丹沢山塊の頭が、うっすらと白く化粧している。
2月の風の強い日に、
僕は空に吹き飛んだ白い雲のちぎれを見に、
視野の広がる場所を探して、クルマを動かしていた。
国道を逸れ、細く急な坂道を下ると、
里山を臨む河川沿いに出る。
そこは駐車場が整備され、数台のクルマがとまっていた。
河原の土手の道を、中年のマラソンランナーがのんびり通り過ぎる。
近所の農家のおばさんたちが、駐車場の先の公園で談笑している。
快晴。
きれぎれの雲はもう東へと流れて、
真冬の日射しだけが、吹く風を通り抜け、
あたりの景色を明るく照らす。
ほぼ、空全体が見渡せるほどの広大な河川敷に立つと、
空を遮るものは、遠方の丹沢の連なりだけとなる。
枯れた色の田園の向こうにこんもりした丘があって、
鳥居が傾いて立っている。
その後方に控えた里山の麓には、ぽつぽつ民家が並び、
模型のような絵柄が僕はとても気にいった。
川沿いを歩きながら水を覗くと、
大きな鯉がゆったりと泳いでいる。
上流に向かって歩くと、カモの家族だろうか?
小ガモも混じって行列をつくり、みな同じ動作で
川を下ってゆく。
と、頭上に大きな影が現れ、
影は水面に沿って上流へと羽ばたいた。
その大きな鳥は悠然と羽をひろげ、
幅は優に2㍍を超えているようにみえる。
足を早め、鳥の舞い降りる水田跡へと走った。
薄青いその勇姿は、舞い降りた途端、微動だにせず、
直立して首をもたげたまま、
山並みをみつめているようにみえる。
空の白いちぎれは、もうとっくに東に流れていて、
寒風のなかの太陽がぎらつく。
そのきりっとした勇姿にみとれた僕は、少しづつ間合いを詰める。
大鳥は依然、首すら動かさず、山の方に向いている。
あぜ道を降りて僕は更に距離を詰め、カメラを構える。
そのとき、勇姿は一切こちらを振り向きもせずに、
ふわぁっと大空に舞い上がった。
翼に陽が一瞬反射し、僕は目を細めた。
次の瞬間、翼はより大きくなり、
それは西洋の紋章のマークのような美しさを描いて羽を広げ、
ゆっくりと里山の方へと羽ばたいていった。
その姿を見たのは、僕だけだったように思う。
帰ってネットで調べると、
どうも青サギという鳥に似ている。
あれから数回、カメラを手にその河川敷へ出かけている。
しかし、あの勇姿には、いまだ出会えてはいない。