青春レーベル「男の世界」

 

高校の頃に流行った歌といえば、

まず思い出すのが「男の世界」。

男性化粧品のCMから火がついた。

商品ブランドは「マンダム」。

歌うのはジェリー・ウォレス。

 

このヒットで丹頂株式会社は

社名をマンダムに変更した。

それくらいヒットした。

だって、みんなマンダム使ってましたからね。

一方、ジェリー・ウォレスは、

その後のヒットはなかったと思う。

一発屋だった。

 

マンダムも歌も売れに売れた。

その要因だが、これはひとえに

CMに出ていたチャールズ・ブロンソンが、

カッコ良すぎたから。

そう言い切れる。

イマドキはいない渋い役者。

男臭さが全身から漂っていた。

二枚目のアラン・ドロンとは

全く違う方向性をみせてくれた。

 

ちなみに私たちの時代はというのは

男らしさに重きが置かれていた。

喧嘩して殴られても「泣くな!」なんです。

男は黙って…の時代だった。

 

よって高校時代は私もまわりも

ほぼみんななんだか殺気立っていたっけ。

それが青春というものだったのかどうか、

いまでもよく分からないけれどね。

思い出せば、

町田の商店街でよく他校の奴ともめた。

横浜駅近くでもよく殴られた。

殴り返したら、向こうに

刃物を出されたこともある。

理由は些細で実にくだらない。

イマドキはダサいとなる。

 

まあそんな時代だったが

街にはかわいい子もいっぱいいたし

海もディスコも楽しかったし、

なかなかいい時代だった。

 

そういえば、女の子は女の子で、

まだ女性らしさというものが求められていた。

このらしさというのがなかなか難しい。

いまだによく理解できていないけれど、

それはこちらの鈍さか…

 

とにかく「らしさ」が求められる時代でした。

そんな時代です。

それに合わせるように、

あの渋いオトコの中のオトコ、チャールズ・ブロンソンが

「男の世界」の音楽に合わせて登場、

顎に手をあてて、「うーん、マンダム」と言う訳だ。

コレ、売れない訳がない。

 

イマと違ってヒットの方程式は、

意外と簡単につくれた。

 

でですね、この「男の世界」という歌とか、

チャールズ・ブロンソンという役者とかだが、

イマドキだと全く世間に相手にされない訳です。

干されてもおかしくないベクトルをもっている。

イマは誰もそんなものは求めていない。

というか、差別とかいう単語がちらつきます。

 

そんな世の中になりました、ハイ!

 

 

夏の夕ぐれ

 

 

 

夏の夕ぐれ

今日の終わり

 

光る雲

遠い空

 

窓辺の椅子に身体を委ねたら

ハニー&ケーキで昼のほてりをしずめましょう

 

窓辺の花が物憂い

けだるい

 

過ぎてゆく時間

陰影のドラマ

 

だから夏の夕ぐれは

誰だって遠いくにの夢をみる

 

 

風の時代

 

200年以上続いた「地の時代」が終わり、

いよいよ「風の時代」だそうだ。

これは、ホロスコープの話。

私も最近知った。

「地」の時代は、権威とか地位とかお金、

そうしたものに価値が置かれる。

「風の時代」は、身軽さやコミュニケーション、

個人というものの価値が見いだされるという。

ホントかどうかは知らないが、

なかなかいい時代の到来だ。

地主とか政治家とか○○会長とか、

もうたいした価値も意味もない。

金持ちだからといって、誰もかしずかない。

そもそも当たり前のことなんだけど、

勘違い人間がとても多い。

具体的な例を挙げると、日立・東芝とか電通とか

むかしからの権威が失墜してきている。

早稲田閥とか東大卒とかも同様。

良い家柄の方とか大地主さんには申し訳ないが、

さようなら。

「風の時代」は、旅人が増える。

一カ所にとどまらずにあちこちと移動して生活する。

キャンピングカーがさらに売れる気配。

シェアハウス人気はさらに高まる模様。

フリーの活躍がめざましくなる。

プロジェクトごとにネットワークを組んで、

組織に負けない成果を出す。

ありえそうですね。

仕事のギャランテイーはもちろん重要だけど、

その仕事の価値をそれだけで決めない。

その仕事の先になにがみえるのか?

たとえば、みんなの一助になるとか、

ユーモアが拡散できるとか、

利他的であること。

そうしたものに価値があると考えるようになる。

「風の時代」は文字通り、世の中に良い風が吹く。

誰も偉くない。

誰もさげすまない。

とここまで書いて、

この話はいい加減であるとの話もある。

根拠もないデマであるとも。

スピリチュアル系の拡散に気をつけろ、

と書いている占星術の先生も登場。

そもそもその先生があやしい。

もうカオス状態です。

ホロスコープでの詳細によると、

「地の時代」「風の時代」「水の時代」「火の時代」は、

散発的に訪れているらしいのだ。

我にかえって思うに、

ホロスコープとかってたまに気になるとチェックするけれど、

すぐに忘れてしまう。

みなさんは、ホロスコープで左右されますか。

信じるも八卦レベルなのか。

私的には、自身が風の星座なので、

この際、「風の時代」の到来ということとする。

意味合いで検討しても「風の時代」が性にあっている。

要は自己都合なんだけど。

 

山を買う

 

このところの一連の騒ぎで、いろいろ考えた。

コロナの正体と状況。

仕事のこと、生活のこと。

もう元の世界に戻ることもないだろう、

というのが私の予測。

これは、政治も含め、いろいろな意味で。

 

いまは先がみえない。

このままだと経済も壊滅的だ。

失業者、倒産などが続出するだろう。

日経平均も乱高下しているが、

元々怪しい株価だったので、

実態はさらに酷くなるだろう。

 

私的にこの春から、

いろいろと出かける予定だった。

その予定も潰れた。

近い所では、東京の下町へとか、

高尾山登山へ、富士五湖へキャンプとか、

古い友人たちを尋ねて日本各地へ、

従兄弟に会いに群馬県へ、

親父のふるさと知多半島の菩提寺へとか、

観光で北海道か沖縄へとかね。

このままだと全部なしです、ハイ。

 

で、この先のことをいろいろ考えて

辿り着いた結論は、山を買おうかなぁと。

 

なんかね、持続的社会の構築とか、

環境に関してだとか、

豊かな経済めざしてとか

いろいろ言われてましたが、

要はサスティナビリティとかいうキーワードは、

もう死語のような気がします。

そういうものは、自らが築くものなのですかね。

 

「自然にかえれ」って、ルソーが呼んでいる。

で、とにかく都会を離れる。

自給自足体制を確立する。

中古のユンボを買って、山を整地して、

そこにトレーラーハウスをもってゆく。

で、全国で売り出している山を調べることにした。

 

ググってみて驚いたのは、

いやぁ、山って結構売りに出されている。

それも驚くほど安い。

例えば、神奈川県大磯の海が見える山で、

4000平米で400万。

日当たり良好。雑木林。謎の祠(ほこら)あり。

水道、電気他インフラはなにもないけどね。

 

横浜生まれ、ずっと文化系、いや出版・広告系で

生きてきたこちらとしては、

この土地を開墾するのは、相当ハードルが高い。

それにもう年だし。

が、せめて畑ぐらいはつくりたい。

トレーラーハウスを置く。

エアガンの免許を取る。

兎くらいサバけるようになりたい。

あとは、水源の確保。

 

あのあたりは、以前ちょくちょく行っていた。

ところどころで水が染み出ていたので、

なんとかなるだろう。

あと、Wi-Fi。これは欠かせない。

仕事でも必須だし。

近くに温泉がないかな?

これは、大磯プリンスホテルにある。

あと、いざというときのために、

近くにコンビニがあればなぁ。

ある。確認済み。

あっ、コーヒーはカルディのに限る。

これは未確認。

たまにユニクロにでかけて下着とか仕入れよう。

?

おっと、オレって完全に文明に毒されているなぁ。

 

最初から考え直そう。

 

 

新型コロナウィルスが招く視界不良

 

新型コロナウィルスにはみんな結構迷惑を被ってまして、

テレビやネットから仕入れた情報も錯綜しています。

街へ出ても、心なしか人の数は少ない。

当然、みんなマスクをしています。

しかし、どこもマスクもアルコールティッシュも

売り切れていて、参っています。

感染力がいまひとつ不明なので、ちょっと怖い。

自然界のウィルスとか人為的なウィルスとか、

いろいろな説が飛び交っている。

自然界のものであるならば、

そうなのかと思わざるを得ないし、

そもそも変なものを食うなよな、

と言いたい。

万が一、人為的なウィルスだとしたら、

これは兵器です。

一体誰が得をするのか?

一体誰が何を狙ったものなのか?

それは想像すれば何となく分かりますが、

そのあたりは解明されないと思います。

きっと。

感染者や死亡者の数なども、

それがホントの数字かどうなのか、

疑えばキリがない。

そうした観点から考えるに、

敵の正体が明確ではないという点で、

不安というものに拍車がかかる。

それは今日現在でも継続していて、

それがココロのどこかに居座っている。

新型コロナウィルスなんかいなくても、

そもそも人はなにかしら不安を抱えていて、

その容量をなるべく増やしたくはない。

ひとつひとつ減らす努力をしている。

しかし、容量が警戒水域を越してしまうと、

人は生きる力を失う。

そこには当然、個体差による容量の大小や、

その人の置かれている状況により、

おのおの危険水域は異なるけれど。

しかし、理屈通りにいかないのも人である。

こうしたとき、

逆に戦闘モードのスイッチが入ることもある。

強くなるしかない。

こうした反応も遺伝子に記憶されているものなのだろう。

人はこういう苦難をいくつも乗り越えて生き残ってきた。

そして何世代と累々と命を繋げ、いまに至る。

―経験と智慧と勇気―

こうした事が起こる度、

それが人に課せられた運命なのかどうか。

それは答えのない問いとして、

哲学的にも宗教的にも語られる難題ではある。

━苦難は人を進化させる━

そう考えるのが、

いまはベストのような気がする。

 

闘いは当分続くのだろう。

 

横浜ユーレイホテル

 

幽霊なんて、ちょっとおおげさな。

タイトルに偽りあり、かも知れません。

 

さて、事の発端ですが、

先日、カバンをゴソゴソとやってると、

キャッシュカードがないことに気づいた。

いつもの定番の位置にカードが収まっていない。

慌てた。

 

背広のポケットとか机の引き出しとか、

アチコチチェックしたが、

カードがどこにもないではないか。

 

顔をしかめて、うーんって考えた。

近々の行動から思い起こし、

次第に遡ることで、

ようやく半月前のあの日が、

あやしいと判明した。

 

それは横浜のホテルに泊まったとき。

確か、決済にカードを使ったなぁとの、

記憶にたどり着く。

以降、カードは一切使用していないので、

早速ホテルに電話を入れてみる。

名前と宿泊日を告げ、

カードを預かっていないかと尋ねるも、

「残念ながらありません」とつれない回答。

 

あーあ、とため息を吐きながら、

カード会社に紛失の連絡を入れようとした。

と、奥さんが「あった!」と叫んだね。

「どこにあったの?」

「シュレッターのごみの中」

「んー?」

「一体なにやってるのよ!」

わーっ、激しく怒っていましたね。

まあ、それはそうだろうよ。

すかさず、「すいません」、

で、「お騒がせしました、夕飯おごります!」

で、事はカンタンに済んだのだった。

一件落着。

 

で、問題はこのホテルの連絡先を調べるために、

検索したときだった。

いつもは、ホテルのポータルサイトで予約するので、

個別にホテルを調べたりはしない。

このとき、検索次候補に

「ホテル○○ 幽霊」と表示されることに気づいた。

検索次候補つて、複合キーワードに多く使われる単語。

で、例のカード紛失のゴタゴタが収束し、

一息ついて、興味津々で再び、

そのホテルの次候補の中身を調べてみた。

 

と、結構あやしい記事がヒットする。

体験談あり、いわれあり。

(ふーん、そういうもんかね)

半信半疑で、他人事のように眺めていた。

記事の内容はよくある話で、

ホテルがあるその場所が、昔は病院だった。

相当の人が幽霊に遭遇している。

まあ、そんな内容が記されていた。

あくまで記事のチェックという程度に

飛ばし読みをしていた訳。

 

がである。

ふと突然に、稲妻のように、

あるでき事を思い出してしまったのだった。

それはほぼ忘れかけていたのだが、

「ウ~ン?」とリアルに記憶が蘇った。

 

というのは、あれはそうですね、

ホテルに宿泊した、

夜中の2時か3時ごろでしょうか?

(突然の話し口調に変わる)

 

その日は、横浜であれこれ打ち合わせとか、

買い物とか用を足しているうちに、

今日1日では終わらないなぁと、

とりあえず中華街で飯をくって、

ぐったりしていたとき。

で、次の日もまたここまで来るのは

面倒ということで、

そのホテルに予約を入れたのだった。

 

ホテルは以前にも幾度か利用していて、

外観とか室内とかが結構気に入っていた。

不自然な事は何もなかったし…

 

で、電光石火の如く思い出したのは、

その日の夜中の事なのだが…

昼間に歩き過ぎ、

動き過ぎて疲れていたので、

寝床が違うとはいえ、

かなりの爆睡モードで寝ていた。

が、私はなぜか突然目が覚めた。

夜中の2時半ごろだったような気がする。

 

なんだなんだ、

突然目覚めるなんて。

(普段は起きる事なんて滅多にないのだが)

時計をみると先の時間でした。

 

と、バスルームの方で人の気配がする。

バスルームを歩くような音がしている。

あのユニットバスを歩く独特の

軋む音が響く。

 

私は奥さんがトイレにでも行ったのかなと、

ふと隣のベッドをみると、彼女がいる訳。

やはり爆睡の様子なんである。

 

しかしだ、

それでもなんとも思わなかった。

自分も寝ぼけていると思っていたのか、

その事は別に気にも留めず、

結果、再び爆睡してしまったのだ。

 

朝になっても、特に覚えていないくらい

その事柄は薄い記憶として、

脳裏に留まっていた程度だった。

 

しかし、カード紛失の件で

このホテルを検索したときに、

幽霊という単語からハタと突然のように、

夜中にあったその事を思い出してしまったのだ。

 

こういうときって、

どうでもいいような記憶が、

今度は怖さを伴って迫ってくる。

 

私的にとても気に入っているホテルなので、

近々にもう一度…とも思ったりもしたのだが、

ユーレイに関して、やはりこちらは、

勇気とか根性とかいうものを、

一切持ちあわせていなかった 汗

 

実はいまでも半信半疑なのだけれど、

真実を追求しようなどという好奇心が、

私には到底芽生えない訳。

ヘタレと言われようが、

ダサいなぁと後ろ指をさされようが、

平気なのである。

 

だって、

あのホテルで夜中に聞いた

バスルームを歩く人の気配って、

いまじゃ気味が悪くて、

アタマから消えないからね。

 

という訳で、

サヨナラホテル○○!

と決別宣言するのである。

 

南佳孝ライブへ行ってきた!

いまさらの報告だけど、

8月末の土曜日に南佳孝さんのライブへ行ってきた。

場所は、逗子のsurfersというカフェ。

いや、ビーチハウスというらしい。

 

とっても暑い日で、週末。

海沿いの134号線の混み方が凄かった。

途中、工事渋滞もあって、江ノ島~鎌倉間が、

嫌になるほどの渋滞でした。

 


surfersは、初めて。

岬の突端にあった。

ちょうど、披露山という住宅地の崖の下。

建物は、しゃれた海の家というところ。

食い物はうまい。

ドリンクもいける。


それにしても南佳孝さんの人気に驚く。

おおげさに言えば、

日本の隅々からファンがこの逗子に集結している。


年齢層は、想像のとおりそこそこ高いけれど、

皆さん、特に女性の表情がきらきらしている。

元ワルとおぼしきオヤジたちが、

ティーシャツにアロハ、コンバースあたりを踏んずけ、

海を眺めている。

当然、百害あるたばこをふかしているのが多数。


南佳孝さんも、湘南の住人とあって、

ホーム感覚。

地元や東京あたりから彼の友人・知人もかなり来ていて、

アルコールの力もあり、

かなりリラックス&熱いライブだった。

彼の一連のヒット曲はもちろん、

合間にビートルズやザ・ピーナッツ、

坂本九の「上を向いて歩こう」とかも披露。

音楽の好みや原点もみえてくるようだった。

意外だったのが斉藤和義の「お家へ帰ろう」。

結構仲良しとかで、この歌も盛り上がりました。

帰りに、知り合った方たちと、

「また来年もここで逢いましょう」と挨拶をして、帰路へ。

 

あれから、とんでもない台風が神奈川を直撃して、

あの海の突端にある逗子のsurfersは大丈夫だろうかと

危惧する。

店の近くのトンネルの土砂崩れをテレビで知る。

そういえば、車を停めたパーキングも、

がけ崩れで半分が使えなかったことを思い出す。

なかなかリスキーな場所。

 

そこであの強風のなか、

南佳孝さんがギターのみでみんなを魅了した。

なんか、いまさらながら感動した。

 

気になるアラカルト

 

●眞子さまって誰

小室圭さんという人がなぜ世間で騒がれているのか、

最近になってやっと分かってきました。

一見、好青年。

が、いろいろな事情が絡んでいるらしい。

で、眞子さまは誰の娘さんだろうと

ウチの奥さんに聞いたら呆れていまして、

「そんなことも知らないの!」

なんだか興味がないと何も覚えられない…

浦島太郎状態です。

「小室圭」の画像検索結果

 

 

 

●トランプと習近平

米中貿易戦争が本格化しそうです。

いまのところ、米国が中国を圧倒しています。

関税の争いとなると、米国に有利です。

まあ、中国の輸出量が膨大ですから。

しかし、ある説によると、

実は中国のほうが最終的に米国に勝つのではないかと。

米国の国力は低下しています。

経済も、一見好調と皆いいますが、

とてもバブリーな金融主体の国なので、

あぶないとの説も。

そもそもこれは経済戦争なのか、

そこが問題でして、

イデオロギーの戦いのようにもみえるし、

世界の覇権国としての争いのようにも映る。

いずれ、とばっちりはご免ですね。

 

 

 

関連画像

●マックよりおいしいよ

バーガーキングがうまい。

いまはもう閉店してしまったようですが、

湘南台のバーガーキングで初めてワッパーを食して、

それ以来ファンになりました。

肉とケチャップがやけにアメリカっぽくてね。

先日は相模大野のバーガーキングで休んでたら、

カーティス・メイフィールドのスーパーフライを

ガンガン流している。

近くに座間キャンプもあるし、まあ本格的。

マックとかフレッシュネスにはない雰囲気なのに、

日本ではイマイチ売れない。

また撤退しちゃうのかな?

 

 

●ユーチューブ広告は救われない

ユーチューブ有料版というのがあって、

お金を払えば広告なしの動画、音楽が楽しめる。

当初は月額にして、1180円。後1550円になるらしい。

思えば、不思議な現象である訳です。

広告を観たくないのなら、お金を払えば解決する。

料金は結構高いと思いますね。

いかに広告収入が大きいかという裏付けでもあります。

私が不思議と思うのは、そんなに嫌がっている広告なのに、

ユーチューブに出稿する広告主がいる、ということでして、

私が宣伝部長でもやっていたら、ユーチューブへの出稿は、

まず予算が余っていても外します。

要は、ユーチューブと広告は相性がよくない。

テレビやラジオと何が違うのか?

そこをよく考えると回答が出るのですが。

 

 

 

●ふたりのカメラマン

最近、木村伊兵衛の写真をみる機会に恵まれ、

彼の人となりも一応目を通した。

そこでどうしてもアタマに浮かぶのが土門拳。

同世代のふたりのライバルは、

いかに仕事に取り組んだのか?

そこに興味が湧いた。

洒落た出で立ちと作風の木村伊兵衛。

パリの街角とか人を撮らせると、

右に出る日本人写真家は皆無。

対する土門は、東北出身で粋な木村と較べると、

かなり土着的で地味な印象を受けるが、

作品をみると、どれも骨太で凄みがある。

これは好みの問題だろうが、

私は土門拳の作品に傾倒してしまう。

そして土門拳賞を受賞した鬼海弘雄が、

最近とても気になる。

彼の写真集「PERSONA」は、

浅草浅草寺を訪れる、いわゆる癖のある人たちを

20年に渡って撮り続けたものを収めた写真集なのだが、

ページをめくるたび、

彼がなぜその人を写真に収めたのか?

それが滲み出ている。

一見の価値がある。

筑豊のこどもたち

 

PERSONA

 

 

カーティス・メイフィールド

春景色7題

雪柳

春に小さい白い花を咲かせる雪柳。

暖かい陽ざしに決して溶けたりはしない、ユキヤナギ。

 

 

雲は流れる、時も流れてゆく。

ああと感嘆詞の瞬間さえ、遠くへ遠くへと消えてゆく。

 

 

水辺

水辺は季節を映す鏡。木々を空を水鳥を描く。

けれど、君の考えていることは、まず映さないからね。

 

 

不吉

とても美しい日暮れに身体を抜ける心地よい風。

出来過ぎた一日…つい良くないことの前触れかと勘繰ってしまった。

 

 

朝もや

朝もやのなかを、テクテクと歩いている酔っ払いがいる。

そこには、爽やかなズレのような空気が生じている。

 

 

お祭りに使う造花なんじゃないかと思うほど、過剰なきらびやかさ。

ソメイヨシノって、自然な不自然で咲いている自然の造花物。

 

 

桜山

満開なのに誰も見に来ない。無風。鳥の声も止んで。

この桜山は、有史以来ずっと孤独でした。

 

 

 

小学生の僕は驚いた。

父がテニスラケットを握り、
慣れた風に球を打っている。

それは初めて見る姿だった。

昭和30年代、
テニスはまだ限られた人のものだった。

僕は父をよく知らなかった。

黄ばんだ古い写真。

軍服姿で軍刀を手に、
こちらを正視している浅黒の父。

ロシアと中国の国境あたりと、
以前ぽつんと話したことがある。

日常の中で父は寡黙だった。
口をきくのもはばかられた。

真夏の緑のなか、
銀ヤンマを素手で捕った父が笑った。

一度きりの笑顔。

よその人のような父だったけど、
その視界にいったい僕はいたのだろうか?

いまは、もう遠い人。

僕は父をいまだよく知らない。