純喫茶「レア」(リメイク完結編)

高校が終わると、すぐに席を立ち

走って校門を駆け抜ける。

小田急線に飛び乗り、町田で降りると、ため息が出た。

ぐーぐーと鳴る腹に、いつもの立ち食いそば屋で、天ぷらそばを流し込む。

そして、チョーランをはためかせ横浜線で地元に帰る。

駅前でいつもの地元の仲間を見かける。

自分でも、すっと気持ちが解けてくるのが分かる。

まだ、時間があるので「キリン」に飛び込んで学ランを脱ぎ

セブンスターに火を付けて、台を見て回る。

別に出ても出なくてもいいのだが、この儀式をしないことには落ち着かない。

玉を打っている時間が、本当の自分に戻るために必要な時間だった。

C・C・Rの「コットンフィールズ」が大音量の割れた音質でがなり立てる。

出なければそれで良し。

たばこをくわえながら、そのまま「シルバーレーン」に向かって歩き出す。

顔見知りに会うたびに「よう!」とお互いに手を合わせる。

「シルバーレーンだろ」と言われる。

そこしかねえだろう、と思う。

通りを曲がると、大きなピカピカの建物が鎮座する。

扉を開けると、ピンが倒れる乾いた音が響いてくる。

なかは人の熱気でかなり暖かい。

自動販売機でペプシを買い、ふっとひと息つく。

プラスチックの椅子に腰掛け、前のカウンターに足を投げ出す。

セブンスターに火を付ける。

ボーリングは俺にとってどうでもいいのだ。

ジュークボックスをのぞいて100円玉を入れ、

いつもの曲をチョイス。

そして、椅子に戻ってペプシを飲む。

「イエロー・リバー」が流れると

どこからともなく、いつもの顔が集まってきた。

「アキラ!今日は学校行ったのかよ?やけに早いじゃん」

「行きましたよ!」とおどける。

立ち上がって振り返ると、ヤスが笑っている。

目が充血していた。

コイツ、最近明らかにオレを避けている。

「ヤス、やっただろ?」

「何を?」

「ええ、とぼけるなよ! ボンドだよ」

「やってネエよ、なんちゃって」

彼の足元はふらついている。

「あのよ、おまえホント骨ボロボロになるよ!」

ヒロシとサトシにも聞く。

「ヤスさぁ、例のあのオンナに振られたらしいよ。で

こないだ決めたばっかりの掟破りっていゆう訳!」

「ああ、そう」

真剣に答えるほど、オレは暇じゃない。

心なく答えると元の場所へ座り込み、前を見た。

男女4人でボーリングをしているグループを眺めていた。

オトコ2人は髪の毛をキッチリ短く切り

ボタンダウンのシャツにステッチの入った

ピシッとしたスラックスをはいている。

オンナの2人組も、最近よく見かけるミニスカートに

派手な色のトレーナーを着ていた。

「アイビーのにいちゃんとねえちゃんか、けっ」

俺はつぶやきながら、なあ、とヒロシを呼び止めた。

「なあ、ヒロシ」

「ああ?」

「あのさ、レアって店、知ってる?」

「ああ」

「あそこ、どうゆうとこよ?」

「純喫茶じゃねえの?」

「純喫茶って何よ?」

「うーん、わかんねぇ」

「コーヒーでも飲むとこなのかね?」

「わかんねえ」

「バッカー!」

俺はイライラしてきた。

ペプシを飲みきると席を立ち

じゃーなとみんなと別れて

再び駅のほうへ向かう。

ポケットの千円札を確かめる。

俺は考えながら歩いた。

駅が近づいてくる。

電車がくる時間だ。

俺はたばこを投げ捨てると、ある迷い事についての腹を決めた。

改札から出てくる大勢の人の顔を見ていると

なんだかアタマがズキズキしてきた。

手のヒラが汗ばんでいる。

遠くのほうから女の子のふたり連れが歩いてきた。

ふざけながら歩いてくるのが分かる。

白いブラウスにプリーツの入った長い紺のスカート。

「来た」と俺は心のなかでつぶやいた。

ふたりは俺と目が合うとふざけるのをやめ、

やがてひとりがこっちへ目配せをして

「うまくやんなよ」と言い

バイバイと小走りに改札を抜けて

エンジンがかかっているバスに飛び乗った。

「よう!」

「待っててくれたの?」

「いや、ちょっと用があったんだけど

時間をみたらなんかさ、いるかなって思って」

「ありがとう」

「いいとこ、あるんだ」

「どこ?」

「うん、最近できた喫茶店なんだけどさ」

「ふーん」

ふたりはとぼとぼ歩き出した。

本屋の角の脇道を入り、少し行くと

白くまぶしい建物が目に入った。

店の入り口にはお祝いの花がいっぱい飾ってある。

ここか、と俺は思った。

白い壁には銀色の流れるような文字で

「レア」と書いてあった。

その上には青いプレートが貼ってあり

純喫茶と書かれていた。

「ここなんだけど、入ってみる?」

「うーん、どうしよう。高校生がこんな所へ入っていいの?」

「わかんない。けどいいんじゃん!」

俺が意を決して入ると、彼女も後についてきた。

店内は広く、壁、天井、すべてが白で統一されていた。

四隅には小さな噴水があり、小さな天使の彫り物が飾ってある。

「いらっしゃいませ!」

白いワンピースを着たウェイトレスが、

俺たちを大理石のテーブルへ案内してくれた。

革張りの白いソファーに腰を下ろす。

「なんかすげぇなー!」

「いいの こんな所へ来て?」

「いいと思うよ。だって純喫茶なんだもん」

「純喫茶ってなに?」

「うーん、知らないんだよね」

「なにそれ!」

「あっ ゴメン! 俺もよく分からないんだけど

コーヒーかなんかそういうもの、飲めるみたいよ」

「そう」

彼女は、あたりをキョロキョロと見ている。

まわりをみると、俺たちが最年少の客だとすぐに分かった。

俺の嫌いなアイビー・ルックのカップルが多かった。

みんな慣れた仕草で、夢中で話している奴もいるし、

黙ってお互いを見つめ合ったりしているカップルもいる。

「未成年がこんな所へ来ていいのかな?」

「もう入っちゃったモン、な?」

「まあ、そうよね」

「いらっしゃいませ!」

ウェイトレスが真っ白いメニューを私と彼女に差しだし

水の入ったグラスをふたつ、テーブルに置いた。

「何に致しましょう?」

どっと冷や汗が出てきた。

メニューを開くとしばらく何が書いてあるのかよく分からなかった。

(落ち着け)

やっと、コーヒーという文字が見えた。

やったね、と俺は思って

「コーヒーちょうだい、知子は何にする?」

「レモン・スカッシュ」

案外、知子のほうが落ち着いている。

「知子、ここ初めて?」

「うん、そうよ。何で?」

「いや、ふうん」

俺が、しばらくまわりをキョロキョロしていると

知子が切り出した。

「話って何?」

「いや、たいしたことじゃないんだ。

あの、ほら、俺達ってなんていうのかな

こうやってたまに会ってるじゃん?」

「うん、そうね。会っているわね。やめる?」

「いや、そうじゃなくて、うーんとそうだ

つき合うっていうのどうよ?」

「うーん」

大きなテーブルと白い革張りのソファーが

カラダに馴染まない。

イライラしてきたので、靴を脱いであぐらをかいてみた。

しばらくするとウエィトレスがやってきて

「コーヒーはどちらですか?」

俺の足をじっと見ている。

「あっ、こっち」

足を下ろすしかない。

知子がクスッと笑う。

そして、細く背の高いグラスが知子の前に置かれた。

「これ、レスカよ」

「レスカ?それってうまいの?俺、そういうの

飲んだことないんだよね」

知子がまた笑いながらストローを吸い、

そしてグラスをオレに差し出す。

「おいしいよ、飲んでみて」

「えっ?」

なんだか緊張する。

俺達の初キスはちょうど一ヶ月前。

近くのあぜ道でしたことはしたけど、

あれっきり知子はなにもなかったように振る舞うので

こっちが面食らっていた。

ストローを持つ手がビビっている。

ノドがピリピリするようで味がよく分からない。

「結構イケルね!」

自分で、全然違うことを言っている。

よーくあたりを見回すと、みんなこの場所に慣れているのか

とても落ち着いた顔をしている。

クラッシックが流れているのに今更ながら気がついた。

「あっ、なんか鳴ってんじゃん」

「なに言ってるの? さっきからずっとモーツァルトよ」

「モーツァルト?」

「そうよ。落ち着くわね?」

「うん、まあ」

知子が笑う。

俺の前に置かれた白いコーヒーカップの横に

小さな金属のカップが置いてある。

(あれ、なんだろう?)

そっとのぞき込むとミルクが入っている。

「これ、こんなことやっちゃったりして」

「そうよ」

そうなんだ?俺はそれをコーヒーに入れた。

次に角砂糖をふたつ入れる。

カップをそっと持って口に運ぶ。

なんだか苦い。こんなものがうまいのかどうか

自分でもよく分からないが、黙って飲む。

「どお?」

知子が笑顔で俺に感想を聞いてきた。

「うまいよ」

また知子が微笑んでいる。

そのとき、店内のライトが少し暗くなる。

そして徐々に店内のあちこちが妖しくなってきた。

俺は何なんだと思うが、何でもない振りをして

手をアタマの上で組んだりしていた。

「何? なんで暗くなるの?」

「知らないの 純喫茶?」

「知らないわよ!」

店内がすっかり暗くなり、歩く足元の小さな明かりと

噴水だけがグリーンにライトアップされていた。

やっと落ち着きを取り戻した俺は再びあぐらをかいた。

さっきのレモンスカッシュに再び手を伸ばす。

「ちょーだい」

「うん」

とても酸っぱい。こんなものがどうしてうまいのか、

いまひとつ分からない。

俺がちょびちょび飲んでいるコーヒーにしても

苦いばっかりでちっともうまくない。

なんだこの店は、と思うのだが

この暗さはチャンスだと思った。

「あのさ?」

俺が切り出すと、かすかな光に浮かんで

知子の顔が、ぐっと最高の表情に見える。

広い額にくっきりとした眼。すっと通った鼻筋に

とても小さなおちょぼ口が俺をドキドキさせるのだ。

「何?」

もうどうなってもいいや、と俺は切り出した。

「ちゃんとつき合わないか? 俺達、ずっと!」

「………」

しばらく彼女の沈黙が続いた。

暗い店内に噴水の水の音とクラッシックだけが聞こえる。

じわっとまた汗が出てくる。

「もうそのつもりよ。あたし達、つき合ってるのよ」

意外な答えに、俺はとまどい、そしてうれしさが爆発した。

「知子、あのさ俺って全然ダメじゃん? 何やっても続かないし

ほら、吹奏楽だって辞めちゃったし、学校タバコでいまヤバイし。

で、将来さ何かやるっていっても俺、才能何にもないしさ」

「いいのよ、これから頑張ればいいのよ」

「俺、パチンコ止めるよ。あとこの街ヤバイよ。

みんなラリってるし、このままいたらヤバイよ」

「なんで? 大丈夫よ! あなたがしっかりしていれば

関係ないじゃない。 あなた次第だと思うの!」

ふたりは夢中で話していた。

「分かった。俺、高校だけは卒業するよ。で

ホントはカメラマンになりたいんだ!」

「すごいじゃない」

「カメラマンになって、ホントは世界中をまわってみたいんだ」

「大丈夫よ、なれるわよ。私もピアノ頑張って先生になりたいの。

そしたらふたりで世界を回ろう!」

「おう!」

オレは知子の手を握って、彼女の額にキスをした。

知子は眼をつむっていた。

そして、ふたりでひとつのソファーに座り

クラシックの流れるほの暗い店内で、

いつまでもキスをして抱き合った。

終わり

(ふたりが通ったこの喫茶店は

1970年代に姿を消し、街はさらに姿を変えた。

私は、いまでも時折その街へ行くことがあるが、

再開発されたその通りに、もうその面影はない)

「純喫茶「レア」(リメイク完結編)」への2件のフィードバック

  1. ちょっとドキドキしてしまいましたよ。二人はどうなるのか。
    でも、ハッピーエンドで良かった!
    キラキラするような青春賛歌ですね。
    主人公の粋がりと、自信のなさと、高揚感と、切なさがうまくミックスされて、少年が大人になっていく一瞬がみずみずしく描かれているように感じました。
    純喫茶 「レア」 が、大人の世界へ至る “門” であることが、コーヒーの苦さとか、座り心地の落ち着かない白い革張りソファーなどに象徴されていることで伝わってきます。
    あの時代、確かに天使の彫り物が入った噴水などを店内に置いた純喫茶が確かにありましたね。懐かしいです。
    そういうところでは、確かに、クラシックがかかっていました。
    私が行っていた純喫茶には、地下室などもあって、照明が暗くて、シートがつい立のように高くて、ときおり意味深な大人のカップルが肩を寄せ合っていました。
    私も、放課後にそんなところに潜んで、仲間とタバコを吸ったりしていた高校生時代を持っています。ただ、ガールフレンドだけはいなかったですけど…。
    実話に近い話なんですか? うらやましいな。

  2. 町田さん)
    青春時代は、あとからほのぼの思うもの、という歌がありましたがホントにその通りですね?
    渦中にいるときは必死でした。悩み事も嫌と言うほどありましたが、いま思えばやはり輝いていたなって、つくづく感じます。
    私の当時の夢は、ずばりカメラマンになることでした。この話と一緒です。すでにサラーリマンは無理だなって自分で分かっていました(笑)
    そのはぐれ具合と時代背景、そして初恋のドキドキ感が出せたらいいなと、この話を書きました。
    かなりの事実と適当な嘘が被っていますので、引き気味で解釈してください。
    コメント、ありがとうございます!

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