アジル流星群が見られるのは
次は98年後らしいよ
日本という国の春の丘に寝そべって
アタマに手を組み
僕らは
真夜中の宇宙を凝視する
(光りの流れる方へ瞬時に反応するよう
夕方少し目を休めたんだ)
その流星は
だいたい南西に降り注ぐ
テレビの事前情報だが
こうして見ていると
決してシャワーのように
現れたりはしない
目を休めたのね?
そう、寝たのさ
多恵はこのいまの状況を
まるで把握していない
今日のこの夜の天体ショーの意味に
ふたりの相違はある
僕は修正を加えることもしなかった
ただこの宙を
多恵と見たかったのだ
多恵は現実主義者で
常に貯金の残高を気にしている
そこがかわいい
僕はこのときのために
昨夕
走らせていたクルマを脇に止め
弱い夕陽に照らされて
シートを倒し
爽やかな目覚めがくるよう
濃いめのコーヒーを飲み干してから
仮眠していた
そのことを多恵に話すと
ふーんと
頬杖をついた顔をこちらに向け
私はずっとメールしていたのよ
と言った
眠くないのか?
うん、眠い
………
もう疲れたね
そろそろ帰るか?
うん
僕らは立ち上がった
もう2時間もいたんだよ
時計を覗き込むと
午前3時45分を差していた
明日キツイね
帰り際に南西の宙を見上げると
線香花火のような光りが現れ
すっと一筋流れると
遠い海の上の群青色に消えた
見えた!
見た?
見たよ
僕は
そのとき思った
この地上ってなんだか
良いこともなかったような
いろいろあって
面白くもなかったような…
いや
だけど
割と楽しかったし
まあ今日まで暮らしてきたんだしと
そんなことを考えていた
そして多恵の肩に手をのせる
寒いね
うん
ホントは抱きしめたい
多恵
お前と次に再び出会えるのは
何年後かな?
そう考えると
今夜の流星は
僕にとっての約束なのだ
僕はあの流星に約束した
忘れないでくれよ
僕はいつかいなくなるだろうし
多恵だってもう少し…
同じなんだよ
でも僕たちは生まれかわりたい
そして地球の丘で
再び多恵と
この流星を見るのだ
なあ多恵
また一緒だぞ
なあ多恵
また一緒にこの流星を
見ような
98年後に
また同じ時代を生きてみたい
僕は酒を煽っている
毎日毎日
飲んだくれることにしたんだ
(このとき僕は寿命を縮めようと考えていた)
多恵の細いうなじが
日に日に張りを失っていて
今夜は足もおぼつかない
多恵、大丈夫か?
うん
多恵のシルエットは
まるで背景の暗さに溶けていくかのように
真夜中の闇と同化してゆく
多恵
うん
俺、やっぱり酒やめるよ
やり直してみる
頑張るからさ
それがいいよ
またこの流星
一緒に見ようぜ
ええ
だけど98年後でしょ?
一緒に見よう
決めたんだ
うん、分かった
また会えるといいね
また会える
そうするよ
多恵はもう永くはない
けれど
一端捨てたものを
また拾い集めて
僕もなんとかやっていこうと思う
多恵
帰ったら寝てなよ
うん、疲れた
ごめんな
高次ってそらが好きだね
なんで?
なんでって
…
この宙が
俺たちのことをずっと覚えてくれていると思うからさ
だって他に誰が覚えていてくれる?
いいね、そういうのって
そうだろう
だから俺は好きなんだよ
宙が
高次
死んだらどうなるのかな?
死んだら私どこへ行くのかな?
いいか
よく聞けよ
死んでも俺の近くにいろ
どこへも行くな
そうやって毎日毎日考えるんだ
うん、そうする
俺はまた働いて金貯めて
その金でお前のことなんとかなるように
頑張るよ
そんなことってできるの?
分からない
だけどそうするよ
うん
そうやって生きていれば
なにかこうパッとひらけるっていうか
なにかできる
そんな気がしてきてさ
独りになるって寂しいね
独り?
多恵、お前を独りにはさせない
俺から離れるんじゃないぞ
多恵、いいか
俺から離れるんじゃないぞ
多恵はそれから一ヶ月後に
あっけなく逝ってしまって
僕は泣きながら約束のことばかりを考え
いっそ泣くのをやめようと必死にこらえて
それから多恵にずっと
言い聞かせているんだ
「多恵、どこへも行くんじゃないぞ
ずっとここにいろ」
仕事が終わったあと
僕は細胞のことを調べ
宇宙の研究論文を読みあさり
時間と空間の移動について考え
ある宗教の教えを手がかりに
死後の世界を探索している
「要するに多恵、
お前の復活について
俺はずっとずっと
手がかりを探している」
そしてこう思うんだ
僕はアタマが良くないけれど
人はまた出会えるんじゃないか
強く思えば
また再会できるんじゃないか
とね
僕は科学的人間ではないけれど
非現実的なことを考える人間だけど
ひょっとして
人はもっと簡単にできていて
もっと強くできていて
それが惹き合えば
そうして願っていれば
いつか会える
とね
どうだい?
多恵
俺の声が聞こえるかい
多恵、
俺の声が聞こえるかい?
スパンキーさん
これは素晴らしいお話ですね。
「超短編」 ……
つまり、「詩」 に近い掌編小説とでもいうべきものなのでしょうか。
ほっこりした牧歌的なラブストーリーの体裁で始まり、徐々に不思議な違和感が広がり、その違和感が、ヒロインの死を暗示させるところから来ることが解った時点で、言い知れぬ哀しさが行間に溢れ出す。
とても切なくなる話ですね。
でも、「人はいつかまた会える」 という希望が見える終わり方なので、カタルシスがあります。
最後の主人公がヒロインを呼ぶリフレインが感動的ですね。
まるで、虚空を流れる流星に呼びかけているようで。
小説の技法としても完成度が高く、高度なストーリーテリングが発揮されていると思いました。
町田さん)
これは、偶然にできあがりました。
最初は詩を書いていたのですが、なんというか、自分のなかで
熱いものがこみあげてきまして、これはストーリーだろうと…
去年の母の死も、影響しています。
まだ勘定処理がうまくできていないような状態で、人の死というのが
現在はとても身近であり、それは確実に誰にでも訪れるという実感が、
ズシリと残っています。
なにも、セカチューのようなものを書くつもりはさらさらなかったのですが、
結果的に被ってしまった感は否めません。
が、町田さんも言われているように、人はある種の希望がないと救われない。
どちらかというと、私は、そちらを書きたかったような気がします。
それは、自分自身の救いとして書いた感もあります。
それにしても、我ながら、割と自分の熱さに気がつきました。
冷静沈着が取り柄と、いままで思っていたのですが(笑)
いつも、コメントありがとうございます。