ふる里へ帰ろう

 

六つ年上の兄は

心臓を患って

そのまま帰らなかった

 

弔いの日

長い列の頭上を

カラスたちが舞っていた

 

その夜

残って崩れて散らかった

鮨の巻物と濃いみそ汁を

うつむいて食べた

 

それからよっつの秋が巡り

翌年学校を出ると

私の都会暮らしが始まった

 

それから26年が過ぎて

 

或る日

仕事帰りの空に

茜色が広がっているのをみた

 

もうカラスはいなかったけれど

兄のいなくなった母屋の

かたい畳の手触りが蘇る

 

ビルのあちこちに

うっそうとした森が現れる

車で溢れたアスファルトは

ゆるやかな川の流れとなって

 

「時計のねじを

もう一度

巻き戻そう」

 

私はあの日と同じ

詰襟を着た少年となって

地下鉄の降り口を

下っていった

 

東京詩人

 

詩人はいつも

ビルの谷間を歩き

3番線のホームに立ち

そして地下鉄東西線に乗って

暗闇のなかの景色から

着想したりしていた

 

あるとき

野山を吹く風のように

詩人は海を渡り

砂漠を横断し

ヒマラヤで眠りについた

 

そこで空を昇る術を手に入れ

詩人は大気圏を脱出し

天を垣間見たりした

 

ときに詩人は

そうして天の川に身を浸し

ほうぼうを思索したりした

 

そんな話を誰にもしたことがない

妻や子供にも言わなかった

 

詩人は実は一編の詩も

まともにかけない詩人だったが

あなたの夢に

すっと入り込むことはできる

 

しあわせな朝が

訪れますようにと

 

 

詩人の詩人たる所以である

 

空のアーティスト

 

大空を専門に描くアーティストがいて

これは誰なのか?

青空の色とグラデーションの具合

雲の形状で季節だって表せる

ときに風だって表現する実力の持ち主

わかりません

 

そして太陽や月や星…

あっ、あれは神様からのプレゼントです

 

 

 

 

哲学的満月の夜

 

 

僕らが眺めているこの夜空に

なにか知らない

もうひとつの世界が広がっていて

ときにその騒がしさが漏れるのが

満月の夜

この世界しか知らない僕らは

とてもちっぽけな田舎者なのだろう

 

 

 

たき火の安息

 

 

生きていると楽しい いや疲れる

とにかく煩わしさはいつもついてまわるから

安息のときは必要だ

食う 寝る他になにかないものか

日常だけではホントの自分を見失うから…

そこにあたたかい火があって

揺れる炎が僕を惑わしてくれて

遠くで鳥が鳴く

川のせせらぎがとおくに響く

こうして時間は消滅する

 

 

 

晩秋のうた

 

 

空を見上げ

鳥になりたいと仰ぐか

その向こうにひろがる宇宙に想念するか、

はて、ロマンチストはどちら…

 

 

 

人の秋と思う。

たわわに実るも腐るも

収穫のうれしさ 逃げてしまった想い

全て己が育てたのだ

 

 

 

冬のイタリア・トスカーナで

全く言葉の通じない少女に話しかけられて。

では真夏の湘南で遭いましょうと

 

 

 

ちょっと腰が重いけれど

人生の再起動だな。

さあ 夢に向かって死に向かって

 

 

 

真っ直ぐな眼で見ていたのは

怨んでいたのか愛しいからか。

それが分からないから

僕はいまでも途方に暮れる

 

 

 

 

彼岸花のころに

 

死んじゃっちゃぁ

話しもできねーじゃねえか

なあ

そんなことってあんのかよぉ

なあ

 

 

 

 

虹の彼方に

 

 

 

朝、窓を開けると南西の空に虹が架かっていた

ぼぉーとしたまましばらく見とれてしまった

 

雨上がりの虹

 

雲も霧もさっと引いてゆくのが分かった

すかさずアイホンで何枚かおさめた

いい写真とは言いがたいが

朝の虹は私は初めて見たし

とても貴重な瞬間のように思えた

そしてなにか良いことの前兆のようにも思えた

 

これは半月くらい前の写真だが

あれからなにかいいことがあったか?

と自分に問う

 

いいことも嫌なこともあった

それはいつもと同じように

変わらずまぜこぜになって

いろいろあって

結局、普段と変わりなく

僕の生活は続いている

 

振り返れば

ざっくりといいこと半分いやなこと半分

 

拝んでも願をかけても

僕の日常は淡々と過ぎてゆくのが分かった

 

しあわせの総量は決まっているが

しかし不幸の総量はよく分からないから

ちょっと怖いのだ

 

だからといってびくびくなんてしていられない

頑張るしかないのだ

きっとそういうことなのだろう

 

 

 

 

 

東京

 

泣きたくなったら

夜中にひとりで泣く

Y男はそう決めている

 

誰に知らせるものではない

後は微塵も残さない

そして生まれかわるかのように

何事もなかったかのように

朝飯を食い

背広を着て家を出る

 

あまり好きではない会社へ

よくよく分からない連中と

挨拶を交わす

 

お客さんのところで

それなりの大きな売買契約を獲得し

帰りの地下鉄のなかで

Y男は考えるのだった

 

この広い都会で

オレの自由って

一体どんなもんなんだろう

たとえば

しあわせってどういうものなのか

こうして地下鉄に乗っている間にも

オレは年をとり

時間は過ぎてゆくのだ

この真っ暗な景色でさえ

微妙に変化してゆくではないか

妙な焦りとあきらめのようなものを

Y男は自分の内に捉えた

 

地下鉄を出ると

けやきの木が並ぶ街に

夕暮れの日差しが降り注いでいる

(とりあえず今日だけでも

笑顔で歩いてみようか)

 

Y男は陽のさす街並みを

さっそうと歩くことにした

こんがらがった糸を解く間に

過ぎ去ってしまうものが愛おしいからと

 

歩く

歩く

 

いまオレ

太陽をまぶしいって

そして

久しぶりに心地よい汗が流れている

 

徐々に疲れゆく躯の心地

そうして遠くに消えゆく昨日までのこと

 

まずは

そう感じている

こころをつかむことなのだと

 

 

夏の少年

半ズボンのポケットの

ビー玉がじゃらじゃらと重くて

手を突っ込んでそのひとつをつまむと

指にひんやりとまあるい感触

陽にそのガラス玉を照らし

屈折の彩りが放つ光と色彩の不思議に魅せられて

しばらくそれを眺めていた

 

猛烈にうるさい蝉の音が響き回る境内

 

水道水をごくごくと飲んで頭から水をかぶり

汗だか水だか びしょびしょのままで

境内の脇道を抜け 再び竹やぶに分け入る

そんな夏を過ごしていた

 

陽も傾いて 気がつくと猛烈に腹が減っている

銀ヤンマがすいすいと目の前を横切っても

のっそりと歩く葉の上のカミキリムシも

もう興味も失せて

空腹のことしか頭にないから

みんなトボトボと家に向かって歩き出す

 

道ばたの民家から魚を焼く煙と匂い

かまどから立ちのぼる湯気

とたんに家が恋しくなって

疲れた躰で足早になる

 

あの頃の僕らの世界はそれだけだった

 

きのうとかあしたとか そうしたものは

どこかよく分からない意識の外の時間で

きょうだけがいきいきと感じられる

 

町内あの山あの川までという範囲が

僕らの信じられる広さの認識だった

 

 

あの頃の僕らの世界は

それだけで完結していた

 

 

泣きたくなったら

泣きたくなったら

夜中にひとりで泣く

誰にも知られることなく

微塵も残さない

そして鳥のさえずる朝に

生まれ変わろう

(そういうことにしておくんだ)

さあ、とりあえず笑顔で

歩いてみる

歩みをやめない

陽のさす方へ

どんどん歩く歩く

意味なんて考えない

本質なんてどこにもないのだから

こんがらがった糸を解く間に

過ぎ去ってしまうものが余りに多いから

歩く

歩く

朝陽をまぶしいって感じる

汗が流れる

疲れゆく躯

遠くに消えゆく昨日までのこと

そう感じている君のこころ

父の不条理

父は公務員としての職業を全うしたが

それより以前は軍人だった

本当は電気屋をやりたかったと話したことがあるが

叶わなかった

強制的に軍人となって満州へ渡り敗戦

シベリアでの捕虜生活は苦渋の毎日だったと

それより以前はとうぜん父はとても若かったし

将来の夢をいっぱい抱えた少年だったのだろう

父は海辺の村に育った

大きな旅館の息子だった

父の父は旅館の経営はやらず海運業を興した

とても静かないなかでの生活

父はいつも目の前の海で泳いでいたという

戦後2年が過ぎて

父は村でたったひとり生きて帰ってきた

村の人たちは父を冷ややかな目でみた

そして父はふるさとを後にした

しかし晩年になって

父はふるさとの話をよくするようになった

帰りたいともらしたことが幾度かあった

そうかと思えば

あのシベリアに帰りたいと言い出すこともあった

どうしてなぜと問うと

難しそうな表情で苦笑いを浮かべていた

きっと父は

もうなにがなんだかわからなくなっていたのだろう

自らの人生を阻まれた父の不条理を思うと

私はやはりそのよどんだ水底のような心情を察し

深く考え込んでしまうのだ

父は人生という流れの漂流者だった