海がみたくなった。突然…

ときおり、いや突然かな、
イチゴのショートケーキを無性に
食いたくなったりするときがある。
アイスクリームも同様。
あの衝動って何なんでしょう。

海がみたくなった…というのも、
同じく定期的に起こる衝動です。
間隔としては、3ヶ月に一度くらいか。

上記ふたつの衝動には何の共通点もないし、
脈絡も不明なのだが、
ショートケーキを食すととても幸せな気持ちになる。
海をみた帰り道も、満足感でいっぱいになる。

あえて分析するならば、人類にとって糖分は、
生きる上で欠かせない原動力であるし、
海は人類の記憶が眠っているふるさとである。

これはとても嘘くさい分析ではあるが。

鎌倉・藤沢あたりの湘南は人が多そうなので、
「湘南」と呼ばれる発祥の地である大磯へ
でかける。

 

大磯は市ではなく町。
よって人口もそれほど多くないし、
町全体がのんびりしている。
国道1号線沿いに商店が並んではいるが、
繁華街というにはほど遠い。

大磯港、大磯プリンスホテルがある他、
見どころは、大磯城山公園、旧吉田茂邸、
高麗山、六所神社、旧島崎藤村邸。

一見地味であるし、他の湘南地域に較べると
若さも活気もない。
けれど、とても落ち着けるいいところだ。

大磯には「隠れ処」という言葉がふさわしい。

難をいえば、海沿いを走る西湘バイパスの騒音。
音は結構遠くまで轟く。
この道路を突っ走る飛ばし屋のバイクや高性能カーは、
どうも常連が多いように思う。
対策として、小田原厚木道路に異常に多い覆面パトカーを、
もっとこちらの道路に移動させてみてはどうか。

で目的である「海がみたくなった」なのだが、
今回は遠目にしかみることができなかった。
大磯城山公園、旧吉田茂邸と巡る途中、
陽光で海が光っているのがみえてワクワクしたが、
如何せん木々が多くて景色に広がりがない。

そこで大磯プリンスホテルへ寄ってみたが、
あいにくコロナのためホテルは閉まっていた。

ここのホテルの庭からの景色は絶景なのだ。
水平線だけでなく、遠くは伊豆半島まで見渡せる。
残念。
ここのおいしいコーヒーも飲めなかったし。

帰りはセブンに寄って100円コーヒーをいただく。
がしかし、己の気分を分析したところ、
かなりの充足感で満たされている。

ショートケーキに例えると、
専門店ではなくスーパーで買った
ショートケーキを食ったというところか。

いずれにせよ、思い立ったら吉日なのである。
仕事もコロナも関係ないのである。

 

湘南クラシック・ホテル

 

湘南ホテル

 

以前、鵠沼海岸沿いに湘南ホテルというのがあった。

新しくはないが、結構、建物が洒落ていたので、

私はかなり気に入っていた。

外観は洋風で、重厚。

しかし、威圧感のようなものがない。

薄い緑色の外観が美しかった。

窓からは、海沿いの国道134号線を隔てて、海が見える。

静かな夏の早朝には、波の音も聞こえた。

小振りだが、地下には室内プールもあって、

真夏のカラダを冷やすのに最適だった。

実は、

この海岸沿いの道を学生時代からずっと通っていて、

ホテルの存在を、私は全く知らなかった。

中年になってふとしたきっかけで知ったのだが、

そのときはすでに閉館が決まっていた。

そこそこ繁盛していたように思うが、

このホテルは個人オーナーのものだったので、

閉鎖は相続の問題も絡んでいたらしい。

とても残念だった。

現在、この跡地には瀟洒なマンションが並らぶ。

いまでも時折、この前を通ると、

あの夏の日の、家族の笑顔が思い浮かぶ。

 

 

なぎさホテル

 

逗子のなぎさホテルの外観は小振りで、

見るからに古い洋館の造りだった。

海沿いを走っていると、こんもりとした緑の中に

ポツネンと佇んでいる。

若いひとから見ると、単なる古い洋館だ。

一見、時代に取り残されたように建っている。

しかし、一端中へ入ると、

黒光りする柱や漆喰の美しい壁が、

訪れたひとを魅了する。

私はここを、編集者時代に企画を出して、

取材と称して泊まったことがある。

しかし、取材の件は一切口には出さないで、

個人名で宿泊した。

カメラマンと男同士の宿泊は、

少し奇妙に映ったのかも知れないが、

まあ、それでも一般客として途中まで通した。

結果的に、ホテルのスタッフの方々の対応も、

そして食事もとても満足のゆくものだった。

結局、取材と撮影は最終日にホテルに切り出し、

慌ただしい仕事となってしまったが、

自ら納得したホテルを紹介することで、

自分も満足することができた。

もうだいぶ前に取り壊されたが、

作家の伊集院静さんが若い頃、

このホテルの居候をしたことがあるという。

そして後年、「なぎさホテル」という本を出版している。

彼にして、それほど思い出深く、

居候になるほど癒やされる、

素敵なホテルだったのだと知った。

 

 

パシフィックホテル

 

パシフィックホテルは、

茅ヶ崎の海沿いに忽然と姿を現すホテルだった。

古いホテルにしてはタワー型で、

当時としては画期的な建築物だったように思う。

このホテルを知ったのは学生時代で、

近くに波乗りのポイントがあり、

そこに通うようになってからだった。

高級ホテルだったので、

私は最上階の喫茶しか利用したことはないが、

ここからは、湘南の海が一望できた。

海を見下ろすという感覚は、

ここが初めてだったように思う。

一時、あの加山雄三さんのもちものであったし、

また、サザンの桑田さんも歌っているように、

そして大好きなブレッド&バターも、

このホテルの曲をかいているように、

皆に思い出深い、存在感のあるホテルだった。

 

 

湘南から姿を消した名ホテルは、

ときを経て、私のなかでより美しさを増す。

現存しているホテルでいまでも気になるのは、

大磯プリンスホテルと鎌倉プリンスホテルだ。

 

 

大磯プリンスホテルはクラシックホテルになれず、

ただ建物ばかりが古びていた。

まわりにこれといった観光地もない。

しかし、広い敷地がとても贅沢に使われていて、

空と海の広がりを堪能できる。

ここからの海の眺めは、湘南随一。

ホテルの前の西湘バイパスがなければ、

とても静かなのだが…

数年前にリニューアル・オープンしたので、

3回ほど足を運んだ。

ラウンジを吹き抜けにして、かなり派手な印象。

フロント付近では、外国からの観光客ばかりが目につく。

のんびりとした温泉施設も大幅に改造されて、

ハイカラなスパに生まれ変わっていた。

残念だったのは、

小高い庭に建っていたガラス張りの教会が、

すっかりなくなっていたことだった。

海辺に建つあの美しい教会を壊すとは…

思うに、このホテルのリニューアルを企画した人間は、

実は大磯プリンスホテルのホントの意味での良さを、

何も分かっていないのではないか?

 

 

鎌倉プリンスホテルは、

七里ヶ浜の丘の上の高級住宅地に建っている。

プリンス系列のホテルにしては、こじんまりしている。

プリンスホテルは、どこも高台が好きなようで、

いまはもうない横浜・磯子のプリンスホテルも、

横浜の海を見下ろす高台にあった。

シーズン・オフに宿泊したことがあるが、

横浜の海が見渡せる上階の部屋を希望したにもかかわらず、

一階の奥まった景色の悪い部屋に通された、

個人的に苦い思い出がある。

以来、一度も足を運ばなかったので、

ここの魅力は不明なのだが。

 

鎌倉プリンスホテルは、各部屋がビラのように、

丘の上に長く延びる3階建て。

正面の部屋は、海を真向かいに見て、

他は江ノ島方向を向いている。

どの部屋もハズレがなく、

山側という部屋がないので、たいした格差がないのが良い。

最近、ホテルをまるごとリニューアルして、

全室禁煙にしたので、もう私は行かないが、

あのホテルはなんというか、

隠れ家のような魅力があった。

 

 

いまはもうないホテルも含めて、

湘南の海辺に建つホテルは、

どれも個性的で美しい。

美しかった。

 

 

海沿いの134号線を走るたび、

それは潮の薫りに乗っては再び甦る、

蜃気楼のようなものになりつつある。