いまでこそ蒼々たるホテルが建ち並ぶ横浜だが、
これもつい最近のことのように感じる。
私の「最近」という感覚は10年単位だから、
正確さには欠けるが、そこは勘弁。
新進の大型ホテルは、だいたいがみなとみらい地区か、
新横浜駅周辺に集まっている。
特にみなとみらい地区は、ランドマークタワーにある
ロイヤルパークホテルをはじめ、
インターコンチネンタルホテル、横浜ベイホテルなど、
かなり林立している。
このあたりに幾度か宿泊したことがあるが、
こちらの感覚からすると、横浜というより、
なんというか、
東京のお台場地区となんら変わらない。
加えてゴージャスな夜景を眺めていると、
無国籍な場所に佇んでいるようで、
どうも気持ちが落ち着かない。
ゆっくりしたいな、と心底思うときは、
やはり山下公園近くのホテルをとる。
規模は大きくないが、少し廃れがちに、
がしかし、
由緒あるホテルがある。
この付近は、みなとみらい地区に比べると、
夜もさっと人が退ける。
それが寂しくもあり、
こちらとしては嬉しいのだが…
通り沿いを歩くと、店数は少ないが、
ポツポツと良い店がある。
ホテルニューグランド内のカフェも、
そのひとつだ。
重厚な石造りの建物に一歩足を踏み入れると、
きらびやかさや派手さはなく、
クラシックホテル内の店にふさわしく、
気品と格調が漂う。
本館(旧館)の入口近くにあるこのカフェは、
椅子もテーブルもゆったりしていて、
窓際の席からは、
山下公園沿いの通りを眺められる。
特に、陽が落ちてからの窓の外は、
明るすぎない街路灯と並木道で、
ぐっとシックな絵となる。
私は、ここへ来ると必ず中庭に出てみる。
歩いて、芝生、石畳、石像と眺める。
どれもが古くも情緒があり、
ゆったりとした気持ちにさせてくれる。
新館ができる前、この本館へは幾度か宿泊したが、
やはりクラシックホテルの名にふさわしく、
部屋のドアの磨き込まれた真鍮製の取っ手や、
ベッド脇のクラシカルなスタンドが印象深い。
ワードローブや調度品も、年代物だ。
エントランスから2階へ上がる階段は広く、
そのラインが優雅なアールを描く。
とりわけ、艶光りする木製の手すりが目を惹く。
足元に敷かれた赤いジュータンも、
踏みしめる毎の感触に、その優雅さが伝わる。
この階段下のすぐ横に、
あの伝説のバー「シーガーディアン」がある。
サザンの歌の歌詞にも出てくる、例の店だ。
私はアルコールをやめたので入らないが、
横を通る度にちらっと店内を見ると、
紳士・淑女とおぼしき方々がカウンターに腰掛け、
くつろいでいるのが見受けられる。
ちょっと、敷居が高い。
戦後、マッカーサーが厚木基地に降り立ち、
ここを常宿としたことは有名らしいが、
私はこの話をつい10年くらい前に知った。
また、皇族をはじめ、イギリスの王室や、
あのチャーリー・チャップリンも、
ここを訪れたという。
いまは日本発のイタリアンレシピの定番である、
ナポリタンスパゲッティやドリアも、
当時のこのホテルの厨房が考案したものと、
あるテレビ番組を観て知った。
私はそうしたことをなにも知らず、
ただこのホテルが好きで足を運んでいたのだが…
歴史的なエピソードが幾重にも重なり、
そのひとつひとつが物語として成立している、
ホテルニューグランド。
クラシックホテルの名に恥じないその趣が、
私だけでなく、
ここを訪れる多くの人たちを魅了するのだろう。