六本木ケバブ

●友人の画廊バーを探す

南北線六本木一丁目を降りると、

さてそこがどこかよく分からない。

南北線ははじめてだ。

なので、地下にいる時点で現在地が分からないのは

織り込み済みなのだが、やはり不安だ。

地下から這い上がるように

エレベーターをグングンあがる。

と、どうも全く知らない真新しいビルの中にいるらしい。

(どこだ、ここは?)

地上に出ると、車の喧噪が飛び込んでくる。

真新しい巨大ビルが林立している。

しばらくあたりをキョロキョロし、

改めてビルを見上げていると首が痛くなった。

なんとなく場所の検討をつける。

もうあたりは暗い。

ビルの窓からこぼれる明かりがきれいだ。

帰りのビジネスマンが足早に通り過ぎてゆく。

みんな身なりがきちっとしているなぁ。

男も女も若くてかっこいいのばかり。

どうもIT系企業とかが多いような気がすると、

勝手に解釈する。

場違いな居心地の悪さが加速する。

昔の記憶を頼りに、

飯倉方面と思われる方向に歩き出す。

自信はないが、飯倉は溜池方向から歩いて

坂のてっぺんだったしな。

坂道をテクテク歩いていると、

見覚えのある古い町並みの一角を、

道路の向こう側に発見。

あの路地の先に曲がり角があって、

どうもその先にあるマンションだろうと推測する。

ポルシェだのベンツだのアウディだの高級車が

普通に走っている不思議。

なんだか凄いぞ、ニッポン!

いや、TOKIOか。

と同時に運転している奴らの顔が

皆あやしく見えてくる。

………

まあいいかといい加減に邪推をやめ、

横断歩道をとぼとぼと渡る。

路地の一角にコンビニがあったので、

そこでアイスコーヒーを買い再びてくてくと歩き出す。

細い路地の角に

○○坂の木の目印があったのでひと安心、

スッと胸を撫で下ろす。

このあたりはだいたい坂に名前が付いているので、

地番より分かりやすい。

古い友人がマスターをやっている画廊バーは、

この角を過ぎたすぐ横のマンションの半地下にあった。

敷地に黄色い花が旺盛に咲いていたので、

それが目印だった。

「黄色い花が目印だぜ!」

友人の渋い声が頭の中で響く。

なんだか不似合な感じがした。

●ノンアルコールでもリラックス

階段を下り重厚なドアをあけると

古い友人はカウンターの向こうで、

満面の笑みを見せてくれた。

相変わらずやさしく味のある顔をしている。

スキンヘッドと白いヒゲが奴のトレードマーク。

かつて同じ会社で、コピーライターとして机を並べていた。

そういえばこの友人は、

書くコピーもなかなかあったかいものが多かった。

やはり文って人柄なんだと、ふと思う。

ドリンクそしてとりあえずピーナッツをかじりながら、

昔話に花が咲く。

もう酒はのまないので、

久しぶりのカウンター席がどうも馴染まないけれど、

しばらく座って話に高じていると

カウンターの居心地もまんざらでもない。

これも奴のパーソナリティーの力なのか。

ソフトドリンクでかなりリラックスできるのだから。

お互いの近況を報告し合い、

なぜか同時に最近の仕事の依頼は面白くないな、

そして安いなぁとの意見で一致をみる。

さらに話は広告から映る社会論に発展し、

この世知辛い世の中で

果たしてコピーやデザインやアートはどこへ行くのか?

まあ、結論はほぼ同意見だったのが面白い。

ところでお互いが最後に会ったのは、

いつだったっけと二人して首をひねる。

記憶を辿ると、30代の半ばだった。

それが中目黒の寿司屋その日はどしゃ降り説と、

奴がオートバイ事故を起こして私がお見舞いに行った説と、

ふたつ出たが、もうお互いにどうでもよくなってしまって、

笑うしかない。

私は彼の結婚披露宴が、

恵比寿のディスコだったのを思い出した。

山梨出身のこの松山千春似は、昔から派手。

で、いまもって派手だ。

そして根は相変わらずまじめでやさしい。

●業界人の隠れ家か

先にボックス席で飲んでいたカメラマン氏二人を紹介され、

次に美人だけれどひと目見て不機嫌そうな女性を

友人が私に紹介しようとするも、

この美人は最後までニコリともしないで、

完全無視を貫いてくれた。

(挨拶って最低限のマナーだぜ、というか友人に失礼だろう)

友人も苦笑いで首を振る。

まあどうでもいい。

聞けば、この美人さんは某大手出版社の、

とある月刊誌の編集長らしい。

あの突っ張り具合に、

昔からの知り合いの女性たち数名を思い浮かべる。

分かりますよ、この世界の女性諸氏、

そうやってみんな頑張ってきた訳ですから…

●六本木名物って何?

2時間ほどで店を後にする。

次回、会うのは錦糸町。

訳あって錦糸町とあいなった。

友人がカウンターから笑顔でさけんでいる。

帰りは、ケバブを食って帰れよと。

ケバブ?

来たときとは別の道で帰ることを、

彼に話したからか?

六本木六丁目のロアビルの前に出ると、

突然、喧騒が襲ってくる。

このビルは、いまはもう古びてしまったが、

なかなか思い出深いので、記憶に留まっていた。

かつてこのビルは、

一階から上階まですべてディスコだった。

若かった私も足繁く通っていたので、よく覚えている。

通りは人も車も渋滞気味。

人波が歩道に溢れている。

ドライバーがいらいらしている。

平日の夜なのに…

ネオン看板がチカチカとあちこちで光って、

歩く傍から呼び込みが次々に声をかけてくる。

ここは昔から外人が多かったが、

現在はこの通りに限っていえば

外人のほうが多いように思える。

それも結構まともな感じがしない方々が多い。

ドンキの前で人混みがピークに達する。

友人が叫んでいたケバブの店があった。

後、客引きが割と強引だったなぁと振り返る。

イマドキの六本木の名物はケバブなのか?

こういう場所では弱気で歩いていると、

その虚を先方はすかさず突いてくる。

逃げ腰だと返って嫌な目に合う。

その合い間を縫うように、

妙にセクシーな格好をした若い女性たちが、

道行く男に媚びを売っているのを見かけた。

(実にあやしい街である)

日比谷線の六本木駅近くまで辿り着くと、

少し息が上がっている。

そしてさすが六本木、いろいろと進化しているなぁと、

イナカモンは感心する。

さて後日、ニュースでこのあたりのケバブ屋が

強引な客引きで逮捕されたと報じていた。

だろぅなぁ。

ケバブ、やはり食っておけばよかったかな?

友人も推薦のイマドキの六本木名物を。

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