ついに部活やめてしまった
つまらないというより
くだらないと勝手にきめて
誰と喧嘩したわけじゃないけれど
もう自分のなかのなにかが燃え尽きてしまった
ハーブ・アルパートみたいなトランぺッターにあこがれて
本気でトランペットを勉強して
おとなになったらプロになろう
そう思ったこともあったのにな
自分の吹くトランペットが
飛び抜けているなんて思ったことは一度もないし
現実はやっと演奏についてゆける程度だった
楽譜だってたいして読めないし
だけどプロになろうなんて考えていた
同じ部活の先輩に
自分の気持ちを話したことがある
そしたら笑っていた
とてもやさしい顔で
先輩は学外にも知れたトランペットの名手で
この人こそプロの道へ進むのかと思っていた
彼がさとすようにこう言った
「○○君さ、気持ちはわかる
でも世の中にはもっともっと上がいるんだ
だから僕はね
ここを卒業したら大学で経済を勉強する
でね割と大きな東京の会社で働くんだ
トランペットはね趣味。
趣味にすればいい訳さ」
そのとき思った
世の中ってよくわからないけど、
きっとこの先なにをやっても
世の中という壁が
僕の前に大きく立ちはだかるんだろうなぁ
ということが
部活は夏休みの前にやめた
真夏の商店街の午後は
アスファルトの道が
日差しをまともにうけて
ハレーションを起こしていた
遠くから歩いてくる人がすれ違うまで
ずっとその輪郭が揺れていた
パチンコ屋のガラス扉を開けると
興奮した金属音と
それをあおるような軍艦マーチの音楽が
刺すように耳に飛び込んでくる
妙なだるさが少しだけ回復したような錯覚に陥る
冷えて濁った空気にとても救われたような気がした
100円玉の分だけ球を手に受け
まわりをきょろきょろとして
よさげな台を探す
そしてたばこをくわえて時間をつぶした
玉の出る台なんてわからない
ただみんなそうやっていたから
ショートホープにハイライトに峰にセブンスター
なんでもいいからただの煙でもいいから
自分というものを煙でいぶす行為は
なぜかとても新鮮で救われた
球がでればラーメンが食える
でなければ近くのボーリング場に行く
部活をやめてからなにも考えなくなった。
結局冷えたボーリング場の椅子で
毎日ぐたっとしていた
ピンの倒れる音が頭に響く
自動販売機のペプシコーラを買って
それをまずゴクッと飲む
体中が冷えて少しまともになったような気がする
ジュークボックスにコインを入れて
マッシュマッカーンを聴く
金なんてたいしてないのに
毎日毎日マッシュ・マッカーンを聴いていた
妙な高温のエレクトーンのイントロが頭に響く
それがボーリングのピンのはねる音と混じって
頭にどーんとくる
その毎日の午後の儀式で
ようやく落ち着くようになっていた
そして冷えたプラスチックの椅子で
まるくなって毎日寝ていた
BVDのTシャツの首まわりが
夕方には薄黒くよれて
そうするととても身体がだるくて熱をもつ
ああこんな時間がこれからずっと続くんだ
それが悪魔なのか誰なのかはよく分からないが
僕の耳元でこうつぶやいていた
「お前は永遠になにもしない
できないという罪人として
この先何があっても希望とか
そういう類のものを禁止する
お前にはなにも渡さんぞ
そしてずっとそうしていろ
決して死なせやしないからな」
僕の呼吸は浅くなってしまって
身体が苦しくて
胸のあたりが締め付けられた
そして毎日同じように頭痛がはじまった
目ももうろうとしてきて
視界も狭くなっていた
ひどく苦しい毎日が続いて
これから先のことなど
到底考えられなかった
そもそも自分の存在にも嫌気がさしている頃だった
ただ暑い夏
僕という誰も知らない高校生が
はえずっていた夏
その夏は
僕が初めて経験する世界を形成していた
その夏はもうとても遠い世界で
いまではその記憶さえ断片でしかない
しかし確かなことは
その世界に突然として
ひとりの少女が現れたことだった
この記憶は確かなことだ
だから
あの夏から抜け出し
いくつもの夏を超えて
いまこの世界に立っている
とでも言ったら
とてもキザでおおげさで
そうして
できすぎた話になってしまう