遠いあの山の向こうの
遙か彼方にあるという
風のテラス
紺碧の空に包まれて
木々は囁き
蜜蜂に愛され
誰もいない波間に漂うという
風のテラス
水平線に浮かび
潮に洗われ
トビウオの休む所
いにしえの場所
そこに
椎の木のテーブルと
二脚の真鍮の椅子
風は歌い
微笑み
風は嫉妬し
うつむき
そして通り過ぎる
向き合ったふたりに
椎の木は黙って
テーブルに一房の葡萄と
恋物語
ひとりが去れば
ひとり訪れ
ふたり去れば
ふたりが訪れる
風のテラスは
空を見下ろし
風のテラスは
水底を見通し
風のテラスは
人を惑わせ
そこには只
椎の木のテーブルと
二脚の真鍮の椅子
陽を浴びて
星が降り
ジリジリと焼け
凍てついて
蘇る
可笑しくて
悲しくて
悔しくて
恨んで
愛おしい
風のテラスは
誰もが
一度は訪れる
考えるほどに
思いだすほどに
彼方に消えてしまう
そこは
風のテラス
幻の忘れ物
恋の記憶