走るおっさん

最近はジョギングブームなので、老いも若きも走っている。

私も近くの運動公園へちょくちょく行くが、

ホントにみんな元気に走っている。

で、私の場合は歩くのみ。

それだけ。

たまに、ちょっとまねごとで走ってみるが、

慣れていないから、これが辛い。

ハァハアとすぐ息が上がってしまう。

「みんな凄いなぁ」

私がぼぉっとして歩いていると、

いつものように、横をスッと走り抜けるおっさんがいる。

いつもみかけるこの方、痩せ形ですらっとした体型で、

みたところ、年はかなりいっている。

定年も迎え、ジョギングに没頭しました、という感じ。

真冬だというのに、薄い紺のウインドブレーカーのみで疾走。

で、いつも息なんか全然乱れていないのがこのおっさんの特徴なのだ。

思えば、彼を初めて見かけたのは、いまから2年前になる。

夏のクソ暑い日の午後、景色もとろけそうななか、

私が冷えた缶コーヒーを飲みながら日陰で涼んでいると、

誰も走っていない公園の外周コースを汗だくで黙々と走っているのが、

このおっさんだった。

以来、会う度、彼は常に走っているのだ。

そのなんというか、情熱っていうのかな?

このおっさんのひたむきさは例えば修行僧のようでもあり、

マラソン大会を控えた体育会系の学生のようでもあり、

さらにいえば、

この「おっさん」といういきものが、

本能のままに走っているようにも思えるのだ。

私は、この方が他の人と談笑したりゴロンとしていたり、

ドリンクを飲んでいたりするのを一度もみたことがない。

おおげさだが、おっさんは常に走っているのだ。

とまらない。

で、24時間走り、365日走っている妄想が、

もう私のアタマで固まってしまった。

時々、表情をちらっと覗くのだが、これが分からない。

楽しそうという感じではなく、そうかといっ辛い感じもない。

強いて挙げれば、無表情という表情をちらつかせる。

で、或る日このおっさんはなぜこんなにいつも走っているのかを、

私は無意識に考えていた。

子育てもとっくに終わったろうし、

家では長年連れ添った奥さんが?

いや、ひょっとすると先立たれたのかな、とか…

で、いまは独り暮らし。

趣味もこれといってつくる暇がなかったんだよな。

現役の頃は、中堅の工場の現場で部長職を努めていたが、

いまはそのつきあいもなくなり、近所づきあいもなく、

やることといったら3度の食事と寝ること以外になし。

おっと、テレビは大好きだっだ。

なので、テレビショッピングの商品にも蘊蓄を傾ける。

で、このおっさんが或る日テレビを観ていると、

「頑張れ!中年」みたいな番組をやっていて、

その日はジョギング特集だった。

「家のなかでいつもゴロゴロしていては健康に長生きできませんよ」

とかいうフレーズにちょっと心を動かされ、

これなら俺にもできるかな、と…

ちょっと走ってみようかな、と。

で、このおっさん、情熱の冷めない翌日に、

即イオンのスポーツ用品売り場にでかけ、

店員さんのいわれるままにジョギング用品を買い揃えました。

で、ここからおっさんの伝説が始まった…

以上は私の妄想なのですが、どうもこれ以外に出てこないんだよな。

クリエィテイブなストーリーが全然出てこない訳。

これには、さらに続きがあって、

人は走り始めると止まらない、という仮説も考えてみた。

いきものはみな、

一端走るのをやめてしまうと死んでしまうという恐怖に取り憑かれるのではないか、

という、もう仮説ではなく、また妄想ですね。

これはマグロなんかもそうだが、泳いでいる限り生きている、

生きていられる、という本能が芽生えてしまった例として考えた。

で、たどり着いた結論が、

このおっさんは走っている限り死なないと信じている、ということ。

裏を返せば、走るのをやめると死が待っている、ということ。

エンドルフィンという心地よくなる脳内物質が、

ランニングハイのときに放出されるというので、

この説も一時考えたが、

このおっさんをイメージする限り、私はこの説を自ら一蹴した。

だって、

もっとどろんとした湖底に沈む妖気のようなものを感じる訳。

今日もあのおっさんは、あの運動公園で走っているのかな?

というか、どうか走っていてくださいよ!

でないと、怖い!

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