オススメ映画「ブランカとギター弾き」

ただで映画を観るのは、要するに時間の無駄だった。

某テレビの午後のロードショーを録画して観ていたが、

いい映画がホントに少ない。

週に一本あるかないか。

その程度の確率だから、映画が終わってうなだれてしまう日が続いた。

寝る時間が遅くなるだけで何にもいいことがない。

 

ひとつ分かったことがある。

ハリウッド映画といっても、実は数打てば当たる、

というつくり方をしている。

ヒット作の下には無数の駄作がうごめいている。

それを流す午後ロードは、予算の問題なんだろう。

地上波初登場なんて宣伝されている映画は、

通常では流せないというレベルのものだ。

あと、気づいたこと。

どれもスパイもの、陰謀もの、殴り合う、銃を撃ちまくる…

そんなものばかりなのだ。

それがスカッとするかというとそんなことはない。

心がすさんでしまうのであった。

おかげで夢にまで悪党が出てきて、こちらの眠りを脅かすありさま。

 

ではということで、アマゾンプライムでアドベンチャーという

キーワードで検索すると出てくる出てくる。

映画ってホントに無数にあるんですね。

で、ずっとスクロールをしていると、

アドベンチャーとはほど遠い映画に出くわした。

偶然の出会い

非ハリウッド映画で、フィリピン、日本、イタリアの合作映画が、

表題の映画だったのである。

映画の舞台はマニラのスモーキーマウンテンだと思う。

かなりひどい貧民街である。

ちなみにスモーキーマウンテンの名は、

街に溢れているゴミが自然発火して、

いつも煙に包まれているかららしい。

 

ここで暮らす?ブランカは、8~9歳くらいの女の子。

親がいない。ストリートチルドレン。

盗みとかいろいろ悪いこともやっている。

夜は公園とかで寝ている。

街を歩く親子を、彼女はいつもじっとみつめている。

或る日、公園で目の見えないギター弾きの老人と知り合いになる。

ピーターというその老人はブランカにちょっと歌ってみないかと誘う。

ブランカが恥ずかしそうにして歌い始めると、

まわりの人たちが徐々に彼女に注目し始める。

ブランカの歌がなかなかいいのだ。

 

シンプルなギターとメロディ、素朴で透き通る歌声。

それをたまたま聴いていたクラブの経営者に、

ウチで歌わないかとスカウトされる。

ピーター老人とブランカは、ひさしぶりにシャワーを浴び、

初めてベッドでぐっすりと眠ることができた。

 

まあ、これから観る方のためにストーリーははしょるけれど、

或るシーンで、彼女がニワトリを掴んで、

走るトラックから飛べ飛べとはしゃぐシーンがある。

 

鳥なのになぜ飛ばないのかと彼女は疑問に思う。

乗り合わせた大人がこう言う。

飛ばなくても良くなったから。

それは人間に飼い慣らされたからという皮肉でもあると私は理解した。

 

登場人物は、役者というより素人に近い。

映る街並みはどこもゴミだらけでひどいありさまだ。

僕は、生まれ育ったずっとずっとムカシ、

昭和30年代の横浜の外れの、

灰色の空の下に広がる雑然とした町を、

不意に思いだしていた。

ブランカとピーター老人のストーリーはこの先も全然甘くない。

下手をすれば死と隣り合わせの毎日。

が、悲劇のようでもない。

ハッピーエンドでもないのだ。

けれど、このふたりの必死に生きてゆく姿をみて、

僕は忘れていた何かを思い起こしていた。

 

考えてみればこの街の誰もが悪い奴のようでもあり、

実は誰も悪くはないようにも思えてくる。

ピーター老人の奏でるギターの音と、

ブランカの透き通る声が、

公園に吹く風に乗って街を過ぎるとき、

人の原点は実はシンプルなんだと知らされる。

もしそこに、信頼とか愛とかがあれば、

(実はここが肝心なのだが)

それに勝るものはなにもないのではないか。

それは実に当たり前のことなのだが…

 

ひとの気持ちというものはときどき洗濯をしないと

どんどんと汚れていくものなのだ。

そうした忘れかけていた大切なひとつひとつを、

押しつけがましくもなく

凝ったりひねったりのストーリーがある訳でもなく、

さりとて過剰な演出などとは無縁なのに、

こちらにしっかりと伝わる映画なのだ。

 

こういう映画にいまハリウッドは勝てない。

むしろ日本映画のほうがいい。

「ブランカとギター弾き」はその先を行く。

 

 

映画「この世界の片隅に」そして…

8月9日はとても暑い日だった。

長崎に原爆が落とされた日だ。

親父の命日でもある。

 

朝、仏壇に線香をあげ手を合わせる。

逝ってしまって、もう16年たつ。

たどたどしくも、いちおう般若心経を読む。

これがウチの習慣のようなものになっている。

親父もこちらも救われる。

なんだかそんな気がする。

「世の中はいま激変しているよ」と、

話しかける。

そして日課の筋トレを始める。

汗がとめどなくしたたる。

 

日中、簡単な仕事をいくつか片付け、

運動公園を歩き、買い物をして帰る。

 

夜、録画しておいた

「この世界の片隅に」を観る。

2度目だけれど、

とても気になる作品だった。

初回では見逃していた、

新たな発見もあった。

 

しかし、それにしても

この映画は辛いなと思った。

やるせない。

切ない。

呉という港町へいってみたくなった。

そして、丘から港を見下ろし、

時代をさかのぼるのだ。

 

愛おしい日常

死んでいくひと

死んでしまったひと

生きてゆくひと

生きなくてはならないひと

運命のようなものがどうあろうと、

実はたいして変わりはしない…

そんな思考の麻痺がおこるほど、

考えさせられる内容だった。

 

戦争って、のちの平凡な日々、

そして未来のすべての事象を、

おおきく歪めてしまう。

 

映画を観ていてふと気づいた。

終戦の日の8月15日といえば、

親父は確か満州にいたはずだ。

ソ連はすでに日ソ不可侵条約を破棄して、

満州に侵攻していたので、

この頃、親父はもうダメだと思っていた、

のではないか。

 

それでもシベリアでの壮絶といわれた

抑留から、親父は生きて帰ってきた。

昭和23年、終戦から3年経っていたという。

そしてふる里を捨て、

もともと遠縁だった母と結婚し、

横浜の親戚の家に間借りし、

公務員として務めることとなる。

そして姉と私が生まれた。

そこにいったいどういう意味があるのか、

親父が生きて帰ってきたというのは、

ただの偶然なのか。

そんなことをいくら考えても、

いつもいつも分からない。

 

ただ自分が存在することで、

家族ができて、

こんなことをぐだぐたと書いている。

ただ、それだけなのかもしれない。

 

親父が晩年に建てたさいごの家が、

どんどん朽ちてゆく。

そして年々あなたの顔が表情がしぐさが、

記憶のなかでだんだん薄らいでいく。

私は老いてゆく。

 

ただ、時が過ぎてゆくばかり。