すれ違い

ブランデーグラスを口に運んだときに

オトコは煙草の煙を吐きながら

「もう終わりだな」と呟いた。

胸のあたりに熱いものが流れてゆくのを確認するように

もう一度、ため息をついた。

華奢な手がワインのグラスをゆらゆらさせながら

口はなにかを言おうとしたが、オンナは黙って

涙を流した。

そのバーは客もまばらで、程よく距離が保てたのも良かったのかも知れないな、と
オトコは思った。

外は春の嵐だ。

時計も12時を回っていた。

カウンター越しに、バーテンが乾いた布でグラスをひとつひとつ丁寧に磨くのを
オトコは眺めていた。

「ねえ、私たちまたいつか何処かで逢えるのかしら?」
目線を遠くに合わせながら不意にオンナが言葉を発した。

オトコは赤いラークを取りだし、マッチに火を灯した。

「うんん、いつかはきっと」

これは本当だった。
嘘などついてはいなかった。

いや、愛していると、オトコは
酔いのまわったあたまから思わず本音を言おうとして、その言葉を飲み込んだ。

「もう帰ろうか?」

客もとうとう二人きりになっていた。

店のバーテンがドアを開けると外はすっかり静かになっていた。

彼は看板をしまい、入り口の外灯を消した。

アメリカンポップスから、流れる曲はいつかしっとりとしたジャズに変わっていた。

見知らぬ歌手が、恋の歌を情感を込めてしっとりと歌ってた。

やがて
オンナが目をつむり
「分かった」と呟いた。
ワインの残りを飲み干すと
急に笑顔をつくり、オトコに向き合った。

そして
「しあわせになるのよ」
その母親みたいな言葉にオトコは一瞬黙り込んだが
やがて止めどもなく涙があふれ出て言葉をなくした。

いま、このひとをしあわせにする自信はオレにはないな、
潮時を考えていたオトコは、だから別れを口にしたのだが…。

この先、このオンナは誰と出会い恋に落ちるのか?
どうあれ、しあわせになって欲しいと、オトコは切実に願った。

オトコには恋の予定などひとつもなかった。
いや、そんなことすら考えられない心境が心を支配していた。

旅をいくつも重ねて、いつかオレはこのひとに再び会いたい、
オトコはまた言葉を飲み込んだ。

外に出ると、街はすっかり静まりかえっていた。

すでに、すべてが眠っている。

歩き出すふたりに、生暖かい風がヒュンと通りすぎた。

「おわかれだね」

化粧の取れかかったオンナの顔はまだ童顔で
はじめて知り合った頃のことが新鮮に蘇っては
オトコを動揺させた。

流しのタクシーを拾い、精一杯の笑顔でオンナは
じゃあね!と手を振って深夜の漆黒に消えていった。

ひとりで歩き出すオトコに、また春の風が耳元で囁いた。
「人生はままならないな」

オトコは歩き続けた。そして、夜明けまで歩こうと思った。

歩きながらオトコは何度も何度も呟いていた。

「愛している」

「すれ違い」への5件のフィードバック

  1. 何か、心に染みましたw
    すれ違い、ありますよね。
    女の気持ちも男の気持ちも少し分かる気します。でも、愛しているのに別れなくてはいけないって、何か切ないですょねぇ…。
    でも運命の相手なら、やっぱりいつかは巡りあえるのかなぁ~

  2. ゆかさん、コメントありがとうございます。う~ん、運命の相手っているのかな?結果論からいうといると思うのですが、私的な結果論ですからアテになりませんね。
    ただ、オトコとオンナには、時間のズレが多々あるなと考えているスパンキーです。
    ありがとう!

  3. すごいよ、すごいよ、スパンキー。
    心に染みた、染みた、染みた。
    男の切なさを、清々しくも、程よい余韻を残して表してる。
    小説、書きなよね。
    おれ、がんばるから。絶対、スパンキーが小説書ける環境を創るから!

  4. 猿もおだてりゃ木に登るっていうけれど、ホントその気にさせてくれてありがとう。キャッシュ・ポイントが決まったら、スパンキーはアナログに走るよ!後は任せたから。よろしく!

  5. 上記の記述、猿ではなく「豚」の間違いでありました。猿はおだてなくても木に登るしな。あ~、またポカやっちったよ。おやすみ!

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