時代とコピー感覚

かつて日本が繁栄を極めた80年代、

「おいしい生活」というコピーが巷に溢れ、

このコピーはまた、当時の時代の空気を的確に表していた。

都会も地方も皆元気で、ほぼ横並びの中流意識は、

更なる繁栄を信じ、遊びに仕事に精を出していたのだ。

この広告主は、西武セゾングループ。

バブルと共に頂点に達した企業である。

コピーライターはあの糸井重里。

さて、いま「おいしい生活」と聞いても、

現在の私たちにはピンとこない。

それどころか、おいしい生活という語感から想像する生活は、

ちょっと怪しい気配すらある。

何かを誤魔化す、ちょろまかす…

そうした行為の上に成り立つ生活とでも言おうか。

しかし、当時のこのコピーの響きは、

希望に満ちたよりよい明日への提案として、

皆に受け入れられたのだ。

今日より明日、

更に素敵な生活はすぐそこにあります、とした提言、

それが「おいしい生活」だったのだ。

同じ80年代、別の美しいコピーがヒットした。

サントリーが発信したウィスキーの広告だった。

「恋は遠い日の花火ではない」

このコピーは、当時の中年のおじさんの心をわしづかみにした。

当然のことながら、世はバブルである。

おじさんたちは、右肩上がりの成績を更に伸ばすべく奮闘していたのだが、

やはり、ふと気がつくともの寂しかったのか。

コピーにつられ、もうひと花咲かせようと…

前向きでポジティブな時代の空気のなかで、

このコピーは何の違和感もなく受け入れられた。

総じて、或る側面から光りをあてれば、

夢のあった時代だったといえる。

しかし、例えばいまどこかの広告主が、

恋は遠い日の花火ではない、と謳ったとしても、

いまひとつ響かないだろうし、

受け手は、そうなのかな?程度に終わるように思う。

いわゆる不発である。

過去に優れたコピーでもいまではヒットもおぼつかないほど、

時代は移り変わっているのだ。

では、このコピーを少しいじって

「戦争は遠い日の花火ではない」

とか

「テロは…」

とすると、いきなり迫真めいてくる。

いまという時代にフィットしてしまうから、

それが辛いし、皮肉な事である。

では、更に時代を遡り、

「隣のクルマが小さく見えます」というコピーが流行ったのが、

バブル期よりずっと以前の70年代初頭。

広告はトヨタ、クルマはカローラだが、

日産サニーに対抗すべく、できたのが、

このコピーだった。

まだ日本に、いや世界のどこにもエコなんていう発想もなく、

でかいクルマ=裕福という図式の世界だったのだ。

よって、こうした時代に流行ったのが

「いつかはクラウン」であり、

「羊の皮を被った狼」のBMWだった。

当時のクラウンは、いわば成功者の証しであったし、

いま思えば、幼稚で下らない自己実現の方法だが、

当時はこの程度で皆が満足できる時代だったともいえる。

コピーを広義に「言葉」として捉えると、

言葉というものもまた、

時代とともに動くナマモノであるし、

なるほど人の世界ってまさしく、

刻々とうごめいているという形容がピタッとくるから、

やはり不思議という他はない。

コピーは、その時代を的確に表しているし、

また相反するように、時代とズレたコピーはヒットもしない。

しかし、例外的に時代を問わず普遍であり、

いまでも魅力的に響くコピーも存在する。

例えば、

「時代なんてぱっと変わる」(サントリーのウイスキー)

「あっ風が変わった」(伊勢丹の企業広告)

「少し愛して長く愛して」(サントリーのウイスキー)

ついでに、

「君が好きだと言うかわりに、シャッターを押した。」(キャノン)

「恋を何年、休んでますか。」(伊勢丹)

こうした例は、

もはやコピー・広告という概念を離れ、

時代に左右されない人の心を射貫いているのだろうし、

こうしたコピーは、もはや名言・格言の域に達しているのではないか。

ネットの時代に、あえてペーパーを推す訳。

ネットの時代、いまやペーパーレスとはいっても、

相変わらず印刷物のオーダーは続いています。

今後はどうなるか分かりませんが、

ペーパーにはそれなりの良さがあると思います。

個人的な事ですが、私はあまり電子書籍は買いません。

なぜ?と問われれば、きっと買ったものの実体が薄い。

実感が薄いと、人はその価値さえ薄れてゆくので軽んじる。

よって買ったものさえ忘れてしまう自分がいます。

こんな考えは古い人間だからでしょう。

若い人にそんな感覚はないのだろうと思います。

それにしても、ペーパーの良さは、あの実体です。

邪魔だろうと部屋が狭くなろうと、

そのように存在する。

存在感はありますから…

で、印刷物のオーダーは相変わらずあるという話ですが、

例えば、パンフレットやリーフレット類の良さというものは、

歴然としてある訳です。

ネット上のPRと較べ、

印刷物は、やはり実体としての存在そのものが、

受け取った人に与える印象として格段に突出していること。

それは、ゴミ箱にでも捨てられない限り、

対象者が目にする度にアピールしている訳ですから、

ネット上のPR以上のツールとして優れていると言えます。

デメリットは、ネットに対して露出が限られていること。

いわば、マーケット規模に於いて、

ターゲットに届く数量が限られていることです。

さて弊社の場合、

お問い合わせ内容の大部分が、

目的はしっかりある、が、

内容がぼんやりとしていると困惑している方がほとんどです。

よって、予算もページ数も、強いては紙質など、

諸々がすべて不安のようです。

これって考えてみれば当たり前でして、

同じ業界内でもネットしか携わっていない会社に尋ねても、

ほぼ皆分からないのがフツーですから。

そうしたぼんやりとした不安を払拭するために

私たちがいます。

利用しない手はありません。

時間の許す限り、という前提条件付きですが、

お気軽にご相談ください。

一応、知恵と経験はありますので…

スマフォサイトのすすめ

Googleが、スマフォサイトがないと検索順位が落ちますよ。

そんなことをアナウンスしています。

それも4月某日と期日指定していますので、

Googleにしては希有なことでして、

これは早急に対応した方が良いと思います。

スマフォサイトは、PCサイトをそのまま表示しても、

これはもう重すぎるし、アレコレと項目も多すぎる。

まず、直帰されてしまいますね。

スマフォ版は、シンプルイズベストをめざします。

PCサイトの基本項目をピックアップすることから始めます。

それを核に構築を考える。

いわば、店に例えると本店がPCサイトとすると、

スマフォサイトは支店。

またはアンテナショップ。

そんなイメージでしょうか?

逆に、モバイルの方が売上げ、

反応率が良いという業種の方は、

この際、考え方をひっくり返し、

スマフォサイトから構築し直してみる。

そしてPCサイトを後追いさせる。

こうしたモバイルファーストのケースもある訳です。

この際、あなたの業種、商品の特性を改めて点検し、

自社のサイトを徹底的に分析してみるのも、

良い機会かも知れません。

広告の普遍的手法

いまでは広告も日々進化し、

正直、専門の私たちも追いつかない所があるのが現状だ。

特に、ネットメディア手法の移り変わりは早く、

最新の情報が半年で陳腐化することも、ままある。

が、そうした事例はさておき、

広告が、常に人相手であることに変わりはない。

そこには、当然のように感情がつきまとう。

ではなぜ感情なのかだが、

総じて人の心を動かすのは理屈ではない、というのが、

広告の歴史から得られた答えである。

例えば、クルマなどはスペックが重要な要素を占めるが、

ならばスペックの優れたクルマが一番売れるハズ。

だが、実際はそうではない。

それはデザインかも知れない。価格の可能性もある。

いや、メーカーで選んでいるのかも知れないし、

ひょっとすると広告や販促物で決めた場合もあるだろう。

選ぶエレメントは、実に多彩だ。

ただの理屈だけで、人はモノを買わないのだ。

人の感情が介在する限り、

広告が一筋縄ではいかない難しさがここにある。

話は変わるが、先日NHKのクローズアップ現代を観ていたら、

NPOに携わる方たちの苦悩が語られていた。

曰く、寄付金が集まらない、人が集まらない…

志高く、困った人たちをサポートすることを旨とする彼らにも、

やはり或る特定の手法が必要と、

アメリカで活躍している現役のプロが語っていた。

彼の名はマーシャル・ガンツ博士(ハーバード大)。

アメリカで人種差別撤廃に向けた活動や、

数多くの草の根運動を成功させ、

オバマ大統領の再選にも係わった人として名高い。

そして、その彼が日本の活動家に語るその手法は、

実にシンプルなものだった。

そのアウトラインを話すと、まず「物語」を語れ、

ということであった。

ここでいう物語とは、

例えば差別された経験やいじめられた過去を躊躇なく皆に披露し、

まず自らがオープンになること。

そして、その経験から、話は「あなた」へと移行する。

あなたもそんな経験のひとつやふたつありませんか?

と、共有を図ってみることだと言う。

そして、私とあなた方と共有するものがあれば、

これは他人事ではなく、一緒に問題解決に向けて、

動きませんか、と。

こうして物語は、次第に人の心を揺さぶり、

そして徐々に広がってゆくというのである。

このテレビを観いて感じたことだが、

内容が実に古典的な広告的手法であるということだった。

ゲストの糸井重里さんも、やはりそのような内容の話をしていた。

思うに、広告の手法とは、

なにもモノを売るだけの手法ではない、ということ。

いかなる場面でも、転用が可能なのだ。

「人は感情で動く」

そこに普遍性がある訳だ。

そのことを理解していれば、後はトライ&エラーを繰り返すのみ。

それしかない。

なぜなら、広告を学ぶことは、よく人間というものを知る、

ということに他ならない。

だからタチが悪い、

終わりがない、

いや、だから面白いではないか。

サイト訪問者からの購買・問い合わせを増やすには

サイトから、注文や問い合わせを倍増させるのは、容易ではない。

この場合、まず検索順位を上げる努力は当然だが、その対策は適当か?

また、キーワードの選定は?

それらをクリアした上で、反応は得やすくなるハズだが、

肝心のサイトの作りがおざなりだと、せっかくの訪問者も

すぐにサイトを離れてしまう。

ここは、離脱を減らす努力が必要だ。

トップページ、サイト内設計、そして、コンバージョン率

(サイトの総アクセスから、お問合せ・購買をしたいただいた割合)と、

検討すべきハードルは、いくつも用意されている。

今回のテーマは、サイト訪問者の最後の関門とも言うべきコンバージョン率について。

統計によると、実は、この最終段階に於いて、約7割が離脱するという。

要は、買うのをやめる、申し込みや問い合わせをしない人が、

10人中7人にのぼるということだ。

スマフォは90パーセント強と、更に高い離脱率が証明されているが、この場合、

スマフォの使用特性による、ユーザーの空き時間によるチェックという意味合いがある。

要は下調べだ。

だからといって、スマフォサイトを侮らないほうが良い。

ユーザーにとっては、大筋のアタリをつける意味合いがあるからだ。

話を戻すと、このコンバージョン率を上げる方法は、

ひとことで言うなら、訪問者への負担を減らす、得をさせる、

そして安心を付加することに尽きると思う。

これらが揃えば、コンバージョンは飛躍的に改善される。

例えば、アマゾンは、ここに最大の注意を払っている。

ユーザーの負担を減らすべく、3クリックで買い物が完結するよう設計されている。

これは要注目だ。

更に、類似製品の情報、比較検討材料、第3者による評価、プライス等の情報も豊富。

加えて、送料無料のものも多い。

安心感もお得さも兼ね備えている。

アマゾンを例に、小規模サイトに転用できるアイデアを考えてみると、

まずは、敷居を低くすること。

これは、例えば問い合わせ欄などの書き込み項目を、

簡単シンプルにすることが有効だ。

訪問者は、ものぐさでせっかち者と心得よう。

名字とメルアドのみでもコミュニケ-ションは開始できる。

相談のみからでも、見込み客の内なのだ。

フリーダイヤル、そして、店長に直接相談、

ものによっては、返品保証も唱いたい。

24時間以内にお返事致します等の文言も、有効手段だ。

要は、それがひいては信頼につながり、

企業や店の姿勢が先方に見えるようになれば、

価格も去ることながら、誠実な態度で臨むことは、

相手に安心感を与え、コチラを効果的にアピールできる。

訪問者が、とにかくあなたのサイトの問い合わせや、

買い物カゴまで来てくれたことは、言い換えれば、

もうひと押しの何かがあれば良い訳だ。

それを逃してはならない。

工夫することで、

サイトは更に活気づくのだから。

或る編集者の記録

その、気になる文庫本は、ビレバンの棚で寝ていた。

買い主を探す気もないように見えた。

タイトルは「編集者の時代」。マガジンハウス編となっている。

サブタイトルは、―雑誌づくりはスポーツだ―

良いタイトルだなと思い、私が強引に起こし、レジへ。

アマゾンでも見落としていたような本が、

街の本屋でみつかったときは嬉しい。

本屋にないものがアマゾンでみつかることもあるが、

これはそれほどの感激はない。

あったな、というだけ。

私たちは、買うスタイルを使い分けている。

売り手さんは上手く共存してください―

これが本屋さんに対する私の理想だ。

で、この本のまえがきを読むと、

「ポパイ」という雑誌が1976年に創刊されたことが分かる。

計算すると、私はまだ学生だった。

ポパイは、よくカタログ雑誌と評された。

アメリカの西海岸やハワイのライフスタイルを手本に、

そこで活躍しているモノを通して、これらを日本に紹介する、

当時としてはある意味画期的な雑誌だった。

この頃、私のまわりは皆、

ポパイファッションになっていた。

もっと遡ると、

お兄さんやお姉さん方はすでに平凡パンチの影響を受け、

アイビールックで街を闊歩していた時期があった。

あれもこれも、上記の本の編集者たちが仕掛けたものだ。

社名を平凡出版からマガジンハウスと変えてからも、

そのパワーは持続していた。

世の中のファッションやライフスタイルを変えるほどの影響力を、

彼らはもっていた訳だ。

なかでも、注目される編集者が木滑良久という人。

かなりの有名人で、

一時はテレビにも頻繁に出ていた。

彼が、これらの企画の元をつくった人と言われている。

彼の素材モチーフは、アメリカにあった。

現代に置き換えると、

私たちの知らないアフリカのオシャレなファッションや雑貨、

ライフスタイルなどをいち早く日本に紹介する、

ファウンダーというところか?

後年、私も雑誌編集者となったが、

この本に書かれているように、世の中の風向きを変える、

という華々しい経験は皆無。

マイナー誌だったので、だいたいが後追い状態。

これらの雑誌類とは編集方針が違うといえば聞こえは良いが、

金がない、人が足りない…いや、企画力と情報収集力、

更に編集力がなかったと言ったほうが正確だろう。

「編集者の時代」は、

ポパイの或る時期の編集後記を書き連ねただけのものだ。

しかし、年代と記事の中身を読みあわせると、

不思議なほど、その時代の空気が再現されている。

サーフィン、スケボー、ウォークマンスタイル、ラコステのボロ、

スタジャン…。これらの流行に加速をつけたのもポパイだ。

それは羨ましくもあり、読み進める程に、

ひとつの時代を築いた自負が感じられる。

(このグループが後に女性誌「オリーブ」を創刊する)

1977年8月10日の編集後記は、

ジョギングについて書かれている。

まず、ニューヨークのセントラルパークや、

ロスのサンタモニカのジョギング風景が紹介され、

それは都市のライフスタイルとしてカッコイイんじゃないか、と。

そして、海の向こうの彼らは、

生活のなかに自然にスポーツを採り入れているよと…

何気に日本の空気を変えようとしている。

翌月はこうだ。

「ポパイは理屈が大嫌い」

70年安保を経て、日本には、依然アカデミックの風が闊歩していた。

この時代の主役雑誌は、言わずと知れた朝日ジャーナル。

とにかく、政治を語れない奴は生きている資格なし、

のような時代もあった。

しかし、これに対するアンチテーゼが、

平凡出版の「平凡パンチ」であり、

その軽さを継いだのがポパイのような気がする。

新しい時代の訪れだった。

ポパイの他、ブルータス、オリーブ、

本の雑誌、広告批評、NAVI、ミスターバイク、ビーパル等、

創刊ラッシュが起きる。

景気は更に上向き、

雑誌編集者もエンターティナーとなってゆく。

前述した木滑良久がテレビに出ていたのも、

こうした背景からだろう。

他、嵐山光三郎さんや、先に紹介した「本の雑誌」の

椎名誠さんらが加わる。

「編集者の時代」のあとがきは、

後藤健夫さんというポパイの創刊メンバーの方が書かれている。

それによると、

木滑良久さんの口癖は「男は少年の心を忘れてはいけない」

だったそうである。

更に、海の向こうの「エスクァイア」の創刊編集長であった、

アーノルド・ギングリッチの言葉として、

「雑誌づくりは青年の夢だ」を引用している。

一時代を牽引したポパイは、いまも刊行されているし、

ブルータスと共に、またまた息を吹き返しているようにみえる。

一見、なんの主張もないような雑誌とみる向きもあるが、

作り手には、実に熱いものが流れているのが分かる。

雑誌とか本づくりとは、本当はこのようなものなのかも知れない。

つくっている本人が面白くない本など、なんの価値もない。

この本を読んでいて、

なんだか私も再び雑誌をつくりたいと思うようになった。

ネットに較べて、予算、人員の割き方も去ることながら、

その投資しただけの企画とこだわり、

そして直しの利かない真剣さを求められるが、

それだけの価値が、この仕事にはある。

相変わらずの、クラウン。

このところ、トヨタのCMを観ていて、

なんか腑に落ちない。

他の人はどうか知らないが、私的にかんに障るというか、

観ていて不愉快になる。

それは、ピンクのクラウンがデビューしたあたりから。

ドラえもん編がスタートだったと思うが、

その頃はまだ良かった。

しかし、たけしが秀吉、キムタクが信長役のCMが始まった頃から、

違和感が出る。

確か千利休役の鶴瓶も出ていたから、

話もでかいが、ギャラだけでも凄いだろう。

さすが、トヨタだ。

スケールが違う。

このシリーズのバージョンは多彩だが、

ひょっこりひょうたん島編では、

3人の偉人?が東北・岩手の海沿いを眺めて、エラソーに話す。

で、キムタクがひょっこりひょうたん島のテーマソングを歌うのだが、

そのヒューマンな歌詞に、この3人が浮いている感じ。

そもそも、生臭い歴史を生き抜いた3人の役柄から、

それは醸し出されるのかも知れない。

こうしてクラウンのCMは、

いろいろなモチーフを使って天下人がロマンを語ってゆくのだが、

CMが新しくなる程に、相変わらずというか、更に偉そうなのだ。

で、今度は松嶋菜々子だ。

彼女が例のピンクのクラウンを運転していると、

後ろから黒塗りのクラウンが追いつき並走する。

秀吉の亡霊のように、

黒いクラウンを運転しているたけしがつぶやく。

「人間は体力が衰えると他の力が欲しくなるんだよ」

「だから男って偉くなりたがるんだ」(松島菜々子)

「でも気がついた。衰えない力もあるって」(たけし)

「まさか愛なんて言わないでしょうね?

いつからそんなハイブリッドな人になっちゃったの。

クラウンみたい」(松島)

「スイマセン」(たけし)

まず、秀吉にもの申す松島は、一体誰なのか?

そこは、実は私はどうでもいいのだが、

きっとたけしにもの言う訳だから、

単純に松島菜々子あたりの大物女優?を充てたのだろう。

で、思い起こすに、

このクラウンのキャンペーンコピーは、

「権力より愛だね」だった。

しかし、私に言わせればこのCMの根底に流れているのは、

欲深い奴のいやらしさだ。

クラウンからは、やはり権力の臭いは消えない。

だって、いまさら愛かよ…

クラウンが生まれ変わったということだが、

実は、それがもはや困難なことを、このCMは教えてくれる。

だから、妙な違和感が残るのだ。

ここで言う、ハイブリッドな人というのは、

実は「権力も愛も、何もかも手に入れたい」という、

そんな人のことを指しているようにも聞こえる。

だから、秀吉なのだ。

なるほど、クラウンなのかと合点がゆく。

繰り返すが、今度のクラウンのコンセプトコピーは、

権力より愛だね

の筈。

しかし、何故このCMがかんに障るのかが、

私はだいぶ後になって分かったのだ。

それは、

クラウンに乗る人が、

実は「権力も愛もすべて欲しい」人と、

本音ではささやいている。

そのようにしか受け取れないのだ。

同類の仕事をしているので、

広告類は割と好意的に観ているつもりだし、

その苦労も分からないでもない。

だからこそ、クラウンのポジションが如何に難しいか、

そこがひしひしと伝わるし、このCMの狙いは良くとも、

戦術でコケているように思える。

だから、相変わらずのクラウン。

実は、なにも変わっちゃいないのではないか、と。

キャッチコピー狂時代

名作と呼ばれるコピーを集めたサイト、

「キャッチコピー狂時代」を先日アップしました。

題して、

―あの頃の広告には、愛があったな。―

単なる懐古趣味に映りますが、そうではありません。

良いものを再認識し、これからの仕事の糧にしよう、

というのが本サイトのコンセプト。

私も一応コピーライターなので、

名作と呼ばれるコピーを読み返す程に、

やはりなにかが違うと思います。

ことばにオーラがあります。

ベンキョーになります。

あと、このままだと名作が風化してしまう、

忘れ去られてしまうという危機感もありました。

こんな想いで本サイトを企画しましたが、

まずはさわりを…

「きれいなおねえさんは、好きですか」

媒体 TVCM

広告主 松下電工(現・パナソニック)

商品 美容家電

放映 1992年

コピーライター 一倉宏

ドキッとする問いかけである。きれいなおねえさんって、
姉ですか、いえ、年上の女性のことですかね?
水野真紀や松嶋菜々子を起用し、訳あり気な目つきで
コチラを見る仕草が、このコピーと相まって印象的でした。
そう問いかけられて、好きですよって、つぶやきましたが…

「触ってごらん、ウールだよ。」

媒体 TVCM

広告主国際羊毛事務局

商品 ウール素材

放映 1975年

コピーライター 西村佳也

このコピーは、あまりにも有名ですね。
ウールの良さを端的に言いあらわした卓越のことばです。
繊維は肌触りでその良さが分かるから、そこをグダグダいわず、
触ってごらん、とくる。言い方もやさしい。それでいて、直接的。
すっと胸に訴えかけてくる名作です。

「すこし愛して、ながく愛して。」

媒体 TVCM

広告主 サントリー

商品 ウイスキー・レッド

放映 1982年

コピーライター 藤井達朗

愛の総量は決まっているかのようだ。だから、愛は
大晦日に食べる蕎麦のように、細く永く生きられますようにと同じく
小出しにする?いや、そうではなく、永遠に愛が続きますようにと、
しとやかな女性の真心が伝わる、素敵な仕上がりとなっている。
大原麗子さんの演技も光っていました。

キャッチコピー狂時代サイトはコチラ!

http://catch-copy.info/

検索からみる、コピーライターという職業

私はコピーライターなので、

たまにヤフーなどで「コピーライター」で調べてみる。

と、面白いことが分かる。

私の場合は、このキーワードで検索順位を上げようと努力していないので、

頑張っている人や企業に較べ、断然下の順位をウロウロしている。

で、検索の上位は、コピーライターの就職関係が飛び抜けて多い。

これらはだいたい大型サイトなので、SEOも強力です。

あとは、

コピーライターになるための講座や教室のサイトが上位にくる。

検索の上や横のリィスティング広告を眺めても、

ほぼこれらの企業が占めている。

さて、この状態が何を意味するかだが、

私が考えるに、仕事が欲しいからといって、

コピーライターが、

単体のキーワードで対策を施したところで、

無意味ということ。

何故なら、まず上位の大型サイトには勝てない。

そして、仮に上位に来たところで、

検索してきた人とは、マッチングしないということが考えられる。

要は、コピーライターというキーワードで調べる人は、

おおかた就職とか転職とかを考えている同業種の人が多い。

更に、これからコピーライターをめざし、

講座や教室を探している学生も多いと想像できます。

じゃあ、

コピーライターって仕事はどうやって成り立っているのか?

逆にいえば、どうすればネット上で営業するのかだが、

まず、念頭に置く必要があるのは、

素人さんがホームページなりパンフレットを制作したいとき、

まずコピーライターという単語は発想しないだろう、ということ。

卑下する訳ではないが、コピーライターという職業は、

現在、それほど一般化していません。

例えば、仮にですね、あなたが家を建てるとします。

このとき、ハウスメーカーや工務店、注文住宅 地域名などで、

かなりチェックするとは思いますが、

屋根職人とか壁工事とかでは探さないでしょう?

きっとコピーライターという職業も、

屋根職人や壁の工事をする人と同じような位置でみられている…

私はそのように思うのです。

パンフレット作成とかホームページ制作とか、

もう少し具体的に入れますね。

では? 

そうです。

コピーライターで仕事の匂いのする検索者は、実は同業者なのです。

それが、広告会社であったりコピーライターのいないプロダクションであったり、

それはともかく、いわゆるBtoBが圧倒的に多い。

要は、外注を探しているのですね。

めざすターゲットは、業界内ということがいえるのです。

前述のように、BtoCは、圧倒的に少ないと思われます。

では、BtoB向けにどのようなキーワード選定が最適かというと、

そこが難しいところというか考えどころでありまして、

複合、補足でいろいろ試して調査します。

ここまで話をすすめれば、後はだいたい想像できるとは思うのですが、

私たちの仕事は、一時より一般化していない、

また、広告を担う総力の一端を担当する職種。

そのように思われているようです。

しかし、現場ではかなりの負担と責任を任されている訳で、

その守備範囲は広い。

或る意味、報われない仕事といっても過言ではありません。

先方との折衝、コンセプトの構築、全体のデザインイメージ、

そしてコトバに求められる求心力…

私たちの仕事が、今後どのようにしたら理解されるのか?

どうしたら報われるのか?

それは、

とびっきりのキーワードを探し出すのと同じように、

難問かも知れませんが…

届く、パーソナル・マーケティング例

沖縄地方の特産には、いろいろなものがある。

シークァーサー、サーターアンダギーとか、

チンスコウ、ソーキそば、海ぶどう、そしてもずくなど…

以前は、沖縄の泡盛もよく飲んだ。

残波という泡盛は石垣島のものだが、

これはうまいしネーミングが気に入っていた。

残波…リーフで波が砕ける様子が目に浮かぶ。

雰囲気からしてうまい。

久米仙という酒もまた、名前良し、味良し。好きだったな。

沖縄には一度しか行ったことはない。

隣の与論島という島も行ったが、

ここはサトウキビ畑と珊瑚礁のリーフが美しい。

この島で泡盛を初体験した。

ベロベロに酔ったが、何故か翌朝は爽やかだった。

で、飯もうまい。

この辺りの食い物とか酒はいいね、という印象から、

後年通販を利用していろいろ試したことがある。

あるときウコンのDMが来て、

これはなんだかカラダによさそうと、頼んだことがある。

当時は酒ばかり飲んでいたので、ウコンはいいですよと、

確かそんなことが書かれていた。

で、ときは流れて私も酒を飲まなくなり、

こうした特産品も飽きた。

が、相変わらず電話がかかってくる。

DMも届く。

これは他でもよくあることだが、

ここの売り込みの特徴は、

なんだか他と違っていやらしさがないのだ。

DMの中身を取り出すと、直筆の手紙が入っている。

印刷かなとよく確かめると、直筆である。

うーん、やるな。

で、ふんふん感心していると、頃合い良く、

わざわざ沖縄から電話がかかってくる。

○○さん、お元気ですかとか、

最近おからだの具合は、とかコチラが買う意思がなくても、

嫌みなく話してくる。

こうなると私の警戒心も解かれて、

一応話しますよね。

それがマニュアルに沿った話でなく、

世間話なんかを織り交ぜ、

気がつくと沖縄の知り合いの人と話している。

そんな気になってしまう訳。

アドリブが利いているのだ。

DMの中身一式は、あるひとつの流れに沿ったもので、

そのセットに目新しさはない。

が、直筆の手紙というのは、どこも面倒なので避けて通る。

電話にしても、テレマーケティングのテーゼというのがあって、

それに則ってかけている。

が、他はもっと事務的かつスピーディーである。

そのあたりが他と違う。

まるごとひっくるめて沖縄なのである。

ビジネスにしては、かなりユルイ。

が、しっかり私に届く。

いまはまるで欲しくないものばかりなのに、

なんか買うものはなかったかなと、

再度DMをながめていた。

今度はきっと買ってしまう、だろう。

快く無駄金を使うであろう、

パーソナル・マーケティングの仕掛けなのでありました。