
ふるさとの神は動かぬ見守るぞ荒れ果てた地にオリーブひとつ

ふるさとの神は動かぬ見守るぞ荒れ果てた地にオリーブひとつ

最近、ブルーボトルをみかけるようになって、
なんだか欲しくなって買ってみた。
水を入れ、太陽光で数時間照らすと、
ブルーボトルソーラーウォーターのできあがり。
グラスに注いで試飲してみると、なんだかうまい。
気のせいかとも思うが、やはり味が変わっている。
なんでだろう?
ネットではいろいろとその理由らしきものが書いてある。
動画もいっぱいupされている。
私的にはよく分からないし、半信半疑。
が、そんなのはどうでもいいと思った。
陽光を受けて光の差す、あのなんとも言えない
ボトルが放つ美しさに価値があると思った。
ブルーってとてもすてきな色であり、
素材がガラスとなると、
個人的にベストな組み合わせとなる。

びんの素材はソーダガラス。
いちばん安価で日常使いの素材。
マニアとかブルーボトル信奉者に言わせると、
これはニセモノなのかなぁ。
まあ、そんなのはどうでもいい。
さて、今度の満月の夜は、
このブルーボトルを月光に浴びさせ、
ムーンウォーターをつくることにした。
ネットで調べると、浄化、
そしてパワーチャージとある。
なるほどね。
この令和の時代において、
スピリチュアルはますます高まる
時代のキーワードなのかも知れないから、
なんでも試してみる。
戦争と天災が多いこの世界に、
最近では宇宙人の話もちらほらと出てきた。
ささやかでもいいから、
その一助に、
ブルーボトルってふさわしい。

父母の遺影寄せよかな?そのままとおふくろが笑う独りにさせて

↑この絵ってAI画像なんですが、妙にリアルに仕上がりました。短歌のもちあじとか 想像力を削ぐのでまわりからは不評なんですが、私的にジョークとして面白いのでもう少し試してみようと思っています!

もののふがかつて通たりかまくらみち軒連なりて石仏に花

春いちばん
遠い山々霞みたち
沈丁花の花のかおり
陽射しのかぶる情景は
いつか観た絵画の如く
夢で訪ねた母のふるさと
背中に羽根があるの如く
私はわずかに浮遊せし
通りすぎる風さえいろ帯びて
踊りて歌う
「さあ…」と後ろから声かける
あなたは誰ぞ
春の蝶

空かすみ魚眼レンズの春景色まあるく飛んだちいちい鳴いた

星のきれいな場所というフレーズを
ネットで偶然にみてしまった。
何かの記事か、広告のコピーなのかは忘れたが、
ただ通り過ぎるには惜しいと思った。
簡単そうで、わりと思いつかない。
良いフレーズなのだ。
星のきれいな場所は、
想像だけど、小高い丘のうえだったり誰もいない海岸だったりする。
もちろん街からはだいぶ離れている。
クルマで行くところ。
が、山奥ではないし無人島の浜でもない。
そこまでストイックに想像を絞るほどではないような気がする。
星のきれいな場所は、
誰もがプラッと出かけられる距離にあったりするので、
日常にちょっと疲れたとき、気分が沈んでいる、
メンドーな仕事が片付いて…
そんな疲労感を一掃してくれるのが、
星のきれいな場所だったりする。
このあたりでたとえると、そう、
湘南平とか大磯の海岸とか?
星のきれいな場所は、日本各地にいくつもあって、
そのどこもが何故か、
救われるとか心のよりどころだったりする。
今夜もそんな星のきれいな場所に出かける人が、
ぽつぽつと現れるから、
やはりそこには、特別な何かが宿っているのかも知れない。

無料、ただで映画を観るのは、要するに時間の無駄だった。
某テレビの午後のロードショーを録画して観ていたが、
いい映画がホントに少ない。
週に一本あるかないか。
その程度の確率だから、映画が終わってうなだれてしまう日が続いた。
寝る時間が遅くなるだけで何にもいいことがない。
ひとつ分かったことがある。
ハリウッド映画といっても、実は数打てば当たる、
というつくり方をしている。
ヒット作の下には無数の駄作がうごめいている。
それを流す午後ロードは、予算の問題なんだろう。
地上波初登場なんて宣伝されている映画は、
通常では流せないというレベルのものだ。
あと、気づいたこと。
どれもスパイもの、陰謀もの、殴り合う、銃を撃ちまくる…
そんなものばかりなのだ。
それがスカッとするかというとそんなことはない。
心がすさんでしまうのであった。
おかげで夢にまで悪党が出てきて、こちらの眠りを脅かすありさま。
ではということで、アマゾンプライムでアドベンチャーという
キーワードで検索すると出てくる出てくる。
映画ってホントに無数にあるんですね。
で、ずっとスクロールをしていると、
アドベンチャーとはほど遠い映画に出くわした。
偶然の出会い。

非ハリウッド映画で、フィリピン、日本、イタリアの合作映画が、
表題の映画だったのである。
映画の舞台はマニラのスモーキーマウンテンだと思う。
かなりひどい貧民街である。
ちなみにスモーキーマウンテンの名は、
街に溢れているゴミが自然発火して、
いつも煙に包まれているかららしい。
ここで暮らす?ブランカは、8~9歳くらいの女の子。
親がいない。ストリートチルドレン。
盗みとかいろいろ悪いこともやっている。
夜は公園とかで寝ている。

街を歩く親子を、彼女はいつもじっとみつめている。
或る日、公園で目の見えないギター弾きの老人と知り合いになる。
ピーターというその老人はブランカにちょっと歌ってみないかと誘う。
ブランカが恥ずかしそうにして歌い始めると、
まわりの人たちが徐々に彼女に注目し始める。
ブランカの歌がなかなかいいのだ。
シンプルなギターとメロディ、素朴で透き通る歌声。
それをたまたま聴いていたクラブの経営者に、
ウチで歌わないかとスカウトされる。
ピーター老人とブランカは、ひさしぶりにシャワーを浴び、
初めてベッドでぐっすりと眠ることができた。

まあ、これから観る方のためにストーリーははしょるけれど、
或るシーンで、彼女がニワトリを掴んで、
走るトラックから飛べ飛べとはしゃぐシーンがある。
鳥なのになぜ飛ばないのかと彼女は疑問に思う。
乗り合わせた大人がこう言う。
飛ばなくても良くなったから。
それは人間に飼い慣らされたからという皮肉でもあると私は理解した。
登場人物は、役者というより素人に近い。
映る街並みはどこもゴミだらけでひどいありさまだ。
僕は、生まれ育ったずっとずっとムカシ、
昭和30年代の横浜の外れの、
灰色の空の下に広がる雑然とした町を、
不意に思いだしていた。

ブランカとピーター老人のストーリーはこの先も全然甘くない。
下手をすれば死と隣り合わせの毎日。
が、悲劇のようでもない。
ハッピーエンドでもないのだ。
けれど、このふたりの必死に生きてゆく姿をみて、
僕は忘れていた何かを思い起こしていた。
考えてみればこの街の誰もが悪い奴のようでもあり、
実は誰も悪くはないようにも思えてくる。
ピーター老人の奏でるギターの音と、
ブランカの透き通る声が、
公園に吹く風に乗って街を過ぎるとき、
人の原点は実はシンプルなんだと知らされる。
もしそこに、信頼とか愛とかがあれば、
(実はここが肝心なのだが)
それに勝るものはなにもないのではないか。
それは実に当たり前のことなのだが…
ひとの気持ちというものはときどき洗濯をしないと
どんどんと汚れていくものなのだ。
そうした忘れかけていた大切なひとつひとつを、
押しつけがましくもなく、
凝ったりひねったりのストーリーがある訳でもなく、
さりとて過剰な演出などとは無縁なのに、
こちらにしっかりと伝わる映画なのだ。
こういう映画にいまハリウッドは勝てない。
むしろ日本映画のほうがいい。
「ブランカとギター弾き」はその先を行く。
↑は以前投稿した記事を編集して、再掲載したものです。

この国は右も左も抜け目ない政治屋跋扈(ばっこ)革命前夜
↑ここ最近の政治動向をみるにつけ、政治屋さんの発言・やっていることにはかなり失望しておりまして、あとは明日の選挙に期待するしかないですね。とても淡い期待ですが…

自由への道を歩いたこの道は鬼さえ出るが天が見守る
↑会社つとめが性に合わず、いろいろと試行錯誤の連続でしたが、最終的には自分を信じるしかない訳です。自分を信じることは、すなわちこの世界を是認することだと思うのですが。

令和にて檸檬(れもん)ばくだん教室に置いて立ち去れ見上げよ空を