さあ、出かけよう! (旅の考察)

 

旅行する機会が減りましたね。

不満が溜まります。

皆そう言う。

ボクもそう思う。

 

人にとって、

旅行は欠かせないものである。

なぜなら、旅行で得られる非日常感が、

日頃のマンネリから解放してくれるからである。

 

という訳で、人には時おりでも非日常がないと、

どうもうんざりしてしまうイキモノらしい。

だから、移動というイベントをやめないのだ。

 

以前、本屋でこんなタイトルの本を目にした。

「旅するように生きる」(作者は不明)

なんか格好いいんですよ、題名がね。

で中身はというと、これが分からない。

なんせ買ってないから。

 

本の帯にはこんなニュアンスのコピーが書いてあった。

―幸せに生きる極意が満載!!―

こういう売り文句に弱いんですが、

この手の本ってだいたい内容が薄くて、

ペラペラなものが多い。

で買わなかった。

けれど、いまさら気になるな。

 

とここで気づいた方もいると思うけれど、

話は旅行ではなく「旅」に移行している。

微妙にスライドしている訳です。

 

旅行も旅も同じじゃねぇ!

との声も聞こえますが、

どうもこの両者には、

いろいろと違いがあるらしいのだ。

 

端的な違いとして、

「旅行」はまず目的地があって、

そこで楽しむのが主であり、

日常を離れて新たなものに触れたりするもの等、

予定調和的なものであるらしい。

対して「旅」は自分でつくるもので、

不確定要素を多分に含み、

その道程に於いて自己を高め、

冒険的要素もある、ということらしい。

 

らしいとは他人事のような書き方だが、

調べると概ねそんなニュアンスなのだ。

 

海の向こうでは、

旅行のことを「トリップ」とか「トラベル」と訳し、

旅を「ジャーニィー」と訳しているんだそうな。

その違いだが、「トリップ」とか「トラベル」は、

比較的短期間で目的のある旅行、

対して「ジャーニィー」は目的までのプロセスを重視し、

そこでの体験から得られるものがある、

または自己成長があるもの、となる。

 

まあ、旅行は自己を解放して楽しむ、

旅は、困難を通して自己を高める、

そんな違いがあるのではなかろうか。

 

旅の話は続く。

 

旅というものを時間軸で捉えると、

私たちは絶えず「時」を移動している「旅人」とも言える。

 

人はひとときも欠かさず、時間の旅を続けている。

そういう意味に於いては、

私たちの人生そのものが、

「旅」なのだとも言えてしまう。

 

こう考えると、

人にとって「旅」は意味深である。

 

時間の旅人か…

 

たとえば仏教に由来する教えに、

「旅」とは、あの世からのきた人が

この世を旅することであり、

この世の生きる姿は

通りすがりの旅人の姿、

ということになるらしい。

 

これはボクが要約したので、

多々間違いがあるような気もするけれど…

 

その旅についてさらに考察すると、

人はいったい次元の異なる旅をするものなのか、

旅の最終は宇宙の果てなのかとか、

興味は果てしなく尽きることがない。

まあ、いくら頭を捻ったところで、

どうにもならないけれどね。

 

さて、冒頭の旅行の話から始まって、

かなりぶっ飛んでしまいました。

けれど、さらに旅の話の続きを、

もう少しだけ。

 

私たちはいわば、

同時代を生きている旅人であるということ。

同時代に生きている関係性って、

なんだか感動しませんか?

それは偶然ではなく、

ボクは必然のような気がしてならない。

 

(「旅人」であるボクたち私たちのどこかに、

潜在的に組み込まれた旅のプログラムがある…)

 

私たちはみな、ライフトラベラーであり、

同じツアーの同伴者なのだ。

さてこのひとときも、旅の途中。

 

おおいに楽しもうではないか。

 

 

憧憬の「山下公園」

 

小学校3年のとき両親に連れられ、

初めて山下公園へ行った。

 

ボクがよく遊んでいた近所の小高い丘から、

遠く横浜港がみえた。

その湾に突き出したように位置しているのが

山下公園だった。

 

でかけてみると、

自宅から山下公園までは、

電車の駅にしてたったの4駅だった。

が、当時はとても遠方にでかけたように感じた。

 

山下公園の海側に設置してあった一回10円の望遠鏡で、

ボクは興味津々に、ほうぼうをのぞいた。

 

きらきらとした海。

その波の上をヨロヨロと進むはしけや、

大桟橋に停留している初めてみる大型船。

 

気持ち良さそうに飛んでいるカモメたち。

 

が対岸に望遠鏡を向けると、

そのあたりにあるであろうボクの住む町は、

工場と煙突ばかりだった。

空はどんよりしていて、

スモッグですすけていた。

 

公園を3人でゆっくりと歩いた。

噴水というものを初めてみた。

歩く両脇には珍しい花が咲き乱れている。

停留している氷川丸の白がまぶしい。

 

対岸のボクの住む町とは、

全くの別世界のように思えた。

 

よく自宅から歩いて工場街の先にある岸壁へ行ったが、

そこはゴミが山のように溢れていて水面がみえない。

イヌやネコの死骸がプカプカと浮かんでいることもあった。

 

その近くにはいつも船が数隻停まっていて、

船上で荷仕事をしているおじさんたちが、

不機嫌そうな顔をして働いていた。

 

おじさんたちがボクらをみつけると、

必ずといっていいほどなにか大声で怒鳴っていた。

 

みなボロボロの服を着ていた。

 

× × × × ×

 

そして、時代は変わり、

ボクは学生になり、社会人となり、

時は夢のように過ぎていってしまったのだ。

 

老いが見えはじめた頃から、

その懐かしさ故、よく、みなとみらい線で

山下公園を訪れるようになった。

 

高速道路が複雑に建設され、

騒々しいあの造船所も、とうの昔になくなり、

臨海部は開発に次ぐ開発で、

昔と全く違う街に生まれ変わった。

 

海沿いの通りをレトロな「あかいくつ」バスが走り、

高層ホテルと大きな観覧車の間をゴンドラが通る。

 

が、相変わらず夕暮どきのこの景色が、

昔のままのように思ってしまうのは

なぜなのだろう?

 

そして昔と同じように、

ボクの住んでいたあの町へ目を向けると、

その数はかなり減ったものの、

相変わらず、立ちのぼる煙は上へ上へと風になびいて

天をめざしている。

 

桜にまつわる話

 

あるときは目黒川で、

またあるときは大田区の洗足池あたりで、

桜の咲く時期になると、

アルコールを煽っていた。

 

いまは一切飲まないが、

若い頃は、花見で酒を飲むというのは、

普段は孤独なフリーにとっては、

仲間で集うことで救いにもなっていた。

そんな気がした。

 

しかし、あるときから、

そんなことはどうでもいいことと、

少し強くなった自分がいた。

 

自分の立ち位置を掴んだ時期でもあった。

 

そして後に全く別の理由だけど、

アルコールをやめることとなった。

 

酔いというものがどうゆうものか、

いまではすっかり忘れてしまった。

 

あのむせるようなソメイヨシノが満開の下で、

濃いアルコールをグイグイと飲んでいたのは、

あれは実は私ではないのでないか、

と思ったりもする。

 

あれはきっと、夢なのだ。

そう思うことにしている。

 

こうして桜を眺めていると、

実にいろいろな春を思い出す。

 

とても辛い思い出は小学校のときの転校だった。

親の都合で3月の中頃に引っ越したので、

編入したクラスでも

中途半端な転校生と言われた。

 

知らない町で友達もできないまま、

3学期も終わってしまい、

やることも話す相手もいないので、

自宅のある新興住宅地の裏の山道を

ひとり歩いていると、

木々の間から可憐な山桜がのぞいた。

その淡い色あいや小ぶりな花が、

寂しい私を少し励ましてくれた、

ような気がしたものだ。

 

先日、桜祭りで有名な観光地を通る機会があった。

そこに人気はなく、無駄に大きな「中止」の看板が、

立てられていた。

 

満開の桜の木々の間を車で通り抜けるとき、

前方の景色が、

ほぼピンクの世界に染まっているように思えた。

 

やたらとまぶしい派手なピンクの世界…

 

ううん、やはりこういうのは苦手なんだと、

改めて気づいた。

 

天気痛とは何か?

妙なタイトルです。

説明するとですね、

低気圧が近づくと、頭痛をはじめいろいろな不調が出る―

これ、天気痛というそうなんです。

 

呼び名もその仕組みも、

最近、解明されたとのこと。

 

この症状をムカシからもってるボクなんぞ、

「やっと解明されたの?」と思っている。

 

では満月の夜にもアタマが痛くなる―

これもボクがもってる症状なのだけど、

どうもまだいまだ解明されていないみたいだ。

 

で天気痛だけど、このことを知ったのは、

NHKの「サイエンスZERO」という番組。

(私はこれ、毎回録画しています)

 

低気圧が近づくと、

耳のなかにある内耳という器官が敏感に反応し、

いろいろな不調を招くのだとか。

 

ふーん、なるほど。

 

この仕組みを解明したのは、内科医のお医者さん。

頭痛の患者さんのつぶやきを聞いているうち、

ハタとひらめいたそうです。

 

「天気と頭痛!!」

 

で、まずは、ネズミで実験を開始しました。

人間とネズミの内耳は似ているからだそうです。

結果、気圧を下げるとネズミも不調になることが判明。

 

正確には大気潮汐(たいきちょうせき)により、

内耳の敏感なひとにいろいろな影響を与える、

ということらしい。

 

大気潮汐(たいきちょうせき)とは、

太陽の放射や月の潮汐力などの影響で発生する、

周期的な地球の大気の運動のこと。

特に大気中層の成層圏や中間圏・熱圏などでは、

顕著な気圧変動や風の変化として観測されるため、潮汐風とも言う。

同様の周期で起こる海陸風とは異なり、

大陸規模であること、

主に1日2回周期で昇圧と降圧を繰り返すことが特徴。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 

んんん?

 

難しいけれど、雰囲気はなんとなく伝わりますよね。

要は、太陽や月の影響で気圧が変わる。

そんな感じかな。

 

季節では春先が多いとのこと。

いまごろですよね?

 

で、どんな薬が効くのかというと、

どうも乗り物酔いの薬とのこと。

 

早速、iPhoneに気圧予報アプリを設置。

乗り物酔いの薬も買いました。

 

備えは万全である。

さあ、いつでも来い、低気圧!

これで長年の不快が取り除かれるのかと思うと、

実にうれしい。

 

がしかし、いまひとつ疑っている自分がいるんだよね。

 

神奈川を一望する―湘南平

だだっ広くて見晴らしのいいところ、ないかな?

閉じこもっていてもいい加減、ストレスが溜まるし。

で、ここがアタマに浮かんだ。

湘南平は、標高約180メートルの高台。

360度のパノラマ。

富士山、丹沢、相模湾と、海も山も一望できる。

「夜景100選」に選ばれているので、夜は絶景だ。

テレビ塔展望台と高麗山公園レストハウス展望台と、

2つの大展望台がある。

春には桜の名所にもなっている。

大磯の海上を飛んでいるヘリコプターが、

展望台から見下ろせるなんて面白い。

木々の間から海がみえる。

普段はあまりないシチュエーションなので、新鮮。

山頂のタワーは、東京タワーからの電波を受けて、

神奈川の山沿いの家々に電波を届ける中継点。

ぐるりと見渡すと、

南はブルーな海がだだっーと広がり、江ノ島がポツンと浮かんでいる。

横浜のランドマークタワーがにょきっと見える。

振り返ると、大山・丹沢山塊に不気味な雲の塊。

富士・箱根方面は霞んでいるなぁ。

伊豆半島は海に張り付いているようだ。

(縁結びの鍵)

 

 

煙となんとかは高いところにのぼる…

とかなんとか陰口が聞こえてきそうだが、

高いところ、好きだなぁ。

そういえばムカシ、占い師にこう言われたことがある。

「あなたの前世は、モンゴルの或る部族の首長で、

いつも高地の平原を馬で駆け巡っていた…」

ホントかよ?

(梅が咲いていました)

 

天国への階段

初めてその夢をみたのは、

確か20代の頃だったように思う。

その後、幾度となくおなじ夢をみた。

その風景に何の意味があるのだろうかと

その都度、考え込んだ。

それとも何かの警告なのか?

 

30代のあるとき、友人と箱根に出かけ、

あちこちをクルマで走り回っていた。

心地のいい陽気。日射しの降り注ぐ日。

季節は春だった。

 

ワインディングロードを走り抜ける。

爽快だった。

が、カーブに差し掛かったとき、

私はこころのなかで「あっ」と叫んだ。

 

そのカーブの先にみえる風景が、

私が夢でみるものと酷似していたからだ。

 

夢のなかで私は、

アスファルトの道をてくてくと歩いている。

どこかの山の中腹あたりの道路らしい。

それがどこの山なのか、そんなことは考えてもいない。

行く先に何があるのかも分からない。

 

陽ざしがとても強くて、暑い。

しかし不思議なことに、全く汗をかいていない。

疲れているという風にも感じない。

 

カーブの先の道の両脇には、

或る一定の間隔で木が植えてある。

その木はどれも背が低くて、

幹が白く乾いている。

太い枝には葉が一枚もない。

 

そのアスファルトの道が、

どこまでも延々と続いていることを、

どうやら私は知っているようなのだ。

 

夢でみた風景が箱根の道ではないことは、

その暑さやとても乾いた空気からも判断できた。

現に箱根のその風景は、

あっという間に旺盛な緑の風景に変わっていたからだ。

 

しかし、それにしても夢でみた景色とそっくりなのが、

不思議でならなかった。

 

夢のなかのその風景は、

メキシコの高地の道路のような気もするし、

南米大陸のどこかの道なのかも知れないと、

あれやこれやと想像をめぐらすのだが、

私が知った風景ではないことは確かだった。

 

つい最近も、仕事の合間のうたた寝の際、

夢の中にその風景が現れた。

 

立ち枯れた木がずっと続くその道の先は、

きっとその山の頂上に続いているのだろうと、

ようやくこのとき私は想像したのだった。

 

酷似した箱根のあの道の先には、

瀟洒なホテルが建っている。

夢に出てくる景色ととても似てはいるが、

やはり違う。

 

ただ、現実にみたその景色が、

私のなかの何かを呼び出したことは、

確かなことなのだ。

 

そこに意味があるように思えた。

「あなたがみた夢を決して忘れないように」と。

 

夢のなかでは、怖さも辛さも感じない。

とても強い陽ざし。

暑さと乾燥した空気。

あたりに風は一切吹いていない。

それは異国のようでもあり、

とても穏やかで静かな時間だった。

 

覚醒した私は思った。

 

頂上にたどり着いた私は、

やがて、空へと続く一本の階段を発見する。

そして、誘われるように、

その階段をテクテクと昇ってゆくのだろうと。

 

もちろん、その階段は天国まで続いている。

 

幸福な時間とは

 

最近、絵を描くことに挑戦しているが、

ぜんぜん上手くならない。

 

雑誌「一枚の繪」もかなり買い込んだ。

ぺらぺらと眺めていても、どれも上手い絵ばかり。

 

Pinterest(ピンタレスト)という画像アプリで、

仕事の空いた時間に世界の名画とか印象派の絵、

ニューヨークアートなどもけっこう丹念にみているが、

やはりため息しか出ない。

 

そのうち、何のプラスにもならないような気がしてきた。

 

そもそも小さいときから絵は下手だったし、

図画工作の時間も苦痛だった。

なのに、中学一年のときの美術の時間に

クリスマスカードを描くことになり、

そのときアタマにパッと絵が浮かんだのだ。

 

雪のなかをトナカイが、

サンタを乗せたソリを引いて疾走している。

背景には北欧の針葉樹が雪をかぶっている。

遠くに赤い家がポツンと建っている。

 

誰でも思いつきそうな絵柄ではあるけれど、

そのときは我ながら「すごい」と思ったのだ。

そして思いついたからには、それを必死で描いた。

こればかりはかっこよく描かなくちゃ…

 

必死で描く理由が他にもあった。

同じクラスの好きな女の子に、

その絵をプレゼントしようと考えていたからだ。

 

結果、先生にも誰にも褒められなかったし、

ひいき目にみても上手いとは言えない出来だった。

 

結局そのクリスマスカードは好きな子に渡すこともなく、

机の引き出しのなかにしまい込んでしまった。

 

けれど、この創作の時間というものには、

思いがけない収穫があった。

夢中で描いていたあの時間が、

あとでとても幸福だったと気づいたからだ。

 

あの濃密な時間は不思議なひとときだった。

 

それはギターの練習でも味わったし、

高校の吹奏楽部でのトランペットの練習でも、

拳法の鍛錬でも味わった。

受験勉強も仕事でも、たびたび感じることができた。

 

それがいわば集中力というものと同じなのか、

僕には分からない。

 

けれど、その基準はきっと、

「時の過ぎるのも忘れてしまう至福のとき」

だったような気がする。

 

 

そしてもうひとつ気づいたことがある。

 

絵が上手いとはどういうことなのか?

その疑問が今日まで続いている。

 

絵画教室というのもあるけれど、

どうも気が進まない。

そういうところで習ったひとの絵を

幾度となくみたことがある。

皆ホントにみるみる絵が上達するし、

上手いとは思うのだけれど、

どれも一様に惹かれるものがないのだ。

 

そこが分からないのだ。

そのあたりが僕の絵に対する謎であり、

いつまで経っても解くことができない

知恵の輪のようなものになっている。

 

幸福な時間の過ごし方の一端は

掴んだような気がするけれど。

 

 

 

コピーライター返上

 

最近つくづく思うのだけれど、

コマーシャルと名の付くものに

惹かれるところが全くない。

これは言い過ぎではない。

 

だって、大半のCMが電波チラシと化しているのだから。

 

番組そのものも、全局を通してほぼつまらない。

もちろん、一部を除いて。

よって観たい番組は録画して、

さらにコマーシャルを飛ばしての鑑賞。

他の人はどうか知らないが、僕はそうしている。

こうした現象は僕だけなのか。

 

広告代理店の評判もよろしくない。

(そんなことはムカシから知っていたが)

それはそうだろう。

あれは利権屋のやることであって、

手数料で太り、末端のギャラは雀の涙。

 

この広告代理店からなる

ピラミッド構造を破壊しない限り、

良いものなんかうまれないし、

第一良いクリエーターが育たない。

そのうち死滅してしまう。

(だから新興勢力が頑張っている訳だが)

 

番組づくりも同様ではないのか。

永らく続いている不況で予算は削られ、

コロナで萎縮し、

新しい企画などやる意欲も、

もはや失せているようにもうかがえる。

 

ネットも同様。

いろいろなチャレンジや暗中模索は続いている。

けれど、ネガティブな面が目立ってしまう。

よく皆が口にする「ウザい」という感想がそうだ。

 

コピーライティングに関して言えば、

中身はほぼセールスレターの大量生産であり、

アレコレと手を変え品を変え、

訪問者を説得しようとする説教のようなものが

延々と続くようなものが主流。

これはもはやコピーではなく、

単なるネチネチとしたtextである。

 

で、僕たちが以前から書いてきたコピーだが、

これが正解かというと、それも違う。

もうそんな時代ではない。

僕たちが以前からやってきたコピーライティングは、

いまでは穴だらけの欠陥品かも知れない。

それが統計に数字で示される。

いまはそういう時代なのだ。

 

では、どんな方向性・スタイルがよいのかと考えても、

いまの僕にはいまひとつよく分からない。

或るアイデアはあるが、まだ試したことはない。

またネット上に幾つか良いものも散見されるが、

まだ暗中模索なのだろう。

新しい芽であることに違いはないのだが。

 

さて、いまという時代は、流れに加速がついている。

よって皆があくせくしている。

その原因は、本格的なデジタル時代に突入したことによる

変容現象とも言えるが、その他にも要因がある。

それが経済的な問題による疲弊であり、

それが相当な比率で絡んでいるのではないかと

僕は考えている。

 

余裕のない生活には、当然だが心の余裕もない。

いまはすべてに於いて何に於いても

即物的になってしまう。

 

「タイムイズマネー」でしか価値を計れない時代に、

誰も余韻を楽しむ余裕などあるハズもなく、

世知辛いとはまさにこの時代のことを指す。

 

とここまで書いて、

「ではコピーライターのキミはいま、

いったい何をやっているのかな?」

と問いかける自分がいる。

 

「僕ですか?

そうですね、越境ECの立ち上げですかね?」

 

「それってコピーライターの職域なんですか?」

 

「できることは何でもやりますよ。

肩書きなんてものはあまり関係ないですね。

特にこれからの時代は」

 

「そういうもんですか?」

 

「そういうもんです、ハイ!」

 

 

新年明けましておめでとうございます

 

新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

最近は、古い映画や音楽ばかり観たり聴いたりしています。

やはり感度のいい時期に接したものは忘れませんね。

 

映画では、クリント・イーストウッドの「許されざる者」が

良かったですね。

彼の当たり役である「ダーティーハリー」シリーズより

もっと古いけれど、まだ観ていない方にはおすすめです。

筋はシンプルだけど、見応えがあります。

 

音楽は、歌謡曲、フォークソングからグループサウンズ、

ソウルミュージック、ジャズ、フュージョンと、

テキトーというかデタラメに聴いています。

 

ここ数日は映画「フットルース」の主題曲にはまってます。

フットルースってどういう意味なのか気になって調べてみたら、

まあ「足のおもむくまま気ままな」でした。

あえて肉付けするなら、

 

―夢ばかり追いかけている風来坊―

―気ままな旅行者―

―好きな所へ行けて好きなことができて…―

 

というような英語の例文が出ていました。

なんかいいですね。

若かりし頃、まさに自身が描いた理想です。

この映画、余計に好きになりました。

 

と言うわけで、

みなさまにとっても良い年でありますように!

 

 

アウトドアで年を越したら…

 

家庭の事情により、若い頃から

年越しはほぼ外で過ごしていた。

(少し不良だった気がするけど)

 

初めて外で年を越したのは中学2年のとき。

学校の友達と二人で川崎大師に行った。

 

京浜急行の川崎大師駅は人で溢れていて、

朝のラッシュアワーと変わらない混み具合。

お寺までは、夜店や屋台がひしめいていて、

とても夜中とは思えない賑やかさだった。

 

ぞろぞろと歩いてようやく行列の最前列。

そこには巨大なさい銭箱があって、

白い布が敷いてある。

100円玉、10円玉、5円玉がどっさりとひしめいている。

そのなかにお札が幾枚もひらひらしていた。

 

あっけにとられてまごまごしていると、

後方からお金がビュンビュンと飛んでくる。

僕は大きなフードの付いたジャンパーを着ていて、

そのフードのなかに

お金がどんどん入ってくるのが分かった。

 

後で屋台のうどんを食いながらフードをのぞくと、

なんとお札も入っていたので、

このお金で横浜駅までタクシーで

帰ろうということになった。

うどんは自前で払った。

 

国道に出て、さてタクシーを拾う段になると、

僕と友人はなんだか急に後ろめたい気持ちになった。

そして、そのさい銭について話し合うこととなった。

 

話の内容はざっとこんなものだった。

このさい銭を投げた人たちのなかには、

必死の思いで年越しで願掛けにきた人たちも

いるのではないか。

そのお金を大師さんに届けることなく、

タクシー代に使ってしまうのは、どうも罪が深い。

これでは罰当たりになってしまう…

 

ということで、

二人はとぼとぼと川崎大師に舞い戻り、

再び行列に並んで

さい銭箱にそのお金を投げ入れた。

 

なんだか時間だけが過ぎてしまい、

時計をみるとすでに午前2時をまわっていた。

駅に行くと電車はすでに止まっていた。

しようがないので二人は横浜をめざして

国道を歩きはじめた。

 

横浜に着く頃には

夜が明けて電車も走り始めるだろうと、

あまい推測で歩いていたが、

国道に吹く海風があまりに冷たくて、

僕らの身体は冷え切ってしまい、

くたくたになってしまった。

 

お互いに話す気も失せてしまい、

だんだんもうろうとしてきた。

 

歩く体力も気力もなくなり、

僕たちはガードレールにもたれかかって、

途方に暮れていた。

 

と、一台のトラックが止まってくれた。

「ヒッチハイクしているのか?」

「いや、まあそんなもんですが」

「どこまで?」

「横浜駅までです」

「通るから乗せてってやるよ」

「ありがとうございます。助かります」

 

偶然というべきか、ラッキーなことって

起きるものなのだと思った。

 

そして相手がどんな人か疑いもせず、

僕たちは極度の疲れからか、

クルマに乗り込むと即、眠り込んでしまった。

 

「君たち起きなさい、横浜駅に着いたぞ」

あわてて僕たちは目を覚ます。

 

そしてそのドライバーさんに

深くお礼をいって駅をめざした。

 

始発が出るまで僕たちは、

プラットフォームで再び眠り込んでしまった。

 

という訳で外での年越し初体験は、

思わぬハプニングに見舞われた。

 

この一件で僕のなかでは、

後のいい教訓となった。

曰く、もう少し計画性をもてと。

 

その後、箱根の強羅付近を歩いていて、

年がかわったことがある。

また河口湖のスケートリンクで年を越したこともある。

いずれも酷寒だったけれど、

前もって防寒服と食料と飲料を準備していたので、

楽しく年を越すことができた。

 

エネルギーが溢れていた頃だから、

何かをしないではいられない。

そんな気持ちも、

外での年越しを後押ししていたような気がする。

 

にしても、さい銭泥棒にだけには

ならなくて良かったと思っている。

いまさらながら。