化石の森

冷たい肌をもったその女は

深い緑の瞳で

森を眺めていた

一度その女と

ドイツ・シュヴァルツヴァルトの

黒い森を

ジェットで飛んだことがある

一面の松林はモミの木の群生で

その広大さに驚いたが

荒廃がすすんだその森は

ところどころが剥げ

木が倒れ

それが病のように広がっていた

我々の助けを求めているようだった

女は悲しい顔をしていた

その森の上空で女は抱擁を迫る

それが何を意味するかは分からなかったが

その女の仕草は不思議だった

煙草をくわえる唇を歪ませると

指を次の煙草に絡め

それを潰して

いつまでも古い詩を歌う

赤いヒールにメノウの石が飾られ

そのメノウに従い

歩く方向を決めているようにも思えた

気まぐれに歩くその足で

私を誘い

或るとき森へでかけた

白いマニキュアの付いた細い手を

僕の首に巻きつけ

そしてこう言う

この森の先に私の家があるの

(そんな筈はない)

メノウに従うように

その女は暗い森を歩く

やがて

女のふくらはぎに

うなじに

見慣れないしわのようなものが

浮き立つ

足取りが遅くなり

やがて女は前かがみに

息を上げていた

顔をジョルジュのスカーフで覆い

金髪の前髪は

やがて

グレーの輝きのない髪色に変わっていた

手を引こうとその手を握ると

冷たさが石のように

こちらの体に伝わる

やはり森は荒れていた

不意に飛び立った鳥が

不気味に鳴き

空一面に雲が沸き立つ

もうすぐよ

女の声はかれていた

大丈夫かい

女の首筋に手をやり

そのしわを確かめた

しわはみるみる肩に広がり

そして

風が止まった

雨が落ちる

その女が振り返ったとき

女が初めて笑ったその目には

美しいメノウの石が

光っていた

「化石の森」への2件のフィードバック

  1.  
    ここのところ、書かれるものがすごく深いものになってきているように感じます。
    これ、すごい話ですね!
    ちょっと夢の中をさまようような、ミステリアスな雰囲気が素敵です。
    メルヘンの本場であるドイツを舞台にしているというのも、効果が出ているのでしょうね。
     
    メノウって、太古の生物が中で凍結していたりする宝石でしょ?
    それが、 「古代の生命力を持っている」 ような謎の女性をうまく際立たせる効果を生んでいますよね。
    謎めいた雰囲気を上手に伝えているのが、
    「在るとき森へでかけた」
    という一言。
    「在るとき」 だから、ここには時間の経過が表現されているわけですよね。
    つまり、その女性と一定の時間を共有したという暗黙の前提が、ここで提示されていることになりますよね。
    では、その間、2人はどんな生活をしていたのか。
    それが 「よく見えない」 から、逆に神秘的なんですね。
    ドイツ人は、先進的な技術を開拓する合理性を持っている反面、自然の神秘にも同調する霊感民族でもあるわけで、「黒い森」 というのは、まさに彼らの聖地なんですね。
    そのへんがしっかり抑えられているから、小説としても完成度が高いと思いました。
     

  2. 町田さん)
    主人公の女は金髪・細身で、いわゆるモデル系の女なんです。
    ま、こういう方に私は縁がないので、あえて設定してみました(笑)
    で、「私」は日本人。仕事は、貿易関係。世界を飛び回っているうちに、
    ウィーンの酒場でこの女と意気投合、彼女の家で暮らすことになりました(ホントかよ)
    しかしですね、この女、夜中にうめいたり、泣いたり大変なんですね。
    性格もちょっと変わっていて、基本的なことは、お互い聞かない。
    が、絶世の美人で、「私」を凄く愛してくれている。
    町田さん、こういうシチュエーションに出会ったとき、どうします?
    という訳で、いろいろ謎がありまして、それは太古の・・・
    秘密なんですね(爆)
    石は個人的に好きでして、幾つか持っています。
    そのうちネットで売ろうかと思っています(?)
    ホントは琥珀にしたかったんですが、どうもカラー的にしっくりこない。
    で、メノウかヒスイか考え、メノウにしました。
    ヒスイは、どっちかというとオメデタイパワーをもっている。で、メノウ。
    メノウはいろいろ意味合いがありまして、緑は普通ヒスイなんですが、
    メノウにしました。
    こんな話をバラすと面白さに欠けますが、また書きたいと思います。
    ところで、この女、実はすでに死んでいます(笑)
    いつもコメント、ありがとうございます。

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