テキトーに生きていた奴が、
まあ結婚というものをして数年。
それなりに真剣ぶってはいたが、
振り返ればそれもどこかユルイ。
相変わらずの甘さで、
その日暮らしのような気楽さが、
奴の性分だった。
細身の奥さんの腹が日に日に大きくなり、
奴はそれがどこか可笑しくて、
腹に耳をあてると、
新しい命が動いているのが分かってはいたが、
それを自分事として依然思わず、
奴は、相変わらず浮ついた毎日を送っていた。
或る日、会社に奴宛の電話が鳴り、
「生まれる」と聞かされたとき、
夜中に突然起こされたような驚きに変わる。
バイクで青山通りを疾走し、
目黒通りを南下するとき、
クルマの間をすり抜けながら、
危ない走り方をしているなと、
気づいた。
「落ち着け、落ち着け」
が、スピードは更に上がっている。
目蒲線の踏切を右折しようとしたら、
警察官に止められ、
右折禁止と踏切の一時停止違反で事情を聞かれた。
事の次第を話すと、その若い警官は、
「落ち着け!気をつけて行け!」と違反を見逃してくれたばかりか、
後から2・3人の警官が、背後から奴に声をかけてくれた。
病院に駆け込み、
ガラス越しに、初めて我が子を見た。
それは奴が知っている綺麗な赤ちゃんなどではなく、
小さくて赤くて、猿のようにしわくちゃな、
ホントの産まれたての我が子だった。
寝たり泣いたりを繰り返し、
そしてたまにアクビをする。
その姿を、奴はずっと眺めていた。
奥さんの疲れた顔を見て、
二言三言話してマンションに帰ると、
更なる心境の変化は突然訪れた。
それは怒濤のように胸に押し寄せ、
しばし混乱し、
過去を振り返り、
これから、という未来を必死で探っていた。
自分を差し置いて、
奴は初めて物事を考え始めた。
そしてこれから、を見据えようと、
初めて必死になった。
自分より優先するのは、
あの赤い猿のような産まれたてのいきものであり、
その赤ん坊を産んでくれた奴の相方。
それが奴が人生で初めて味わう、
家族という不思議な繋がりだった。
奴は、産まれて初めて、
他者が視界に入ったのを自覚した。