日付変更線 (story5)

前号までのあらすじ

(南の島で偶然に出会った

ふたりは島の小さなレストランで

落ち合う

僕はジェニファーと語らい

そしてなんとなく好きなのかなと

思うのだが

彼女の意思も確認しないまま

帰国する

そして、いつもの日常が戻ったのだが…)

東京へ戻って半年が過ぎた

僕は相変わらず

来る日も来る日も原稿に追われ

夕方になるとぐったりとして

以前と同じように

ビールを口にしていた

季節は初夏に変わっていた

僕がこの業界へ入ったのは

大学卒業と同時だが

最初にいた職場では

営業枠採用だった

制作希望だったのだが

夢は叶わず

最初は得意先回りから教えられ

次第に新規開拓へと移った

このときだったと思う

大きな競合プレゼンの機会が与えられ

僕らのチームはそれを勝ち取ったのだが

このとき

良くも悪くも

僕の考えたコンセプトが採用されたのだ

が、結果的に

このことで僕と制作の連中との間に

溝ができてしまった

両者のしこりは残り

僕はそれを機にその会社を辞ることにした

そして、制作の人間として

改めてこの会社へ入ったのだ

元々

希望は制作だった

だから最初の会社でも

転職の機会は伺っていたし

営業職の枠を越えて

制作過程にはいつも目を凝らしていた

会社の帰りには学校に通い

専門のカリキュラムも受けていたので

自分なりに自信はあったが

やはりここへの転職も

それなりに難関だった

現在の会社は

どちらかというと制作に重点を置いていて

社内には5チームからなる制作チームがあり

僕は第3チームで

主に百貨店を担当していた

いまは夏のバーゲンを見据えた制作で

チームがまるごとオーバーヒートしている

僕はいつものようにため息をついて

窓の外に目をやる

(今日も徹夜だ)

青山通りは相変わらず

この時間になるとクルマが溢れ

どこもノロノロ運転のようだ

僕はクルマの流れと喧噪を突き放すように

今日も島でのできごとを

反芻していた

デザインチーフの間島が

相変わらず気むずかしい顔をして

若手に檄を飛ばしている

で、僕と目が合う度に

「お前、やる気あるのかよ?」

という目をする

僕は前々から用意しておいた封筒を

引き出しの一番奥から取り出す

そして決意は固まっていたので

いよいよ席を立ち

役員室へと向かう

長い通路を

僕は颯爽と歩く

二度ほどしか入ったことのない役員室のドアの前で

僕は軽い咳払いと深呼吸をして

ノックをする

ここの制作責任者の岡田部長は

この業界では知らない者はいないという人だが

ホントはどういう人か

僕はいまだに知らなかった

それはコピー年鑑で彼の作品を見ただけで

この会社へ入ってからも

ほぼ彼とは口を聞いたことがない

職場の連中はよく仕事に行き詰まると

彼に相談に行くらしいが

僕には縁遠い人だった

ドアを開けると

彼はデスクに足を投げ出し

僕がいま担当している百貨店のデザインラフに

目を通している最中だった

「何?」

「はあ、あのこんな時期に唐突なんですが…」

と続けて、僕は退職願いを彼の足元へ差し出し

辞める意思を端的に話した

岡田部長は不敵な笑いを浮かべ

「そうか」と言い

相変わらずラフに目を通していた

「で、これからどうするの?」

「いや、あまり深くは考えてはいません」

「いるんだよね、そういうの

君もそのタイプだったんだ」

岡田部長は

後ろの壁に貼ってあるスケジュールに目をやり

おもむろに受話器をとると

人事課に繋いだ

その姿は彼独特の横柄さが滲み出ていた

僕にとっての緊張の時間が続く

人事とのやりとりが数分続いた

岡田部長は

「あーぁ」と言って僕の顔を見ては

薄笑いを浮かべる

その表情はふて腐れているようにも見えた

受話器を置くとおもむろに

「基本的にOK

なんとかなるようだね」

と僕に告げた

「ありがとうございます」

僕は丁寧に頭を下げ

いま来た廊下をゆっくりと噛みしめながら歩いた

(つづく)

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