外します。

要は、ユーチューブと広告は相性がよくない。

テレビやラジオと何が違うのか?

そこをよく考えると回答が出るのですが。

 

 

 

●ふたりのカメラマン

最近、木村伊兵衛の写真をみる機会に恵まれ、

彼の人となりも一応目を通した。

そこでどうしてもアタマに浮かぶのが土門拳。

同世代のふたりのライバルは、

いかに仕事に取り組んだのか?

そこに興味が湧いた。

洒落た出で立ちと作風の木村伊兵衛。

パリの街角とか人を撮らせると、

右に出る日本人写真家は皆無。

対する土門は、東北出身で粋な木村と較べると、

かなり土着的で地味な印象を受けるが、

作品をみると、どれも骨太で凄みがある。

これは好みの問題だろうが、

私は土門拳の作品に傾倒してしまう。

そして土門拳賞を受賞した鬼海弘雄が、

最近とても気になる。

彼の写真集「PERSONA」は、

浅草浅草寺を訪れる、いわゆる癖のある人たちを

20年に渡って撮り続けたものを収めた写真集なのだが、

ページをめくるたび、

彼がなぜその人を写真に収めたのか?

それが滲み出ている。

一見の価値がある。

筑豊のこどもたち

 

PERSONA

 

 

カーティス・メイフィールド