「眠い」の真相

この前、我が人生ではじめて

歯医者で治療中に居眠りをしてしまった。床屋でも寝てしまったのだ。

歯医者では、自分のいびきではっとする。

歯科衛生士さん、気がついたかな?

床屋ではマスターの「疲れてるね」のことばで起きる。

おかしいな?

元々、私は歯医者とか床屋が大嫌いで、

小さいときから緊張する場所であったハズなのに。

私たちの小さい頃の歯医者さんは、

元軍医が多かったし、

とても威張っていたので、

どんなに痛くても泣いてはいけない。

泣けば、そう、怒鳴るんだよねぇ。

または、顔を押さえつけて、治療続行。

機嫌が悪いと「帰れ!」といって患者を追い返す。

これっ、ホントだよ。

床屋も、かなり緊張する場で、

特に、仕上げに前髪を一直線に揃えるという、

その頃流行っていたのかどうかよく分からないが、

そういう髪型であって、

とにかく一瞬たりとも動いてはいけない。

じっとしていないと、

その一直線切りが上手くいかなくなり、

床屋の親父が舌打ちなんかして怒ってしまい、

もうそこで終了なんていうこともあった訳で、

いま振り返ると、ヒドい時代であったのだ。

で、いまはどこも優しいですね。

みんなにこにこしてくれる。

ソフトな時代になったものです。

それが成熟した文化というものなのか、

民度が高いというのか、

私にはよく分からないが。

とにかく己の場合、

小さい頃から何十年も続いたトラウマが、

じじいになってようやく解消された。

リラックスするにもほどがあると自戒するも、

ゆっくり呼吸して宙をなんとはなしに眺めていると、

やはりすっーと眠くなってしまうのだ。

ちょうど、催眠術にかかったように眠くなるのだ。

(私、退行催眠の経験アリ)

うーん、トラウマが解消された、

あるいは疲れがたまっていたからとか、

いろいろ理屈はつけられるのだが、

どうも釈然としない。

そこで、同世代の仲間幾人かに、

この話を振ってみた。

で、私は驚くべき事実を掴んだ。

彼らは一様に「あるある!」と誰も否定することなく、

回答する。

「そんなもんだよ」と、

いともあっさりと肯定する訳なのである。

ほほう、誰も気にしていないところが、

更に凄いところだと私は思ったね。

さて、この所構わず眠い眠いが、

果たしてじじい特有の症状なのか、

見知らぬ病の知らせなのかと、

私は気を揉むのだが、

そんな情報はいまのところ皆無である。

うーん、謎は深まるばかりだ。

 

江ノ島のさざえ

4月8日に、横浜市緑区にある

父母が眠るお寺に墓参りに行くと、

ちょうどお釈迦様の花祭りだったので、

ちょっとだけ本堂に上がらせてもらい、

お釈迦様の像に甘茶をかけ、

甘茶をいただいた。

花祭りは初体験だったので、

この事を書こうと思っているうちに、

幾日も時が過ぎてしまう。

で、後日、横浜の港南区にある母方の、

これまたお墓参りで、

去年が祖母の没後50年ということで、

ようやく手をあわせることができた。

ほっとして、帰りに鎌倉へと下る。

この付近も人の波。大混雑。

材木座を右折し、海岸沿いの134号線を西へ。

江ノ島あたりでちょっと休もうということで、

日没前の江ノ島をのぼってみる。

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参道は、夕方でも相変わらずの混雑で、

どうも気になる店のものがゆっくりと見れない。

際だって混雑しているのは、蛸せんべいの店。

ここは、半年前もやはり行列していた。

江島神社は弁天様なので、私たちの若い頃は、

カップルで来るところではない、とよく言われた。

それがいまでは縁結びの神社になっている。

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思うに、寺社仏閣のこうした効能?って、

全国津々浦々にまでいろいろありますが、

私は懐疑的。

なんだかなぁと思っている。

特に、パワースポットとかいうものが、

いまひとつよく分からない。

と書いたが、堅く考えても面白くもないので、

この話はスルーさせてもらう。

頂上を急ぐので、はじめてエスカーというのに乗る。

エスカーは、要するに江ノ島の山をのぼるエスカレーター。

もちろん有料である。

その空間だけ、冴えない古びたデパートの空間に似ていて、

結構面白い。

突風が吹きすさぶ江ノ島灯台下のサムエル・コッキング苑は、

いつきても花がいっぱいできれいだが、

やはりクリスマス前後の夜にライトアップされる頃が

一番雰囲気が盛り上がる。

気温の高い日だったが、強風でぐんぐん身体が冷える。

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タイ人とおぼしき女の子のグループのひとりが、

急降下してきたトンビにホットドックを奪われる。

みんな空ばかり見ることとなる。

どこでも構わず自撮り棒でポーズをとっているのは、

やはり中国からの観光客が圧倒的に多い。

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まあそんなことはともかく、

この高台から眺める夕方の景色はいつも美しい。

富士山、伊豆半島、長く伸びる海岸線。

空の色は刻々とその明度を落としてゆく。

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再び参道を下ると、人は相当数減っている。

やっと静かな江ノ島が味わえる。

海沿いの道を照らす車のヘッドライト。

立ち並ぶ店の灯り。

海面に照り返す人工の光。

寄せる波の音も聞こえる。

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店が閉まる前にさざえを食おうと、

その店をのぞいて、

やはり「今日はいいや」とやめる。

大きくもないさざえがふたつで1400円。

このプライスが高いか安いか、

これは各自の価値観によるのは確かだが、

なんだかこの店の軒先にデンと座って、

さざえを食っている図が、

併せてかっこ悪いと私は判断した。

後日、近所のスーパーで、

同じような大きさのさざえが、

ふたつで500円で売っていた。

で、その足でホームセンターに行き、

やっすい七輪を買う。

五月の連休の一日は、

庭でふたつ500円のさざえを焼いて、

たらふく食う、ついでにいかもたこも、

というイベントを思いついたからだ。

鐵馬厩 (テツマヤ【旧店名】鐵馬舍)というお店

降り出した雨で焚き火を中止し、

河原を後にした。

天気予報で事前に分かっていたのだが、

途中でちょっと日差しが出たので、

もしかしたら、と甘い判断をしてしまった。

車の後部座席とトランクには、

薪やコンロ、椅子、テントなどなどが、

結構びっしり積んである。

このまま帰るのも、なんか悔しいなぁ。

走る国道沿いで見かけた看板を頼りに、

道を逸れて小道を進むと、

山あいの静かなところに、その店はあった。

こういうムッときたときは、寄り道にかぎる訳。

雨に佇む…という形容詞がふさわしい。

大屋根の古民家を改造したお店は、

なかなか時代がかっていて風情がある。

 

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平日、しかもランチの時間も過ぎている。

店内は私たちだけだった。

 

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天井の太い梁が、この建物の歴史を物語る。

黒い炭でいぶされた内天井は、そのままいかしてある。

 

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店の若いご夫婦にいろいろとお話を伺った。

お二人とも揃ってハーレー乗り。

普段も晴れた日などは、東京などから、

続々とハーレーな人たちが訪れるらしい。

私も東京にいた頃はバイクを愛用していた。

渋滞ばかりの道では、バイクのほうが断然有利だし、

四輪に較べれば維持コストも安い。

が、その頃からハーレーは雲の上の存在だった。

まず私の免許が限定解除ではないので、

そもそも1200㏄もあるハーレーには乗れない。

またがる機会もなかった。

さらに金銭的に縁が無かったので、

ハーレーは眺めるもの、と決めていた。

元々、馬を繋いでおく場所に、

いまはハーレーが2台納まっている。

いわゆる馬と人間が同じ屋根の下に暮らす、

曲り家という特徴的な家だった。

岩手県の南部曲り家を取材したことがあるが、

確か曲り家は

あの地方独特のものだったように記憶しているが、

神奈川県にも昔はあったのですね。

ハーレーにちょっとまたがしてもらった。

初めての体験だが、

なんかしっくりくるなぁ。

ほどよい着座位置、握りやすいグリップの感覚。

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これを操って、暇な日などは、

山梨までドドッとツーリングに出かけますと、お二人。

よってお店は「鐵馬厩」の名が付けられた。

以前、「鉄騎兵、跳んだ」というモトクロスの小説を読んだことがある。

傑作で、なかなか興奮させられた。

やはりその中でもバイクが擬人化される。

マシンというのは、まああれこれと生き物に例えられる。

BMWは、狼に例えられるし、

アメリカのロックバンドであるC・C・Rは、

蒸気船のメアリー・エリザベスを、

「プラウド・メアリー」という歌にして、

全米ヒットチャートのトップに躍り出た。

もっともC・C・Rのジョン・フォガティは、

実在する船など知らずにこの歌をつくったというから、

当時の優雅な蒸気船を生き物に例えると、

気位の高いメアリーだった…

というところだろうか。

船は女性名詞だし。

で鐵馬厩は、やはり擬馬化か?

ハーレーは馬なのである。

いまでもこのハーレーという乗り物は、

勝手な想像だが、アメリカでは、

南部に集中しているように思えてしまう。

しかし映画「イージーライダー」のなかで、

よそ者として扱われ、自由を求めてさすらって、

遂にライフルで撃ち殺された若者が乗っていたのも、

チョッパーに改造されたハーレーだったし。

向こうでのハーレーの評価とか立ち位置というものが、

いまの私にはちょっと分からない。

 

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雨の降る山の木々の風景が美しい。

春で色づき始めている。

新芽が吹いて風に揺れている。

山桜がまだ残っているが、

道沿いのソメイヨシノは散り始めている。

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マグロの餃子、出汁巻きたまご、

格別の味噌汁に、生クリームがイケるシフォンケーキに、

和の器でいただくカフェ・ラテ。

うまいものを、たらふく腹に収めたので、まあ満足。

焚き火は、またの日の仕切り直しということで、

早々の帰宅となった。

↓食べログ

https://tabelog.com/kanagawa/A1408/A140802/14062837/

泣きたくなったら

泣きたくなったら

夜中にひとりで泣く

誰にも知られることなく

微塵も残さない

そして鳥のさえずる朝に

生まれ変わろう

(そういうことにしておくんだ)

さあ、とりあえず笑顔で

歩いてみる

歩みをやめない

陽のさす方へ

どんどん歩く歩く

意味なんて考えない

本質なんてどこにもないのだから

こんがらがった糸を解く間に

過ぎ去ってしまうものが余りに多いから

歩く

歩く

朝陽をまぶしいって感じる

汗が流れる

疲れゆく躯

遠くに消えゆく昨日までのこと

そう感じている君のこころ

15年ぶりにアルコールをなめる

先日、友人と自由が丘で待ち合わせ、

うろうろするうち、

金田という飲み屋へ入る。

久しぶりに、

チェーン店の居酒屋でないところへ入った。

まだ夕方の5時ということで、

店内は人もまばら。

出迎えの女将に笑顔はない。

むしろ怒っているようにもみえるし

キリッとした表情ともいえる。

カウンター席のみでコの字が二つ。

隅っこに座ると、

奥の板場から数人が、

じろっとこちらをみる。

やはり、ぜんぜん笑顔なし。

つまらない笑顔なんて不要

という店なのであった。

ノンアルコールビールをくださいといったら、

女将の目がつり上がったのが分かった。

「ウチにはそういうものはありません」

友人は生ビールを頼んで、

俺の顔をにやにやしてみている。

(コイツ、知っていたのか?)

女将がどうします、いやどうするんだよ、

というつり目をするので、

ビールの小瓶を頼む。

ちょっと参ったなと思った。

なんせここんとこアルコールなんて

全然口にしてないし。

とにかく、酒をやめて15年くらい経つ。

女将と目が合うと、我々の後ろを指さすので、

ウムっと振り返ると、そこに金田酒学校の

立派な一枚板が飾られている。

おおっ、立派な墨文字。

女将が何が言いたいのかは即座に分かった。

酒をたしなむこの店のマナー、

学校の他にも、

ここの掟のようなものが書かれているハズだ。

実際、後で確かめると

そんなもんは書かれてなかったが、

とにかく、酒の学校だったんである。

学校に飲みに入った以上、校則は絶対だしね。

という訳で、15年ぶりのアルコールである。

ついでにタコぽんとか若鶏の焼き鳥、

菜の花のおひたし、しめ鯖、しんじょう揚げといった

酒飲みにはたまらない肴も久~しぶりにいただく。

(これがうまいんだなぁ)

さて、アルコールをやめたのは、

確か15年くらい前だった。

最初は医者の忠告だったように思う。

肝臓値、コレステロール、中性脂肪が

軒並み悪い数値だった。

が、あまり気にもせず、

アルコールを少し減らす程度でごまかしていた。

断酒は意外なことがきっかけとなった。

いつものようにビールを飲んでいたら、

やたら鼻が詰まって息苦しい。

そんな日が続くようになった。

日本酒でもワインでも焼酎でも、

とにかくアルコール類を摂取すると鼻が詰まる。

息苦しい、酒がうまくない。

薬屋にも医者にも行ったが明確な回答が出ない。

いろいろな薬なんかを飲んではみたが、

どれも全く効果がない。

次第に飲む日が減った。

なんだか面白くない日が続いた。

だって息が……ですよ。

そうこうするうち、

習慣づいていた飲酒もやめてしまったのだ。

私はついに、

酒と相性の悪い人間になってしまったのだ。

以来、今日まで飲んでないし、

飲みたいとも思わない、で甘い物が好きな、

とてもつまらないおじさんになってしまったのだ。

思うに、私の場合の飲酒は

犬の条件反射と同じで、

食い物をみるとよだれが出る犬のように、

夕方になるとアルコールを摂取していた訳だ。

その際の条件キーワードは「夕方」であった。

で、話を自由が丘の金田に戻すと、

前述した理由から

15年ぶりにアルコールを摂取することとなったが、

結果はなんというか、

身体中を血液が巡るというか騒ぐというか、

妙に身体が暑くなるという、

身体の懐かしい変化が呼び起こされた。

結果、アルコールってなかなか「うまい!」

なのであった。

気分も絶好調。

そして、鼻が詰まらないことも確認したのだ。

さて、では晴れて飲むぞ、

で、もう一度、自由が丘の金田に行って、

酒通になるぞとも一瞬思ったのだが、

あれから数日経ったいまでも、

アルコール類は一切摂ってはいないし、

あのサケも肴もうまい金田にも、

もう行かないだろうなと思っている自分がいる。

特に我慢も無理もしていないのに

なぜだろうと考えるに、

私には現在、チョコを摂取する習慣があることを思い出した。

疲れた日の夕方に摂取するチョコは、

とにかく格別にうまいのだ。

このの心境をたとえていうと、

むかーし別れたおんなの人と再会したが、

もうその頃のようには戻れない。

そんな感じなのである。

ああ、人はどんどん変わってゆくのだ。

好みも変化するし、

習慣も進化してゆくものなのだ!

しかーし、それにしても

久しぶりのビールはうまかったなぁ。

やはりこの先、

どうなるか分からないんである。

100均絵画

中年にさしかかる頃から絵が好きになった。

あちこちの美術館に行くようになった。

それまで、仕事上でイラストとかカット、写真など

いろいろ扱っていたけど、

絵画に目覚めるとは思わなかった。

きっかけは、おそらくだが、

横須賀美術館にニューヨークアート展をやると聞いて、

暇つぶしで観に行ったことだろうと思う。

リキテンスタイン、アンディ・ウォーホルらの絵が

ずらっと飾ってある。

一枚一枚を間近で観て、心を動かされた。

いずれ広告のポスター的でもあり、

どちらかというと古典的な絵画でないので、

まあ、私的には入り口としてフィットしていた。

それから、各地へでかけ、

ピカソとかレンブラントとかダリとか、

いろいろ観て歩いて、本格的にはまった訳。

とりわけ印象派が好きで、

モネ、カサットなどがいい。

ルノワールも相当いいですね。

光と影の描き方をずっと観てて飽きない。

現在では、デュフィとシャガールが気に入ってて、

たまに、すげぇとつぶやいてしまう。

ある日、私も描きたいと思い、

新宿の世界堂をうろうろしてみたが、

いや、画材って相当高価なんである。

町田に戻って今度は東急ハンズを見て回ったが、

そうそうそういえば、

「おまえ、ほんとに絵やるの?

描くの? 描けるの?」

と問いかける己がいる。

確かにその通りなんだよ、

と自らの問いに納得。

そんなとき、ふと頭に浮かんだのが100円ショップ。

東急ハンズを後にして、

それからは、ダイソーとかセリアとかキャンドゥを

ふらつく日々が始まる。

100円の絵筆、パレット、絵の具、画用紙……

100円なのでどんどん買った。

お金持ちみたいにね 笑

で、くちゃくちゃと描き始めた。

気に入らないと、どんどん捨てる。

破く。

赤貧ではないので、

駄目なスケッチなんぞは

豪快に捨てれる。

とっても愉快。

でもほんとは真剣に、

何回も何回も描いてみたんだ。

しかし線の一本一本が気になったり、

絵の具の色が思うように混ざらなかったり、

発色しなかったり……

結局、全然うまくなんか描けない。

鑑賞しているほうが相当楽だと思い知る。

そこで近くのデパートなんかのアマチュア絵画展などを

観にいくも、生意気にあれこれと批評している己がいる。

では、もう一度描いてみようと、

いまだ続いているが、

上手くなろうと誰かに習うという選択肢は

いまさらない。

上手くなどと思わない。

きみはどう描く?

そう問い掛けて描いている訳。

早い話が自己満足。

今日も超自己流で、飛ばして描いているし。

しかし、絵を描くって結構楽しい。

この格安な趣味を誰かと共有したいね。

という訳で、

あなたもさっそく始めてみてください!

絵1

アイデアはタダではない

仕事の性格上、

いろいろとアイデアを捻らなければならない。

やっとアイデアがうまれても、

それが仕事上ベターなのかベストなのかは、

どうしても相手次第となる。

自信があってもこればかりは、

結果をみないと分からない。

が、一応社内のベストアイデアとして、

依頼主に提案する。

具体的に、それが企画書であったり

デザインまたはキャッチフレーズ等々、

一応カタチとして表す。

仕事の予算にかかわらず、

私たちも同業者も、常にベストを尽くしている。

なぜなら、予算によってアイデアをひねり出す度合いを

調整するなんて、土台無理だからだ。

とりあえずベストを尽くしてしまうのが、

この職業域に生息する人間の性分なのだ。

よって、苦労したアイデアが採用されると、

とてもうれしい。

悩んだ甲斐があるなぁと、しみじみ思う。

向上心も刺激され、社内的にもいい影響を与えてくれる。

より良いアイデアを捻り出すため、

私たちは過去から現在に至るまで、

それなりのベンキョーと経験と実践を積み、

相応の時間を費やしている。

しかし、仕事の性格上、

そこにビジネスの難しさがつきまとうことも知っている。

思うに、アイデアはまずカタチがないものなので、

どうもそのあたりに問題が隠れているようなのだ。

依頼されたとはいえ、そうそうにモノが動く訳ではないし、

発注と同時に金銭授受が発生する訳でもないのが、

この業界の特徴である。

裏を返せば、こうした仕事の依頼と受注前後に、

双方の思い違いやニュアンスのズレなど、

さまざまなトラブルも発生する。

口約束、曖昧な意味合いのメールなども、

後のもめ事の一因になる。

それは私たちのつくりだすものが、

そもそも実体のないものだからである。

依頼者による評価やその価格などにおいても、

個々の判断によって大きく乖離してしまうことがある訳で、

これは私たちの扱うものが、

面倒な商品であることの証左だ。

アイデアを提案したからといっても、

実はそこに正解はない。

具現化したところで、

ベストとはいえないことも多々あるだろう。

価格においても同様のことが起こる。

では適正価格というものを考えた場合、

それは双方が同意すれば、

それはそれでカタがつくハズなのだが…

諸事情が絡んで、現実は複雑怪奇に進行することもある。

そこで最近よく聞くのが、

仕事を始める前に双方で詳細な取り決めをし、

厳密な契約書を取り交わす例などがある。

アイデアを捻り出すのは、かなり心身のエネルギーを使う。

有限的な時間を費やすので、他の時間を圧迫する。

よって、そこに有益な何かが存在しなければならないと

私たちは次第に考えるようになった。

ビジネスとしてのアイデアは、私たちの意識如何で、

しっかりとその権利を生むハズだ。

だから私たちは日々頑張っていけるのだし、

食べてもいける。

(誰がみても陳腐なアイデアは論外だけどね)

アイデアに対するコスト意識は、

後に続く人のためにも、

しっかり定着してもらいたい事柄である。

「アイデアはタダではない」

当たり前のように思われる方も多々いると思うが、

現実はかなり厳しい。

私の実感だ。

だから経済活動を営む誰もが意識してもらいたい、

いや一度は考えていただきたい、

大切な事柄のように思うのだが。

オリジナル睡眠法

長く寝ると、だいたい調子が悪い。

時間にして、6時間を超えるとイケナイ。

最近では、本やテレビで睡眠負債などと命名され、

吹聴されている。

―――

僅かな睡眠不足が積み重なり「債務超過」の状態に陥ると、

生活や仕事の質が低下するだけでなく、

うつ病、がん、認知症などの疾病に繋がるおそれがあるとされる。

日本人のおよそ4割は睡眠時間が6時間未満で、睡眠不足の状態にある。

―――

(ウィキペディアより)

これ、私には脅かしともとれる訳で、かといって

毎日6時間以上も寝ていると、ホントに不調なのだ。

だいたいが長く寝た日ほど、身体のどこかが不調なことが多い、

だから長く寝る、というのが私の身体の事情のようだ。

ロングスリーパーとかショートスリーパーとか、

睡眠はその人の個性のように様々という考え方は、

どこへ行ってしまったのだろう。

私はこっちの考え方に賛成!

手首には毎日の睡眠時間及びその質が計測される

ウェラブルを付けているので、

一応、毎朝チェックをするが、

ベスト睡眠時間は、だいたい5.5時間あたり。

睡眠品質は、私の場合は5段階で4つ星がベスト。

5つ星だと寝起きがとても悪い。

あとは昼寝の有無となるが、

これはその日の成り行き次第だが、

時間があれば数分~15分位は寝るようにしている。

一時期、ヒマ~なときに2時間の昼寝をしたことがあるが、

起きた後は全く使いものにならなかった。

テレビでは健康番組が花盛りだし、

かといってあんなもんを毎日観ていたら

頭がこんがらがって健康矛盾に陥ってしまう。

しまいには知識の詰め込み過ぎで、

妙な病気になってまうような気がする。

真面目な人ほど真剣になってしまうので、

できれば斜に構えてさっと観て

さっさとチャンネルを回してしまおうではないか。

そしてそれらバラバラの、

一種適当な健康知識を自分なりに編集して、

マイ健康法を仕上げてしまう、

なんていうのはどうだろう。

一応、それでもその人なりのオリジナルにはなるし、

そんなんでいいのではないかなぁ。

だって万人に通用する完璧な健康法など、

私はこの世に存在するとは思っていない。

健康法だけでなく、

ビジネスも人付き合いも、

いや、生き方さえも、

その人なりが考えたオリジナルでいいんじゃないかと。

凄く稼ぐ人がいるからといって、

そんな人のまねをしたところで、

そのまま上手くいくとは限らないのは、

数多くの成功本が即捨てられるのをみれば分かる。

人間関係も然りと思う。

要は、まず自分なりに考えねばならない。

悩むとは、必要善である。

いろいろな情報を取捨選択するためには、

頭を使うべきだし、

それらの情報を元に、

自分に合ったものに編集するには、

かなりの苦労を要する。

こうして作り上げたものは、まず身につく。

愛着もうまれる。

そしてなにより揺らがない。

この程度のオリジナルだって、

模倣ではないし、

独りよがりともまた違う。

それは、この現代に於いて貴重な示唆ともなりうるし、

人とはちょっと違う人生観も育つと思うのだが。

父の不条理

父は公務員としての職業を全うしたが

それより以前は軍人だった

本当は電気屋をやりたかったと話したことがあるが

叶わなかった

強制的に軍人となって満州へ渡り敗戦

シベリアでの捕虜生活は苦渋の毎日だったと

それより以前はとうぜん父はとても若かったし

将来の夢をいっぱい抱えた少年だったのだろう

父は海辺の村に育った

大きな旅館の息子だった

父の父は旅館の経営はやらず海運業を興した

とても静かないなかでの生活

父はいつも目の前の海で泳いでいたという

戦後2年が過ぎて

父は村でたったひとり生きて帰ってきた

村の人たちは父を冷ややかな目でみた

そして父はふるさとを後にした

しかし晩年になって

父はふるさとの話をよくするようになった

帰りたいともらしたことが幾度かあった

そうかと思えば

あのシベリアに帰りたいと言い出すこともあった

どうしてなぜと問うと

難しそうな表情で苦笑いを浮かべていた

きっと父は

もうなにがなんだかわからなくなっていたのだろう

自らの人生を阻まれた父の不条理を思うと

私はやはりそのよどんだ水底のような心情を察し

深く考え込んでしまうのだ

父は人生という流れの漂流者だった

青の魅惑

ここ数年、青い色に凝っている。

ブルーのTシャツ、ブルージーンズ、青いセーター、

青い絵、青い手帳…

気がつけば青いものばかりに手を出している。

この冬は娘に青いマフラーを買ってもらったっけ。

これはうれしかった。

蒼い時_

そういえば山口百恵の「蒼い時」って本がありまして、

えらく売れたけど、私は買わなかったな。

当時は20代で出版社に在籍していたけど、

ぜんぜん分析しようとも思わなかった。

青とか蒼に、全く興味がなかったからか、

百恵ちゃんに惹かれなかったからか、

そこは良く分からないが。

青っていろんなたとえにも使われている。

青くさい、といえば子供っぽいの意。

理由は不明だが、きっと植物とか稲とかの

初々しい色からきているような気がする。

(昔もいまも緑色を青と呼ぶことがあります)

先の百恵ちゃんの蒼い…は、

やはり思春期とかをイメージさせるのだろう。

思い出せば、この人の歌う歌詞って結構きわどい。

♫あなたが望むなら

私何をされてもいいわ

いけない娘だと

噂されてもいい♫

↑のタイトルが「青い果実」

やはり青だね!

さて、青い色といってもその数は限りなくある訳で、

海の青、空の青だけでも、

場所や季節や天候や時間帯によって、

それこそ無数の青がある。

青空

そして藍(あい)染めの藍、群青(ぐんじょう)といえば、

日本独自の青となる。

群青色

藍染め

西洋の青なら、ラピスラズリやコバルトブルーだろうか。

コバルトブルーは、美しい海を表現する比喩として

よく用いられる美しい色。

ラピスラズリはウルトラマリンとも呼ばれ、

その神秘的な深みが特徴だ。  

ラピスラズリは石だが、産地は昔のペルシャあたり。

それをヨーロッパに運んでいたらしい。

これを日本流に瑠璃色と呼ぶ。

謎を秘めた色、とでも言おうか。

その神秘的な色が、

近代絵画の描き手を惹きつけた。

北斎

広重

日本では葛飾北斎、歌川広重だし、

ヨーロッパだとシャガールやゴッホ、

フェルメール、イヴクラインの作品が有名だ。

ゴッホ

私的にはシャガールとデュフィの青が、

たまらなくいい。

シャガールは夢を青で描く。

シャガール

デュッフィは風景を個性的な青で強調する。

デュフィ

いずれ忘れがたく、記憶に残る。

皆、ラピスラズリの青を求めて、

当時、大金をはたいたというから、

ラピスラズリがいかに芸術家の目をも奪う魅力があったか、

その証左といえるだろう。

いまは、ラピスラズリなら私でも買える。

実際、ブレスを2本ほど所有している。

ラピスラズリの青い色が好きなのはもちろん、

この石が魔除けの石だということ。

ラピス

かなり胡散臭い、とお思いだろうが、

私は出かけるときは必ずラピスラズリを手首に着ける。

それが嘘だろうが非科学的だろうが、

私は一応信じて疑わないのだ。

なぜなら、ラピスラズリが青だから…

いや、ちょっと根拠に乏しいな。

では

━ラピスラズリをじっと見ていたら

その深いミステリアスな魔力に

取り憑かれてしまったから━

こんなんで、どうだろう?