ナツが恋しいデス!

 

おめでとうございます!

知らない間に、あっという間に、年を越してしまいました。

元旦は、イオンにいました。

2日目は、休日歯科にいました。

トホホ…(ムカシのギャグ)

なんか面白くないです。

もう~毎日寒いし。

今年の私の運勢は、イマイチだそうな。

が、後半から持ち直すらしい。

早く、ナツにならないかな~

今年もヨロシクです。

では、ナツの音楽をひとつ!!

 

 

ならず者のうた

デスペラード

ならず者という意味らしい

 

19才も終わろうとする頃

カーラジオで初めて聴いた

この歌の虜になった

 

当時は意味なんて分からなかったけれど

デスペラードだけ聞き取れた

とてもやさしいメロディー

悲しげな歌

運転しながら

寂しさだけが押し寄せてきた

ある事情でみんなとはぐれていたから

話す相手もいなかったし

ガールフレンドとも遠ざかっていったし

この歌も、そんな歌なのだろうと

勝手に解釈することにした

 

ひとり国道246を西へ

どこかへ辿り着こうとか

そういうものはなかった

雑音だらけのラジオの音にすがるように

宛てもなく走った

 

ひとりが寂しいんじゃなくて

回りに壁をつくってしまった自分が

とても辛かった

 

デスペラードの歌詞は

だいたいこうだ

 

「…おい、そろそろまともに戻ったらどうだい?

…お前の、その気難しさやプライドが
お前自身を傷つけているんだよ

(中略)

…時の流れに誰もが逆らえない
なのにお前はたったひとりで
深い闇のなかをただ歩いているじゃないか
それも、もがきながら

(中略)

…ならず者よ、さあ目を開けて
怖がらないで

…雨降りだって
いつか虹がかかることもあるから

…まだ間に合う

この手を掴めよ
まだ間に合うから」

 

10代の終わりのあの遠い日々が

その後の推進力になったことに

いまは感謝しているけれど…

 

 

 

 

みんなも逃げたほうがいい!

  

 

最近は、屋外で写真ばかり撮っている。

天気がいい日は、朝から落ち着かない。

日差しが僕を呼んでいるとでもいうのかな。

今年は台風でキャンプにも行けなかったし、

約束の河原での焚火もまだ行っていないし。

最近は仕事もほどほどにして、

何かと理由をつけて表に出る。

そうしないことにはすぐ年をとってしまう。

そのように錯覚している。

しかし錯覚ではないようにも思っている。

一日中仕事をしていると、寝るときに後悔の念が襲う。

これは旧人類として、とても良い兆候だと思っている。

何とも思わないようになったら、

それは進化という名の退化なのだと、

自分を疑ってしまうから。

それにしても、

デスクワークっていい加減に飽きます。

座っているのはしんどい。

体に良い訳もなく、最近とみにいらいらする。

企画とかライティングを生業としているのに、

これはマズイぞとか、

もう危機とも思わなくなってきた。

きっと生来の自分が、

うん十年の眠りから目覚めたのだろう。

野山を走り回っていた頃、

僕は本当にいきいきしていた。

妙な体調不良も一切なかった。

秋は、少し山に入ると栗がゴロゴロ落ちていて、

それを必死で剥いて、生のまま食べていた。

柿も食べ放題だった。

まさか八百屋さんで買うものとは

思ってもみなかった。

冬も鼻を垂らして遊びまわっていた。

春は、一日中田んぼでカエルの卵を採っていた。

夏になると、

葉山の海によくでかけた。

岩にウニがびっしりと生息していて、

よく焚火のなかに放り込んで食べた。

そうした思い出のなかには、

いつも大きな空が広がっていた。

青い空、雲の怪獣、

夕暮れにあらわれる影絵の世界。

僕は今頃になって、

無意識的にだが、

現代の危機から逃れようとしている

のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

横浜ユーレイホテル

 

幽霊なんて、ちょっとおおげさな。

タイトルに偽りあり、かも知れません。

 

さて、事の発端ですが、

先日、カバンをゴソゴソとやってると、

キャッシュカードがないことに気づいた。

いつもの定番の位置にカードが収まっていない。

慌てた。

 

背広のポケットとか机の引き出しとか、

アチコチチェックしたが、

カードがどこにもないではないか。

 

顔をしかめて、うーんって考えた。

近々の行動から思い起こし、

次第に遡ることで、

ようやく半月前のあの日が、

あやしいと判明した。

 

それは横浜のホテルに泊まったとき。

確か、決済にカードを使ったなぁとの、

記憶にたどり着く。

以降、カードは一切使用していないので、

早速ホテルに電話を入れてみる。

名前と宿泊日を告げ、

カードを預かっていないかと尋ねるも、

「残念ながらありません」とつれない回答。

 

あーあ、とため息を吐きながら、

カード会社に紛失の連絡を入れようとした。

と、奥さんが「あった!」と叫んだね。

「どこにあったの?」

「シュレッターのごみの中」

「んー?」

「一体なにやってるのよ!」

わーっ、激しく怒っていましたね。

まあ、それはそうだろうよ。

すかさず、「すいません」、

で、「お騒がせしました、夕飯おごります!」

で、事はカンタンに済んだのだった。

一件落着。

 

で、問題はこのホテルの連絡先を調べるために、

検索したときだった。

いつもは、ホテルのポータルサイトで予約するので、

個別にホテルを調べたりはしない。

このとき、検索次候補に

「ホテル○○ 幽霊」と表示されることに気づいた。

検索次候補つて、複合キーワードに多く使われる単語。

で、例のカード紛失のゴタゴタが収束し、

一息ついて、興味津々で再び、

そのホテルの次候補の中身を調べてみた。

 

と、結構あやしい記事がヒットする。

体験談あり、いわれあり。

(ふーん、そういうもんかね)

半信半疑で、他人事のように眺めていた。

記事の内容はよくある話で、

ホテルがあるその場所が、昔は病院だった。

相当の人が幽霊に遭遇している。

まあ、そんな内容が記されていた。

あくまで記事のチェックという程度に

飛ばし読みをしていた訳。

 

がである。

ふと突然に、稲妻のように、

あるでき事を思い出してしまったのだった。

それはほぼ忘れかけていたのだが、

「ウ~ン?」とリアルに記憶が蘇った。

 

というのは、あれはそうですね、

ホテルに宿泊した、

夜中の2時か3時ごろでしょうか?

(突然の話し口調に変わる)

 

その日は、横浜であれこれ打ち合わせとか、

買い物とか用を足しているうちに、

今日1日では終わらないなぁと、

とりあえず中華街で飯をくって、

ぐったりしていたとき。

で、次の日もまたここまで来るのは

面倒ということで、

そのホテルに予約を入れたのだった。

 

ホテルは以前にも幾度か利用していて、

外観とか室内とかが結構気に入っていた。

不自然な事は何もなかったし…

 

で、電光石火の如く思い出したのは、

その日の夜中の事なのだが…

昼間に歩き過ぎ、

動き過ぎて疲れていたので、

寝床が違うとはいえ、

かなりの爆睡モードで寝ていた。

が、私はなぜか突然目が覚めた。

夜中の2時半ごろだったような気がする。

 

なんだなんだ、

突然目覚めるなんて。

(普段は起きる事なんて滅多にないのだが)

時計をみると先の時間でした。

 

と、バスルームの方で人の気配がする。

バスルームを歩くような音がしている。

あのユニットバスを歩く独特の

軋む音が響く。

 

私は奥さんがトイレにでも行ったのかなと、

ふと隣のベッドをみると、彼女がいる訳。

やはり爆睡の様子なんである。

 

しかしだ、

それでもなんとも思わなかった。

自分も寝ぼけていると思っていたのか、

その事は別に気にも留めず、

結果、再び爆睡してしまったのだ。

 

朝になっても、特に覚えていないくらい

その事柄は薄い記憶として、

脳裏に留まっていた程度だった。

 

しかし、カード紛失の件で

このホテルを検索したときに、

幽霊という単語からハタと突然のように、

夜中にあったその事を思い出してしまったのだ。

 

こういうときって、

どうでもいいような記憶が、

今度は怖さを伴って迫ってくる。

 

私的にとても気に入っているホテルなので、

近々にもう一度…とも思ったりもしたのだが、

ユーレイに関して、やはりこちらは、

勇気とか根性とかいうものを、

一切持ちあわせていなかった 汗

 

実はいまでも半信半疑なのだけれど、

真実を追求しようなどという好奇心が、

私には到底芽生えない訳。

ヘタレと言われようが、

ダサいなぁと後ろ指をさされようが、

平気なのである。

 

だって、

あのホテルで夜中に聞いた

バスルームを歩く人の気配って、

いまじゃ気味が悪くて、

アタマから消えないからね。

 

という訳で、

サヨナラホテル○○!

と決別宣言するのである。

 

都会とイナカ

 

田園都市線、新玉川線の二子玉川は、

いつも通過地点でしかなかったので、

変貌するこの街が、

日ごろから気にはなっていた。

 

 

先日、小用があり、

久しぶりに改札を抜ける。

ムカシと全く違う街の印象。

二子玉ライズとかいう名前で、

商業テナントとオフィスの複合ビルの他、

近未来的な遊歩道と多摩川沿いにそびえる、

高層マンション群。

 

 

人が異常に多い。

悲しいほどに隙がないくらい、

整っている街並み。

 

この日は、中央のパティオに、

メルセデスの新車が6~7台展示されていて、

人目を惹いていた。

 

ライズにいての第一印象は、

皆、歩くのがとても速いこと。

誰もが忙しそうにみえる。

 

国道246を挟んだライズの対面は高島屋。

ここは古くからある。

館内は高級ブランド店が並んでいる。

店員さんは暇そう。

混んでいるのは飲食店くらい。

 

或るブランド店に古い友人がいて、

寄ってみた。

そのことを彼に聞いてみると、

まあまあ売れているようなのだ。

ちょっと見では分からないものだ。

やはり東京なんだ、

都会なんだなぁと感心する。

 

 

数十年前、

ここから2駅の等々力という所に、

住んだことがある。

とても静かな町で、夏は蛇もカエルも出た。

休日はよく二子玉川まで歩いた。

まだ玉川高島屋と東急ハンズしかなく、

街は閑散としていて、

東京の外れという雰囲気だった。

多摩川の河原に降りると、

掘っ立て小屋の売店もあったし。

その郊外という風情は、いまは全くない。

 

さて、ここを訪れる数日前、

仕事の息抜きにと、

大山の麓にでかけていた。

 

 

空がとても大きく感じられた。

時間がゆっくりと流れているのが、

実感できる。

芝生で寝ている少年、

ベンチでまんじりともせずに、

山を眺めている老人。

 

大山に陽が沈む頃、

山麓にたなびく薄い紫色の煙が、

幻想的に映る。

しかし、このあたりは、

車がなくては動けないなぁと、

現実に引き戻される。

 

現在の私の住まいも、車は必需品である。

 

さて、短期間に巡ったこの2個所が、

私のなかで、

どうしても対比されてしまう。

都会と自然、利便性と不便、

ストレス社会とやすらぎの地、

そして若さと老いということに関して…

 

永年の年が過ぎてしまった身として、

残りの時間をどこでどのように過ごすか?

こうした問いは、常につきまとう。

まだ仕事をしている現実。

しかし、心身は日に日に衰退しているのだろう。

残された時間も、そろそろぼんやりとだが、

みえてきたような気がする。

 

一体この先、

何をするために、何処へ。

私的な問いとして、日々頭をかすめる。

 

 

 

いざ、フルーツパーラーへ!

 

京橋あたりに千疋屋というフルーツ専門店があって、

ウインドウには確か2万円の値がついたメロンが

置いてあったっけ。

(まあ、みんなは知っていると思うけれど)

 

その近くで人と待ち合わせだったので、

早めに着いたのでウロウロしていたら、

そんなメロンをみてしまった次第だ。

 

で、仕事の打ち合わせの最中も、

2万円のメロンとは何ぞやという疑問が、

むくむくと頭をもたげる。

 

そういえば高校時代、

クラスにメロン農家の息子というのがいて、

全く自己表現をしない冴えない奴がいたけれど、

あいつって、実は大金持ちの息子だったのかとか…

 

うーん、京橋での打ち合わせはまったく身が入らず、

後日、電話で謝りながら、

再度打ち合わせをさせてもらった次第。

 

それにしても貧乏だった私のアタマを掻き乱した、

メロン2万円なのであった。

 

で最近、そんな事も忘れていて、

フルーツパーラーなる店に入ったのだった。

 

記憶の限り、こういう店って小学生以来かも知れない。

母に連れられて、横浜駅近くの大きな店だったように記憶し

ている。

 

店構えは、なんだかカラフル。

全然私の入るところではない感じがプンプンしている。

赤と白とかオレンジとか、とにかく入り口からカラフル。

店内明るすぎ。

(あー、コーヒーショップにすべきだった)

で、メニューを見て、緊張したね。

キラッキラッ!

 

目を凝らすと、例えばいちごパフェが1600円!!

こうしたスィーツ系なのかフルーツ系なのか、

よく分からないが、私はなにも考えず、

奥さんに誘われてふっと入った訳だ。

 

たまには甘いもんでも食う?

気を使った私が間違っていた。

「パフェ? そんなもんいくらでも食べなよ

おごってあげるから!」

見栄を張り、

フルーツパーラーをなめてかかっていた私が悪かった。

 

窓からは横浜港が見渡せるとてもいい景色。

店内は、若い女性、おばさん、おばあさんで

溢れている。

 

「えーなんでこんなに混んでいるの?」と私。

「ねー」って同調しているけれど、

君は知っていたのかな?

 

メニューを広げながらまわりを伺っていると、

パフェにかぶりついている女性たちの

なんと幸せそうな顔をしていること。

(ほほぅ、そういうもんかね?)

 

果物とかアイスクリームとか

生クリームとか、その他もろもろが、

山盛りに詰め込まれている。

ガラスの入れ物がすげぇデカい。

(えー、私はあんなもん絶対に食えないなぁ)

 

奥さんにひそひそと話しかける。

「おなか壊すよね?」

「そうかな」

「………」

 

少し離れた席に同年代のおやじが

若い女性を連れて話し込んでいる。

でだ、

話しながらチョコレートパフェをがんがん

口に運んでいるではないか。

ぜんぜん笑顔!

(うーん、あのおやじ、

どこからみても大酒のみにしかみえないし、

甘いもん、そんなに食べないと思うがね)

と、若い女性と笑顔で完食なのであった。

 

向こうのうるさいおばさんの団体に至っては、

話しながらときに大笑いで、

はしゃぐはうるせぇし、

果てはパフェのおかわり、なんと

おかわりを目撃してしまったのであった。

 

(うーん、この空間はなんかとても怖いな、

早いうちにさっさと切り上げて、

とっとと帰りたい)のであった。

 

奥さんがいちごパフェ、

私がフルーツケーキとコーヒー。

そんなところで手を打つ。

 

それにしても、冷房が効きすぎ。

冷房とめろよ!

と心のなかで怒鳴りましたね。

季節は秋である。

残暑とはいえ、そんなにクソ暑くもないし。

 

で途中、奥さんのパフェを少しいただくも、

その少しで、こっちは生クリームの油に

やられたって感じ?

コーヒーで口内を中和して、

何気に窓の外に目をやったりして、

平静を装う。

 

奥さんは何の違和感もなく、ペロッと完食。

(うん? こいつは普段から食は細いし、

さっきとんかつ食ったのになぁ)

 

店を出て「おなか、大丈夫?」

と「なんでもないよ、

あー、おいしかった。また行きたいね」

 

もう行かないだろうよの、

フルーツパーラー体験。

にしても、ん万円のメロンとかって、

なんだろう?の疑問が再び浮上する。

 

貧乏性の疑問って尽きないんだよね。

 

ふる里へ帰ろう

 

六つ年上の兄は

心臓を患って

そのまま帰らなかった

 

弔いの日

長い列の頭上を

カラスたちが舞っていた

 

その夜

残って崩れて散らかった

鮨の巻物と濃いみそ汁を

うつむいて食べた

 

それからよっつの秋が巡り

翌年学校を出ると

私の都会暮らしが始まった

 

それから26年が過ぎて

 

或る日

仕事帰りの空に

茜色が広がっているのをみた

 

もうカラスはいなかったけれど

兄のいなくなった母屋の

かたい畳の手触りが蘇る

 

ビルのあちこちに

うっそうとした森が現れる

車で溢れたアスファルトは

ゆるやかな川の流れとなって

 

「時計のねじを

もう一度

巻き戻そう」

 

私はあの日と同じ

詰襟を着た少年となって

地下鉄の降り口を

下っていった

 

神奈川、天空の丘

海岸線の長い湘南だが、

葉山、鎌倉、江ノ島、茅ケ崎を過ぎて馬入川を渡ると、

平塚、大磯、二宮と続く。

このあたりは割と地味な印象を受ける。

海岸沿いは西湘バイパスがどんと横たわっているし、

大磯や二宮は市ではなく町だけあって、

人口も少なく、静かでのったりとしている。

 

大磯は、吉田茂がこの地に住んだことから、

一躍有名になった。

その旧吉田茂邸は、いまでも健在。

国道一号線横の松林の間にどんと存在している。

もちろん、見学もできる。

 

その大磯町の背後に鎮座しているのが、高麗山。

この一帯は湘南平と呼ばれている。

背後の平塚は延々と平地が広がっっているので、

この高麗山だけが飛び出しているように思える。

いわば、神奈川の臍ともいうべきでっぱりで、

不思議なその地形は存在感がある。

 

古くは信仰の山だったそうだが、

いまは電波塔としての役割が強い。

東京タワーからの電波を受け、

神奈川の山間部へUHFを飛ばす。


てっぺんまで登ると、

と言っても車で行けるけど、

程よく整備された公園になっていて、

展望台や、売店もある。

展望台の上のほうには、

鍵のモニュメントがあり、

まあ、愛の誓いなのでしょうかね、

そんな約束を交わしたふたりの鍵がね、

ぎっしりとぶら下がっている。

若い人っていいねぇ。


ここからの景色はなかなかで、

遠く伊豆半島から富士山、

眼下には湘南の海岸線が一望できる。

横浜方面はランドマークタワー。

振り返れば、神奈川の丹沢山塊、

北東の方角には東京タワーやスカイツリー、

新宿の高層ビル群も望める。

 

ここは「関東の富士見百景」、「かながわの景勝50選」、

「かながわの花の名所100選」、「かながわ未来遺産100」、

「かながわの公園50選」、「夜景100選」、

「平塚八景」に選ばれているのだけれど、

平日は人も少なく、

ちょっと世間から忘れられた感がある。

 

そういう意味では、

絶景が拝める穴場である。

 

 

湯河原のお湯は熱かった!

 

1.小田原厚木道路の怪

 

小田原厚木道路を慎重に走る。

スピードを控える。

走りやすいのに、ここの制限速度は70キロ。

高速道路ではない。

有料道路。

気をゆるめていると、制限速度をオーバーしてしまう。

と、待ってましたと、どこからともなく覆面パトカー。

即、切符を切られてしまうハメに。

 

この道路の出口は箱根の麓なのだが、

手前2キロくらいからなぜか車線変更禁止だから、

ここも法令順守しないと、やはり即捕まる。

箱根方面に行こうか、伊豆方面はどっちなどと、

ふらふらしていると、痛い目にあいますから…

 

結局、小田原厚木道路って、

むかしからスピードの取り締まりが厳しい。

神奈川県警のドル箱路線として、

全くもって現在も変わっていない。

こっちもやむを得ないときしか使わないけど。

 

2.真鶴道路は景色壮観だけど…

 

さて、箱根の手前で道を海側へと進み、

真鶴道路へ入る。

海が青いなぁ。

白い波が高い。

荒れているぞっと。

 

この先から伊豆半島をぐるっと海岸線沿いに

道は延々と続くのだが、

どうも、早川~真鶴あたりが、

あまり好きじゃない。

箱根の道のほうが圧倒的によくできている。

常に交通量がかなりある道なのに、

来るたびにアスファルトがガタついているし、

道も細くて、整備がイマイチ。

ETCが使えない有料道路もいまだに残っている。

料金所で車がオロオロしているのをたまにみかける。

他府県ナンバーの車に顕著だ。

なんで有料なのか、その意味もよく分からない。

真鶴トンネルの工事代?

普通の海沿いの道なんだけどねぇ。

 

3.湯河原をめざす

 

箱根ではなく、熱海でもなく、

本日めざすは湯河原。

両者の一大観光地に挟まれて影の薄い温泉地だけど、

湯治にはもってこいと誰もが言うからには、

ここのお湯はさぞ良いのだろうと、

でかけてみた。

 

目的の宿は川沿いに建っていた。

立派な外観。

ウェルカムドリンクは冷たいゆずのジュース。

やはりここ湯河原も暑いなぁ。

 

部屋はバリアフリーでインテリアは簡素。

清潔そうな印象。

窓を開け放つと、山が迫っている。

水量の関係か、川の音がほぼ騒音レベル。

うるさい。

程よいせせらぎってなかなか難しいんだと、

再び窓を閉める。

あっ、ここは禁煙なんだ!

 

4.湯河原のお湯は熱かった

 

湯治というのがどうゆうものか、

実はぜんぜん知らない。

しかし、なんかむかしからあこがれがあった。

じじいになったら、湯治にでかけようなどとね。

 

で、夕食の後、期待を胸に、

そそくさと階下の浴場へでかける。

む、誰もいないではないか。

夕食の後に入浴する人っていないんですね。

まあ、どこでも宿に着くとまず風呂です。

どうもそういうことらしい。

しかし、私は馴染めない。

よって、飯の後になってしまう。

 

そういえば前年、

同じく伊豆の稲取にいったときも

夜の11時にホテルの屋上にある

露天風呂にでかけたときも、

私一人だったしなぁ。

あのときは、誰もいないのに、

遠くの湯船に誰かが浸かっている音、

したしなぁ。

あれ不思議。いまでも怖い。

 

で、湯河原の湯だけど、

沸かしていないのに、これがくそ熱いんだわ。

ぬるいお湯しか入れないこちらとしては、

まあ、身体なんか洗ったりして、

徐々に慣らそうと考える。

で、いよいよ足を突っ込んでうーとなり、

次にしゃがんでうーとなり、

肩まで使って限界までチャレンジとなる。

 

こうなるとリラックスとか関係ない。

温泉湯治ではなく、もうひとり我慢大会。

 

きっと数分だったと思う。

一度、立ち上がって脱衣所で水を飲む。

悔しいので、再度浴場へ戻り、

今度は高温のミストサウナ室に入るも、

数秒で出る。

ここは、真夏の炎天下に、

空からお湯が降ってくる。

そんなイメージ?

 

ふん、冗談じゃないよ。

熱中症になってしまうじゃないか。

危ないなぁ、湯治って。

 

この夜は冷房全開、

裸で寝ましたね。

 

 

南佳孝ライブへ行ってきた!

いまさらの報告だけど、

8月末の土曜日に南佳孝さんのライブへ行ってきた。

場所は、逗子のsurfersというカフェ。

いや、ビーチハウスというらしい。

 

とっても暑い日で、週末。

海沿いの134号線の混み方が凄かった。

途中、工事渋滞もあって、江ノ島~鎌倉間が、

嫌になるほどの渋滞でした。

 


surfersは、初めて。

岬の突端にあった。

ちょうど、披露山という住宅地の崖の下。

建物は、しゃれた海の家というところ。

食い物はうまい。

ドリンクもいける。


それにしても南佳孝さんの人気に驚く。

おおげさに言えば、

日本の隅々からファンがこの逗子に集結している。


年齢層は、想像のとおりそこそこ高いけれど、

皆さん、特に女性の表情がきらきらしている。

元ワルとおぼしきオヤジたちが、

ティーシャツにアロハ、コンバースあたりを踏んずけ、

海を眺めている。

当然、百害あるたばこをふかしているのが多数。


南佳孝さんも、湘南の住人とあって、

ホーム感覚。

地元や東京あたりから彼の友人・知人もかなり来ていて、

アルコールの力もあり、

かなりリラックス&熱いライブだった。

彼の一連のヒット曲はもちろん、

合間にビートルズやザ・ピーナッツ、

坂本九の「上を向いて歩こう」とかも披露。

音楽の好みや原点もみえてくるようだった。

意外だったのが斉藤和義の「お家へ帰ろう」。

結構仲良しとかで、この歌も盛り上がりました。

帰りに、知り合った方たちと、

「また来年もここで逢いましょう」と挨拶をして、帰路へ。

 

あれから、とんでもない台風が神奈川を直撃して、

あの海の突端にある逗子のsurfersは大丈夫だろうかと

危惧する。

店の近くのトンネルの土砂崩れをテレビで知る。

そういえば、車を停めたパーキングも、

がけ崩れで半分が使えなかったことを思い出す。

なかなかリスキーな場所。

 

そこであの強風のなか、

南佳孝さんがギターのみでみんなを魅了した。

なんか、いまさらながら感動した。