80年代の中頃、
僕はまだ広告制作のいろはも知らないまま、
とある広告会社のコピーライターとして、
来る日も来る日も会社に寝泊まりしながら
コピーを書いていた。
ちっとも上手く書けない。
上達すらしていないんじゃないか?
いつもそんな焦燥感を味わっていた。
が、営業は、仕事を途切れることなくもってくるので、
無責任にも書き続ける他はない。
そうなると、
やはりアタマのバランスというものは崩れるもので、
仕事の最中、急にお香を焚いて目をつむったり、
デスクから逃げるように、
屋上へ上がってTシャツなんかを脱ぎ捨て、
ビールを飲みながら寝転がったりしていた。
そうでもしないと、イカレてしまうと思った。
こんなことを今やったら、即クビだろう。
会社は原宿のセントラルアパートにあったので、
夜な夜な渋谷で飲んでいた。
こうして切れ目のない日々が続いた。
その夜も、
同僚のコピーライターと渋谷でクダを巻いていたのだが、
いま思い出しても、この同僚とはどういう訳か、
広告がどうしたこうしたという話は、
一切しなかった。
話題は、女の子。
そして、ソウル・ミュージックに限定されていた。
リズム・アンド・ブルースの話でだいたい盛り上がるか、
やはりTVでソウル・トレインが流行っていた頃の
モータウンの裏話に始まり、
それに続くバンプとかファンキー・ミュージックの話に繋がる。
こんな流れだったように思う。
こっちはソウル・ミュージックは大好きだが、
なんせ、この同僚の知識がすさまじいので、
防戦の如く、聞くことに徹していたのだが、
同僚は、
たまにこんな事を聞いてくるのである。
「最近のマーカス・ミラーのメローな音づくり、どう思う?」
「………うーん、いいんじゃねぇ………」
そんなことしか言えない僕だった。
で、お互いに疲れをごまかすため、
眠さを堪えて飲んでいるのだが、
とにかく体中がダルいので、
自然と寝転がるようなだらしない格好になる。
と、唐突に同僚がこう言うのだった。
「いま来ているよ」
「何が? 誰が?」
「ダズ・バンド」
「エーッ、何処に?」
「ここ渋谷、すぐそこ。
屋根裏に来ているらしいんだ」
続けて「噂だけどね」
とのたまった。
「行ってみようか?」
「いや、だるいんだよ。眠いし…、
だから言いたくなかったんだよ」
同僚も連日の疲れで、目が半目になっている。
こっちも同じ状態である。
そこで思い出したのだ。
僕たち二人は、この居酒屋を出たら、
再び会社に戻って、
もう一仕事しなくてはならない身だったのだ。
朝一の締め切りが、数本あったのを思い出し、
憂鬱な時間が流れる。
「屋根裏か、あそこのライブっていいよな…」
「ダズ・バンドだぜ! なのに僕たち、仕事なんだよな」
「今度はいつ来日するの?」
「当分来ないと思う。だって向こうじゃいまヒットチャート急上昇だぜ。
こっちでも3ヶ月後には、間違いなく大ブレークだよ」
「じゃあ、今日が最後のチャンス」
「そうなるね、もう間近じゃ見れない存在になっちまうよ」
「………」
僕と同僚は、そのときクビを覚悟した。
眠いカラダにムチ打って、二人で屋根裏へ走った。
マニアのみのライブとはいえ、会場の中は超満員だった。
そこには確かにダズ・バンドがいて、
最高のパフォーマンスを披露してくれた。
朝一の締め切りなんていうのは
何ひとつ間に合わなかったが、
営業に事情を話すと、ありがたいことに、
彼らが先方へアタマを下げに出向いてくれた。
この後にいろいろな事があって、
嫌な事もいっぱい経験して、
私はその会社を辞めた。
しかし産まれたばかりの長男もいたので、
休暇は許されない。
心機一転、
僕は友人たちと、赤坂で会社を立ち上げた。
僕が、本気になる前のくだらない話である。
しかし、いまでもダズ・バンド、
好きだな!