湘南ホテル
以前、鵠沼海岸沿いに湘南ホテルというのがあった。
新しくはないが、結構、建物が洒落ていたので、
私はかなり気に入っていた。
外観は洋風で、重厚。
しかし、威圧感のようなものがない。
薄い緑色の外観が美しかった。
窓からは、国道134号線を隔てて、海が見える。
静かな夏の早朝には、波の音も聞こえた。
小振りだが室内プールもあって、
真夏のカラダを冷やすのに最適だった。
実は、
この海岸沿いの道を学生時代からずっと通っていて、
ホテルの存在を、私は全く知らなかった。
中年になってふとしたきっかけで知ったのだが、
そのときはすでに閉館が決まっていた。
そこそこ繁盛していたように思うが、
このホテルは個人オーナーのものだったので、
閉鎖は、相続の問題も絡んでいたらしい。
とても残念だった。
現在、この跡地に瀟洒なマンションが並らぶ。
時折、前を通ると、
あの夏の日の、家族の笑顔が浮かぶ。
なぎさホテル
逗子のなぎさホテルの外観は小振りで、
見るからに古い洋館の造りだった。
海沿いを走っていると、こんもりとした緑の中に
ポツネンと佇んでいる。
若いひとから見ると、単なる古い洋館だ。
一見、時代に取り残されたように建っている。
しかし、一端中へ入ると、
黒光りする柱や漆喰の美しい壁が、訪れたひとを魅了する。
私はここを、自ら取材と称して選んで泊まったが、
ホテルのスタッフの方々の対応も、そして食事も、
とても満足のゆくものだった。
もうだいぶ前に取り壊されたが、
作家の伊集院静さんが若い頃、
このホテルの居候をしたことがあるという。
そして後年、「なぎさホテル」という本を出版している。
彼にして、それほど思い出深く、
居候になるほど癒やされる、
素敵なホテルだったのだろう。
ホテルパシィフィック
ホテルパシィフィックは、
茅ヶ崎の海沿いに忽然と姿を現すホテルだった。
古いホテルにしてはタワー型で、
当時としては画期的な建築物だったように思う。
このホテルを知ったのは学生時代で、
波乗りのポイントが近所だったことから知った。
高級ホテルだったので、
私は最上階の喫茶しか利用したことはないが、
ここからは、湘南の海が一望できた。
海を見下ろすという感覚は、ここが初めてだったように思う。
一時、あの加山雄三さんのもちものであったし、
また、サザンの桑田さんも歌っているように、
皆に思い出深い、存在感のあるホテルだった。
湘南から姿を消した名ホテルは、
ときを経て、私のなかでより美しさを増す。
現存しているホテルでいまでも気になるのは、
大磯プリンスホテルと鎌倉プリンスホテルだ。
大磯プリンスホテルはクラシックホテルになれず、
ただ建物ばかりが古びている。
まわりにこれといった観光地もない。
しかし、広い敷地がとても贅沢に使われていて、
空と海の広がりを堪能できる。
ここからの海の眺めは、湘南随一。
ホテルの前の西湘バイパスがなければ、
とても静かなのだが…
しかし、希有の景勝地に変わりない。
鎌倉プリンスホテルは、
七里ヶ浜の丘の上の高級住宅地に建っている。
プリンス系列のホテルにしては、こじんまりしている。
プリンスホテルは、どこも高台が好きなようで、
いまはもうない横浜の磯子プリンスホテルも、
横浜の海を見下ろす高台にあった。
鎌倉プリンスは、各部屋がビラのように、
丘の上に長く延びる3階建て。
正面の部屋は、海を真向かいに見て、
他は江ノ島方向を向いている。
どの部屋もハズレがなく、
山側という部屋がないので、たいした格差がないのが良い。
最近、ホテルをまるごとリニューアルして、
全室禁煙にしたので、もう私は行かないが、
あのホテルはなんというか、
隠れ家のような魅力がある。
海辺に建つホテルはどれも美しく、
私の湘南の思い出は、
海沿いの134号線を走る度、
それは潮の薫りに乗って浮かんではまた消えてしまう、
蜃気楼のようなものである。