ゲスネタ6

●サウナでマスク

最近ではサウナが人気らしく、
どこも混んでいるらしい。
で、みんな素っ裸なのにマスクをしている。
で、誰もしゃべらない。
この話は友人の奥さんから聞いたのだけど、
想像してみて大笑いしてしまった。
妙な世の中になったもんだ。

 

●緑のおばさん

ここんとこ、小池都知事のことをこう呼ぶらしい。
確かに、この人はいつも緑の服とか緑のスカーフとかが、
多いような気がする。
私の印象は、いつもパネルを持って登場する姿かな。
そのパネルには、コロナ関連の気の利いたフレーズが書いてある。
このやり方って、私たちのプレゼンに似ている 笑

 

●どんより菅さん

私はニュースとかはちらっとしか観ないのだが、
どうしても菅さんが気になるのだ。
自信があるのかないのかよく分からない表情。
口ごもったような物言い。
そして、いつもどんよりとした目で、
相手を見ている。
それがとてもしたたかそうなのだ。

 

●おめでとう、星野源さん

もうキムタクも年取ったし、時代は流れ、
かっこよさの基準も変わってしまった。
同性からみると、この人がかっこいいとは
思わないけれど、やさしそうだ。
やさしい人間、やさしい社会…
これが建前じゃなければ賛成なんだけど…

 

●「おかえり、モネ」

新しい朝ドラが始まった。
役者が豪華だなぁと感じた。
にしても、藤竜也がおじいさん役か。
しょうがない。
で、主役のモネをみていて、
あぁこの子はトラウマがあると即分かったね。
雰囲気、表情、そして東北とい場所と
2014年という設定。
自然に無理なく、
丁寧につくってもらいたいドラマだ。

 

●日本医師会会長が寿司デート

下世話なネタにチャレンジしてみよう。
寿司屋のカウンターで寿司食らっていたらしい。
相手の女性は誰だかは知らない。
そこまで追いかける気もないネタ。
寿司ネタはまぐろかエンガワか?
どうでもいいけど、思うに、
この人たちって何かを隠している。
間違いない。

 

コロナで取材をドタキャンされる

 

コロナの身近な影響がはじめて出た。

品川の某ビルでコロナが出たということで、

直前になって取材が中止となった。

取材先の社員も複数人かかっているとのこと。

 

「その方たちは感染したのですか?

それとも単なる陽性者ですか?」

「いや、とにかくコロナが出てしまいまして…」

「…」

 

いつもメディアではいろいろと報道されてはいたが、

身近では初の出来事なので、ちょっと驚いた。

 

「ホントにいるんですね?」

「いやそうですね、ホントですね」

まるで幽霊扱い。

 

取材は、最短でも2週間後と言われた。

「いやいや、Zoomでやりましょう」

と提案したのだが、

先方はどうしても対面でのインタビューを希望している。

 

出版物は、〆切がある。

向こうも焦っている。

こっちも気が気ではない。

 

再度、オンラインでの取材を申し出るも、

「ウチの仕事は対面が基本スタイルなので、

みんなアナログが好きなんですよ。

いや、困りましたね?」

 

困ってるのはこっちだよ 怒

いまさら下りる訳にもいかないし、

向こうは譲らないし。

まあこういう場合は、

先方に決断を委ねるしかないのだがね。

 

にしてもメンドーな事態になった。

いまは特別扱いのコロナであるし、

いまひとつ正体がハッキリしない。

よって世界中を掻きまわしている。

 

私的には、

━幽霊の正体見たり枯れ尾花━

と思っているのだけれど、

世間はそうはいかないらしい。

 

ホント、メンドーなんである。

 

マスク姿の考察

 

新型コロナウィルスが蔓延している。

が、行かなきゃならない所がある。

銀行とか仕事の打ち合わせとか、

セブンに立ち寄ってなんか食ったり、

スーパーで食料を買ったりと。

それが大それたことなのか、

たいしたことないことなのか、

もう、よく分からない。

で、外出時のマスクは必須。

もうマスク着用が当たり前。

ということでメガネにマスクそして帽子を被る、

この3点セットで出かけると、

普段だとかなり怪しい奴にみえる。

いまは事情が事情なので、

まあOKの雰囲気かな。

それが街の風景です。

とりあえず、すれ違う人の顔というか

その表情は分からない。

まるでモロッコとかイスラム圏の街のような。

マスクに効果があるなしの問題はさておき、

街でのマスク着用は必須。

とりあえず、マスク。

が、さらにメガネに帽子を足すと、

顔面不明の3点セットということで、

怪しさは増長されてしまうことも確か。

街にはこの3点セットの人々が

かなりうろうろしている。

ムカシ、TVで観た西部劇では、

銀行強盗が帽子を被って口を布で隠していた。

悪い奴はやはり口とか顔面を隠すのか。

よく欧米の人はマスクを嫌うと言われているが、

これもなんとなく理解できる。

向こうの人にとってマスク姿は、

きっと敵意のあらわれと解釈されてしまう…

これは勝手な解釈だけど。

個人主義の彼らにとってのハグが、

「私はあなたの敵ではありませんよ」のサイン。

マスクってその正反対の姿なのではないか。

やはり顔って、表情が表れるパーツ。

少しでも相手の心持ちが分かるに越したことはない。

新型コロナウィルスが流行る以前から、

黒い尖ったマスクをしている若いのがいて、

これが実に怪しくみえる。

私的に彼らをカラス天狗と呼んでいる。

このファッションというか流行が、

いつ頃どこからきたのかは知らないが、

どうみてもカッコイイとは思えない。

黒い尖ったマスクって、

誰に対しても戦闘的にみえてしまう。

カラス天狗マスクの若者たちは、

思うに、人とは一切関わりたくない、

声かけてきたら殴るぜとか、

そんな雰囲気を醸し出している。

街には、カラス天狗も混じって歩いている。

たかがマスク、されどマスクなのである。

現在もマスクは足りていないし、

この先も見通しは暗い。

ウチはたまたまマスクの在庫があったが、

それもそろそろ時間の問題となってきた。

で、マスクを切らしたら、

コーヒーを煎れるときのフィルターを加工し、

手づくりのマスクを計画中。

肌触りは、かなりカサカサしている。

見た目は、あまり美しくない。

生成り色のちょっとくすんだフィルターだから、

一見、汚れた風のマスクにもみえてしまう。

それに私の場合、メガネと帽子が加わる。

サングラスバージョンのときもある。

先行き、憂鬱。

日本も世界も経済は崖っぷち。

いやな時代だ。

が、とりあえずはマスクに関しての己の計画は、

カラス天狗マスクよりはマシにみえる手づくりで、

なんとか、この難局を乗り切ろうと思う。

 

新型コロナウィルスが招く視界不良(その3)

 

テレビはあまり観ないようにしている。

少しのんびりと過ごせる夜は、

ハードディスクに溜めてある映画とか、

それもアクションもの、

または日曜美術館とか世界遺産、

世界はほしいモノにあふれてるなど、

そんなものを観て過ごす。

 

まあ、それでも世間の動き、

ニュースのポイントは一応おさえておかねばと、

主要な報道番組のアタマとかインデックス、

ネットのヘッドライン、SNSなどは、

ざっとチェックするようにしている。

 

そして、就寝前は気に入った小説の世界に没入する。

バランスは大事だ。

 

東日本大震災のときも経験したが、

ニュースとかワイドショーを見続けていると、

ちょっとメンタルがおかしくなる。

しっかりとした情報を掴もうと必死になるほど、

情報に振り回され、不安が増幅され、

果ては自ら何も考えられなくなっていた。

 

そうした経験から、

まずはメディアとは程よく距離をおき、

自ら考え、自ら情勢を判断し、どう行動するかに、

主軸を置くようにした。

 

よって、今回の新型コロナウィルスの件は、

どのように行動し対処し防御するか、

そして、事の半分くらいであろうか、

その程度は自己責任であるという結論に至った。

 

いや、或る疑念や批判したいシステム、

気がついてしまった事柄など、

書きたいことは山ほどあるが…

 

いま、私たちは対岸の火事を眺めている訳ではなく、

世界からみれば、注目すべき国で生活している

話題の国の人たち、であるのかも知れない。

そして尚、その渦中にいて

まるで他人事のような傍観者でいることも、

すべてに対して疑心暗鬼に陥ってしまうことも、

どちらも可能な状況である。

 

この場合、どう感じるかは、

その人の個性と置かれた環境下から受け取る

情報と感受性により左右される。

しかし、こういうときこそ、

メンタルは自由であるに越したことはない。

そこからしか、自らの判断は下せない。

 

しかし、これは「何か」に試されているとも感じるし、

いや、誰も試している訳じゃないとも思えてくるから、

メンタルはやはり、豪雨と小春日和のような天候を

行ったり来たりしているのである。

 

「明日のことは分からないさ」とは、

或る映画で主役のガンマンが呟いたセリフだが、

先日、このセリフがなぜか突然アタマに浮かんできた。

いまリバイバルで売り出すと、ヒットしそうな映画。

同時期、坂本九の「明日があるさ」という歌を思い起こす。

いま売り出しても、まずはヒットしない。

 

そういう時代を、ぼくらは生きている。

 

新型コロナウィルスが招く視界不良(その2)

 

先週末、新横浜のビジネスホテルをキャンセル。

とても大事な用で、絶対に外せない。

当たり前だけど、その用は遅刻厳禁だったので、

朝に弱い私はホテル泊で前乗りする予定だったが、

仕事が夜まで終わらず、

また新型コロナウィルスの件も踏まえ、

前乗りを諦めた。

で、その日はともかく早めに就寝、

朝5時起きで、マイカーで横浜をめざした。

国道246が思ったより空いていたので、

結果はセーフ!

無事に、大事な用事を済ますことができた、

のは良かったが、にしても、

この日の集まりに含まれている食事会は辞退した。

よりによって、この時期にしゃぶしゃぶの鍋を

みんなでいただくという神経はどうかと思い、

主催者に尋ねると、

逆に不審な顔をされてしまい、

こちらはちょっと困惑。

情報に対するおのおの感度の違いに、

結構驚いている。

仕事の取引先や、友人、知人とも、

新型コロナウイルスの話題が出るが、

その警戒度の違いには雲泥の差がある。

ある経営者は全く街や人混みに行かないという、

徹底ぶり。

自分でコントロールできるのがうらやましい。

友人のAは、毎日電車に乗って、

いつもと全く変わらない生活をしている。

感想を聞くと、対岸の火事の如く、

なんら心配をしていない。

まして、自分がそういうものに巻き込まれるなんて、

ついぞ思ったこともない、とのこと。

皮肉にもこんな原因から、いまごろになって、

テレワークが推奨されているが、

毎日通勤・通学をされている方々は、

どんな心境であるか。

家から全く出ないとか、

またその逆で全く気にしないとか、

私からするとどちらもよく理解できない。

いまは情報の深度をはかるべきときで、

その正確さを模索しているが、

今回のこの一件をとっても

正確な情報の把握は、実に難しいと感じる訳で、

こういうときこそ、実は情報リテラシーを鍛える場なのかと

思われる。

新型コロナウィルスは、まだ終息の兆しがみえないばかりか、

広がる一方の報道が目立つ。

経済活動も相当縮小しているので、

この騒動が終息したとしても、

後に表面化するであろう経済的な被害は、

甚大だと予想できる。

また、国内外で、この新型ウィルスが

政治的な潮目を変えるかも知れない。

敵は微細なウィルス。

いまひとつ姿がぼんやりとしている、

輪郭がハッキリしないという点で、

武器や自然災害とはまた違った怖さが、

浮き彫りとなった。