皆を先へ行くよう促し
私は敢えて森に臥せて
隠れることにした
いま街に運んでもらっても
まず生きながらえることはない
殺されるだけだ
私は森のなかで
数日息を殺していた
そして這いずれるようになると
生きる術を次々と身につけた
小川を探して水を飲み
生えている草を恐る恐る口に入れ
這っている虫を食い
そうして生き延びた
もう家族に追いつくことも
あきらめた
だが、森で暮らして
季節が巡る頃
私は敵兵に見つかってしまった
そして
ここで数奇なことは起こった
私の森で生きる知恵を買われ
軍隊に入隊することとなったのだ
私のすべてが変わり
狂い始めたのも
その頃からだった
自分の運命を呪うことでしか
生きる意味がなかった
私は敵の軍人としてではなく
狂人として生きていた
懐かしい街に火を放ち
何人もの顔見知りを殺した
私が狂っていることを
軍隊は最初から知っていたのだ
川をさまよい
野を這いずり
そこに隠れている人々をも
私は殺した
そして
私は私の役目が終わると
軍を追い払われた
そして
私は廃墟の片隅で
自分をみつめる日々を送る
そんな孤独の日々が
数年続いた頃だろうか
私にも
やがて安堵が訪れる
それは
最愛の母を花にたとえ
来る日も来る日も
花を植え
育てることだった
花が咲く度に
私は救われるような気がした
それは私が少しづつではあるが
正気を取り戻す日々でもあった
廃墟の街に花が咲き乱れ
彩りが戻ってきた頃
私は新しい種や苗を探しに
再び森へ出かけるようになった
何日目かの朝だったろうか
それは黄色く淡く咲く野辺の草花を
みつけたときだった
それが幻想だったのか
いま思い出してもよく分からない
花をのぞき込むと
白いワンピースを着たとても小さな少女が
花弁につかまり
必死で私になにかを叫んでいる
叫ぶ少女に耳を近づけ
私は何度も息を凝らした
「私のおじいちゃんが
あなたを待っています」
「………」
「約束を忘れましたか?」
その瞬間、私ははっとし
そして、耳を疑った
いままで私は何をしていたのだろう?
私は軍隊に入って
一体何をしていたのだろうと
薄暗い記憶が鮮明に蘇る
私は殺人者だ
私は人殺しだ
私は再び狂乱し
その場へ卒倒した
そして再び気がつくと
私は森のなかの小屋にいた
季節は秋から春に変わっていた
私を助けてくれた森の小人は
或る老人から私を助けるよう
頼まれたと言う
木の切株でできた小人の家
テーブルの下には
その老人がくれたという
金貨が5枚置いてあった
小人は私に木の実だけのスープを
毎日欠かさず飲ませた
そしてそのスープは
私が正気を取り戻すまで
根気よく続けられた
(つづく)