○○心理研究所って看板をみたら、
そしてそのビルがとても古かったりしたら、
その時点でなにかうさん臭いものが漂っています。
負けず、私はその研究所のブザーを鳴らしました。
とてもおだやかそうな白衣を着た、
そうですねぇ、年の頃なら40代とおぼしき
横分け頭の研究者らしき男の人があらわれ、
「××さんですね、さっどうぞ中へ」
と促され、中へ足を踏み入れる。
古い緑色のソファに座る。
「少し、待っていてくださいね」
やさしそうな笑顔はそんなにあやしそうではなかった。
ソファの前の本棚には、やはり心理学とか臨床…とか、
ハードカバーの書籍がずらっと並んでいる。
その部屋には私以外、誰もいない。
隣の部屋は、医者でいえば診療室みたいなものらしく、
女性の相談者が延々となにか話している。
話の中身は分からない。
が、とうとうと何かを訴えているようなのだ。
先生とおぼしき人の相づちだけが、規則正しく聞こえてくる。
15分ほどして、その患者さんも納得できたようだ。
先生のボソボソっとした声が聞こえ、
女性の笑い声が響いた。
なんかこっちまでほっとしてしまう。
ふたりの足音がこちらへ近づいてきた。
終わったようだ。
茶色のロングヘアの女性があらわれた。
やせ型の美しいひとだった。
続けて先生らしき人が、にこにこしながら、
小さな化粧品のボトルのようなものを、
その女性に手渡した。
にこっとして「いつものですね?」と言って、
それを受け取る。
とても自然なやりとりにみえた。
と、ここまで書いて、
この話はながーくなりそうなことに気づく。
私がなぜこの○○研究所にでかけたか、
という事情はやたらプライバシーにかかわるので、
割愛させてもらう。
いや、のちほど話すけどね。
私は、この研究所で出している、
小さな化粧品のボトルに入っている「水」について
書きたかった。
「この水は、一見水ではありますが、
私たちの知っている水とは全く違う水です。
味はもちろん無味無臭です。分子構造が全く異なります。
大事に扱ってください。必ず冷暗所に保存してください。」
………
ということなのだ。
この水の値段は、一本¥18,000もする。
とても高価なものなのだ。
毎食後に数滴なめる。
それだけで、あらゆる症状を軽減させる効果がある。
おっとなめる前にボトルを20回ほど振る、
という儀式があった。
これをやらないと効果があらわれない。
これは、先生とおぼしきひとが言ったことだけど。
私は、この水を合計3本購入した。
1本なんかあっという間になくなってしまう。
あるとき、この水について考えた。
そのときビールを飲んでいたので、
ボトルをさんざん振り回して
ヤケクソでとくとくとジョッキにたらし、
贅沢に飲み干した。
それ以来、その水を買うのをやめた。
そのうち、仕事が忙しくなって、
水のことはすっかり忘れていた。
その研究所のこともすっかり忘れていた。
私の症状はすっかり改善していた。
それはとても単純なことで、
辛い貧乏を脱出できたからだった。
簡単にいうとそういうことだと思う。
あんな高価な水の費用を
ひねり出す苦労もなくなった。
稼いだお金で、アパートを引っ越した。
今度は、縁起の良さそうな部屋だった。
実は、私はてっきり「うつ」だと思って
その研究所を訪ねたのだが、
よくよく思うに貧乏だった、
それしか分からない。
うーん、いまでも自らの症状も、
そして突飛な行動も、
全く分析できないでいる。
もう30年もむかしのこと。