花束をあげよう

 

花束って、

もらうととてもうれしい

あげてもやはりうれしい

 

そこにはきもちっていう

不思議なものを伝える

電気とか空気振動にも似た

見えない伝達機能のようなものが存在していて

ちょっとした感動がうまれたりする

 

赤いバラの花、カーネーション、真っ白なユリのはな

黄色いスィートピー、すがすがしいキキョウの紫

そしてカスミソウ、麦の穂やら

 

いろいろな花でにぎわって

いろいろな色が交りあって

想いが込められて

花束はあたらしい生命に生まれ変わる

 

とても幸せないっしゅんは

きもちを伝える方も

受けとる側も

 

花の命はみじかいけれど

とてもしあわせな命

 

 

夏の少年

 

半ズボンのポケットのなか

ビー玉がジャラジャラと重くて

手を突っ込んでそのひとつをつまむと

指にひんやりとまあるい感触

 

強い陽ざしにそのガラスを照らし

屈折が放つ光の不思議に魅せられて

しばらくそれを眺めていた

 

猛烈にうるさい蝉の音が響き回る境内

 

水道水をゴクゴク飲んで

頭から水をかぶり

汗だか水だか

びしょびしょのままで

境内のわき道をぬけ

再び竹やぶに分け入る

そんな夏を過ごしていた

 

陽も傾いて

気がつくと猛烈に腹が減っている

 

銀ヤンマがスイスイと目の前を横切っても

のっそりと葉の上を歩くカミキリムシにも

もう興味はうせて

空腹のことしか頭にないから

みんなトボトボと歩きだす

 

道ばたの民家から

魚を焼くけむりとにおい

かまどから立ちのぼる湯気

とたんに家が恋しくなって

疲れた躰で足早に山をくだる

 

あの頃のぼくらの世界は

たったそれだけだった

きのうあしたは

意識の外のじかんだった

今日という日だけを

精いっぱい生きていた

 

町内のあの山の向こうはわからない

あの川の先になにがあるのか知らない

 

僕らの信じられる世界は

たったそれだけで完結していた

 

 

 

夜の饒舌

 

常識や日常

いや信仰さえも崩れ落ち

世界は誰もが終末を口にし

神さえ疑わしい日から

幾年 幾月が過ぎた

 

月ってきれいだなと

ある日ベッドを窓辺に移し

文庫本ひとつを手に

和室の灯りを消し

すだれ越しに夜空を見あげれば

平安の時代から変わらないであろう

月あかりはやはり穏やかで

雲の流れる様が

ロマンチックなスクリーンのように

真夜中の空は饒舌だった

 

思わず本を置いて

見とれていると

どこからともなく

静かに 静かに

草の音 虫の音

 

なんと

平和な音じゃないか

平安の夜である

 

指揮者が不在でも

月夜の晩に必ずひらかれる

夜会

 

いまだ混沌の世の中で

誰もが疲れているけれど

このひととき

この瞬間

 

やはり神に祈ろうかと

 

 

 

 

空をあげよう

 

この絵の真ん中に

一本道があるだろ

その遙か先に

実は

薄く水色にのびる地平線があってね

その上に大きく広がっているのが

僕の空なんだ

 

想像してくれないか

あとはもう描くスペースがないからね

 

思えば

空って

泣いたり笑ったり怒ったりと

ホントに忙しい

ああ

僕と同じだって…

気まぐれで面倒

ときには心変わりだってするし

 

でも

空には

おひさまも

お月さまも

星もある

誰だって輝くものを

きっと幾つももっていて

それと同じなんだと

 

そして空は

宇宙へと続く

 

僕には到底描けないけれど

そんな僕の空を

受け取ってくれないか

 

 

長い舌

 

なにが面白いのか

みんなケラケラと笑っている

人だかりの向こうでひとりの男が樽の上に乗り

口から火を吹き

目を見開いているのがみえた

赤い奇妙な衣装を身につけたその男が

今度は槍をみんなに向けて突くマネをする

笑った顔から突き出た長い舌は真っ白で

白目に血管が浮き出ているのが遠目にも分かる

そんな大道芸が

最近町のあちこちに現れては人目を惹いては

人だかりができるのだ

僕はあの火を吹いた男を以前見たことがあるが

それが何処だったか

とんと思い出せない

なぜだか嫌な予感がして

背筋に悪寒が走った

部屋に戻ってテレビをつけると

見慣れない男と女が裸で絡み合っている

男が横になった女に呟いた

「愛しているよ…」

直後に男がカメラに振り返り

ペロっと長い舌を出した

その薄汚れた灰色の舌には

冗談というシールが貼られていた

僕はなんだか息苦しくなり

窓を全開にすると

いままでかいだこともない異臭が鼻をつく

遠くで何かが炸裂する音がしている

窓下の通りを数人の男達が走りながら

「やっちまえ、やっちまえ!」と絶叫していた

胸騒ぎが起きて

洗面所に走って行って顔を洗うと

赤く濁った

いままで見たこともない液体がとめどなく流れ

僕はその場で卒倒してしまった

どのくらい経っただろうか?

うなるような轟音の音で目が醒めると

外はどんよりと暗くなっている

窓に近寄り空を見上げると

見知らぬ飛行物体が上空を埋め尽くしている

咄嗟に逃げようと駆け出すと

今度は足元から地鳴りがして

部屋全体がガタガタと揺れ

僕は立っていられなくなり

そのまま窓の枠にしがみつく

窓下を

あの大道芸に集まっていた人達が

悲鳴をあげて逃げ惑っている

僕はあの大道芸の男の顔を

やっと思い出したのだが…

 

 

 

東京詩人

 

詩人はいつも

ビルの谷間を歩き

3番線のホームに立ち

そして地下鉄東西線に乗って

暗闇のなかの景色から

着想したりしていた

 

あるとき

野山を吹く風のように

詩人は海を渡り

砂漠を横断し

ヒマラヤで眠りについた

 

そこで空を昇る術を手に入れ

詩人は大気圏を脱出し

天を垣間見たりした

 

ときに詩人は

そうして天の川に身を浸し

ほうぼうを思索したりした

 

そんな話を誰にもしたことがない

妻や子供にも言わなかった

 

詩人は実は一編の詩も

まともにかけない詩人だったが

あなたの夢に

すっと入り込むことはできる

しあわせな朝が

訪れますようにと

 

詩人の詩人たる所以である

 

 

(本編は、過去に掲載したものを編集し、再掲載しました)

 

ふる里へ帰ろう

 

六つ年上の兄は

心臓を患って

そのまま帰らなかった

 

弔いの日

長い列の頭上を

カラスたちが舞っていた

 

その夜

残って崩れて散らかった

鮨の巻物と濃いみそ汁を

うつむいて食べた

 

それからよっつの秋が巡り

翌年学校を出ると

私の都会暮らしが始まった

 

それから26年が過ぎて

 

或る日

仕事帰りの空に

茜色が広がっているのをみた

 

もうカラスはいなかったけれど

兄のいなくなった母屋の

かたい畳の手触りが蘇る

 

ビルのあちこちに

うっそうとした森が現れる

車で溢れたアスファルトは

ゆるやかな川の流れとなって

 

「時計のねじを

もう一度

巻き戻そう」

 

私はあの日と同じ

詰襟を着た少年となって

地下鉄の降り口を

下っていった

 

東京詩人

 

詩人はいつも

ビルの谷間を歩き

3番線のホームに立ち

そして地下鉄東西線に乗って

暗闇のなかの景色から

着想したりしていた

 

あるとき

野山を吹く風のように

詩人は海を渡り

砂漠を横断し

ヒマラヤで眠りについた

 

そこで空を昇る術を手に入れ

詩人は大気圏を脱出し

天を垣間見たりした

 

ときに詩人は

そうして天の川に身を浸し

ほうぼうを思索したりした

 

そんな話を誰にもしたことがない

妻や子供にも言わなかった

 

詩人は実は一編の詩も

まともにかけない詩人だったが

あなたの夢に

すっと入り込むことはできる

 

しあわせな朝が

訪れますようにと

 

 

詩人の詩人たる所以である

 

空のアーティスト

 

大空を専門に描くアーティストがいて

これは誰なのか?

青空の色とグラデーションの具合

雲の形状で季節だって表せる

ときに風だって表現する実力の持ち主

わかりません

 

そして太陽や月や星…

あっ、あれは神様からのプレゼントです

 

 

 

 

哲学的満月の夜

 

 

僕らが眺めているこの夜空に

なにか知らない

もうひとつの世界が広がっていて

ときにその騒がしさが漏れるのが

満月の夜

この世界しか知らない僕らは

とてもちっぽけな田舎者なのだろう

 

 

 

たき火の安息

 

 

生きていると楽しい いや疲れる

とにかく煩わしさはいつもついてまわるから

安息のときは必要だ

食う 寝る他になにかないものか

日常だけではホントの自分を見失うから…

そこにあたたかい火があって

揺れる炎が僕を惑わしてくれて

遠くで鳥が鳴く

川のせせらぎがとおくに響く

こうして時間は消滅する

 

 

 

晩秋のうた

 

 

空を見上げ

鳥になりたいと仰ぐか

その向こうにひろがる宇宙に想念するか、

はて、ロマンチストはどちら…

 

 

 

人の秋と思う。

たわわに実るも腐るも

収穫のうれしさ 逃げてしまった想い

全て己が育てたのだ

 

 

 

冬のイタリア・トスカーナで

全く言葉の通じない少女に話しかけられて。

では真夏の湘南で遭いましょうと

 

 

 

ちょっと腰が重いけれど

人生の再起動だな。

さあ 夢に向かって死に向かって

 

 

 

真っ直ぐな眼で見ていたのは

怨んでいたのか愛しいからか。

それが分からないから

僕はいまでも途方に暮れる