写真

返答しない写真に話しかけるって

やっぱり俺もやっているじゃん

でも

こうして話すと

昔のはなし

多いよね

だって

思い出しかないもんな

そうそう

帰りに花買ってきたよ

どう

あまり好きじゃない

そういう顔している

そういえば

ドラマも好きじゃなかったし

つくりばなしは嫌いだって

ニュースとか観ていて

世の中いろんなことがあるよ…

そういつも驚いていた

なあ、おふくろ

つくりばなしじゃなくて

オレ

また遠くへ行くよ

海外

いつも言ってたろ

行くって

大丈夫

いつも心配性だった

おふくろだから

今度は

風になって

ついてこいよ

ヒット商品の仕掛け

「太陽のマテ茶」が売れているという。

日本コカ・コーラの久々のヒットでしょうか?

まず、マテ茶は、無糖飲料で、ダイエット効果の他、
テレビや雑誌等で健康に良い、というイメージで流れ始めた。

これにはきっと仕掛け人がいる。私はそうにらんでいる。

で、マテ茶?
私は以前からこのお茶を知っていたが、知らない人も多かったに違いない。
(私は個人的にこのお茶を愛飲していた過去がある)

が、ずっと続く日本人の健康ブームに、久々の大物の登場ということで、
マスコミとテレビで火がついたと考えれば合点がゆく。

それが意図したものであるにせよ、
浸透に成功し、市場に認知された。

洋食化が進む日本。
いま人気の草食系だけでなく、やはり肉食系も健在なのだ。

ポジティブに健康になりたいのは、誰もが抱くもので、
コマーシャルも水着姿の健康な方たちに踊って頂く。

で、ネーミングだが、マテ茶だけでは面白くもなんともないので、
太陽の…がこの商品の肝になっている。

売れるネーミングの良い例。
太陽…付けるだけでイメージが広がる

それに付加するように、デザインは陽気なラテンのイメージで太陽を象った。

ここまでやると、不況だろうと「もの」は売れる。

イメージとタイミングの勝利だ。

生きるを、デザインする、ということ。

松尾芭蕉の奥の細道に、

月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり

とある。

これを解釈すると、

松尾芭蕉は、自ら旅をしているにもかかわらず、

時の流れを旅人として詠っている。

これは、中国、唐の時代の詩人、李白の『春夜宴桃李園序』の

「夫天地者万物之逆旅、光陰者百代之過客」を意識し、

自分なりにアレンジしたものとして伝えられる。

こうしたことばには、壮大な宇宙観が漂い、

その隅々に至るまで、計り知れないロマンが宿っている。

解釈は違うが、

人が生きていくことの感慨に触れ、

その過程を、旅と解釈することはよくある。

凡人の私には、こちらがしっくりくる。

これをマーケティング的に捉えると、

旅におけるバリューを考える、などとなる。

旅の価値を高めることこそ人生における最大のテーマだ、

と誰かにプレゼンすることもできる。

さて、人生を旅であると定義すると、

旅をするのなら素敵な旅を、と誰もが考える。

そして旅における「素敵」とはを追求すると、

これは高度な話となり、

尚且つ、人それぞれの価値の分だけ多岐に渡る。

そもそも実際の旅とは、

時とともに空間を移動することにある。

そこに感動やよろこびなど人の心が凝縮され、

旅は完成する。

辛い旅もある。が、そんな旅は誰もしたくない。

バリューは、欠かせないのだ。

それを人生に置き換えると、

夢であり、志であり、愛なのかも知れない。

このすべてが、生涯のバリューの素材である。

こう考えると、マーケ的に捉えた旅も、

自分をみつめる上で、試す価値はありそうだ。

またこれを、

旅をデザインする、

人生をデザインする、と言い換えると、

若い人は将来のプランを、

定年退職を迎える人は老後の有意義な過ごし方等を、

かなりビジュアル的に分析することもできる。

落書きでOK。

思いついたことをメモしたりスケッチすることは、

自分のなかに眠っているものを吐露するのに最適だ。

このように、商業的な用語の中にも、

人生考える元となるノウハウは潜んでいる。

「人生をデザインする」とは、

突き詰めれば、これからどう生きるか、

未来の「私」と真剣に向き合うきっかけにもなる。

光陰矢の如し。

芭蕉や李白に迫る必要はなくとも、

時の流れのなかにいる私たちは、

やはり旅人だ。

そこにバリューがあれば、と皆思う。

やはり、生きるデザイン力は必要だ。

エキサイティング・マーケット

関東圏の或る都市のファッションビルデパートから、

代理店経由でプロモーションを依頼されたことがある。

施設としての規模は小振りで、若者志向のテナントが多く、

来店者数が落ちているとのこと。

早速現地にでかけてみた。

事前に、この地域の人口と構成比、人の流れ、施設、

競合他店やその傾向、地域性などを調べた。

また、過去の広告類も見せてもらい、予備知識を蓄積した。

現地で地図を広げると、駅からかなり遠い。

さらに、メイン道路から少し引っ込んでおり、

道路づけも良くない。

要は、入り口付近に広がりがないように思えた。

更に、各階のフロアを歩いてみると、各テナントの殺風景さが目立った。

これは、ディスプレイの問題の他、

広々とした通路が逆に仇となっていた。

売られている商品の品質やトレンド性、プライス等もチェック。

館長さんや各店長さんにヒヤリングを開始する。

いろいろと聞くと、どうもこのデパートに蔓延しているものが、

「諦め」という空気だった。

諸条件の悪さはあるが、オープン時は良かったという。

広告もかなり打ったらしい。

その後、徐々に売り上げを落とし、

幾つかのプロモーションを仕掛けたが、

なにをやっても駄目ということで、

館内に「諦め」ムードが広がっていた。

オープン当時からの広告を更に細かくチェックすると、

ずっと新規オープンを謳っている。

時間の経過とともになにを語るでもなく、

このデパートは、ずっと新しさで推していた。

後に残るウリは、どこを見ても、やはり値段の安さのみだった。

事前に分かってはいたが、これはひどいなと私は思った。

どこの広告会社が手がけたのかを事前に聞かなかった私は、

そのとき初めて東京の某大手広告代理店の仕事と聞いて驚いた。

季節やシーズン、いろいろな節目のなかで広告は打たれるが、

館内のポスターやサイン、まかれたチラシ、

外にかけられた懸垂幕を見ても、

問題はそれ以前と判断し、店長会を呼びかけることにした。

私が企画したテーマは、当然のように、にぎわい、だった。

それを「エキサイティング・マーケット」と名付けた。

アタマのなかで、アジアの活気溢れる露天をイメージした。

店長会の会場で、

リニューアル・コンセプトを私は熱く語った。

その具体案として、通路に並べるよりどりの商品や陳列のノウハウ、

時代の先端をゆくその店の服装や小物を身につけることの徹底、

そして館内の全員には「笑顔」をお願いした。

このとき、私もちょっとヒートアップしてしまい、

店長さんたちの反応も考えず、

その企画内容がホントに伝わったのかどうか、

後日心配になってしまった。

広告関係もこのノリを踏襲して制作し、

私としてはかなりの手応えを予想していた。

リニューアルオープン前に、

確認のため、もう一度現地で店長会を開いた。

そこで、再度、当然のように私の企画意図を話すと、

数人から手が挙がった。

彼らからの質問は、おおむねこういうものだった。

「アジアに行ったことがないので、どうも分からない。

イメージできない」

それを聞いて、ええっと私はのけぞってしまった。

言い遅れたが、この話はいまから20年くらい前の話である。

ネット以前だが、

みな情報はもっていると私が勝手に思っていた。

その会場で、私はアジアの市場について、

その様子を細かく語ったが、

いくら話してもピンとくる人は少ないように思われた。

で、その夜は徹夜で各店舗を見て回り、

一店一店アドバイスして回ることとなった。

数日後のオープンは、上々の入りだった。

売り上げも伸びた。

私は一応安堵したが、

これはなにかが欠けていると思った。

長続きはしない予感があった。

それは、館長から聞いた財務面の憂鬱な話と、

各店舗の従業員のモチベーションの問題だった。

後日聞いた話だが、

私の考えた店舗づくりのせいで従業員の手間と作業が増え、

店長さんが数人、店員さんから吊し上げをくったと言う。

「やってられない」という嫌な声も耳に入った。

財務面の心配も、現実のものとなった。

結局、後にこのデパートは人手に渡り、

安売りの大型スーパーになってしまったのだ。

去年、旅行の帰りにここに立ち寄ったが、

見る影もないほど閑散とした疲れたビルが

そこにひっそりと建っていた。

結局、この仕事に次はなかった。

私は、中途半端な気分になった。

このやるせなさは、後も引きづった。

しかし、後年、あるテレビで、

とても人気のあるお店の特集をしていて、

そのひとつが、当時、急伸していたドン・キホーテだった。

中年になった私は、店内の映像を見て驚いた。

以前、あのデパートで展開しようとしていたビジュアルが

再現されていたのだ。

あの猥雑さ、あの賑わい。

ああっと、私は溜息をついた。

そして、思った。

時代の読みの難しさというもの。

とにかく、これが身に染みた。

才能ってなに?

柄に似合わず絵が好きで、

一時期、美術館巡りをしたことがある。

ピカソやルノワールなどの巨匠と呼ばれる画家、

日本の著名な画家、

そして現代作家でまだ名の知らない画家も含め、

とにかくじっと観てしまう。

そうした時間は、とても幸せな気持ちになれる。

よく、自分にも絵の才能があったらな、と思うことがある。

が、学生時代から絵は特別下手だった。

働くようになってからも幾度か描いたが、

人にみせられたものではない。

音楽も同様。

吹奏楽部に所属していたとき、トランペットを吹いていた。

毎日マウスピースを持ち歩いて、時間が空くと吹く。

あまりやり過ぎると、唇から血が出た。

当時はニニ・ロッソとかハーブ・アルパートという

スターのトランペッターがいて、

いつかあのようになりたいと思っていた。

が、同じ部内の先輩の透き通るような高音を聴いて、

どうしてもその音が出せない私は、かなり落胆した。

その先輩に将来は何になりたいのかと訪ねたところ、

サラリーマンと聞いて、余計に驚いてしまった。

結果、トランペッターは無理と判断。

徐々にやる気をなくし、退部してしまった。

写真の道も、経済的な理由で辞めてしまった。

当時、カメラマンになるには、とにかく高い学費が必要だった。

お金のない私の家では、諦めるしかなかった。

が、最近この頃のことを思い出す度に、

ホントに無理な道だったのかと考えることがある。

何故そう思うのか、だが、

まず私は精一杯努力したのか、

とことんやってみたのか、ということ。

そこが自分への疑わしさなのだ。

これはうぬぼれとかそうした次元の話ではなく、

誰にでも当てはまる共通項のような気がしている。

才能ということばがあるが、そもそも才能とはなんだろうと、

最近よく思う。

都合よく考える私は、人の才能なんていうものは、

あったとしてもたいしたものではないなと…

みんな、環境や好み以外に、

スタートは大差ない。

これが真実のような気がするのだ。

人並み外れた天才は確かにいるが、

こうした方たちは神に選ばれた人なので、

ある使命を携えているのだろう。

なので、今回の話には無関係だ。

私はいま、コピーライターという職業に就いているが、

別段、特別ななにかをもっている訳でもない。

前職は編集という仕事をしていたが、

ただ頑張るしかない。そうした世界だ。

他は、好きかどうか、それ以外、なにもないのだ。

学生時代にこうした世界にあこがれ、

まず作文教室に通ったとき、

私の作文を読んだその教室の先生は、

まず私にこう言った。

「君はなぜこの教室へ来たのか知らんが、

マスコミ関係をめざしているのなら考え直しなさい。

止めたほうがいい」と。

当時、いろいろな本を何冊も出版していた、

この超有名糞野郎先生のひとことで、

私は止めるどころか、産まれて初めて真剣に勉強をした。

こいつの言うことにアタマにきたからである。

お前なんかに、俺の将来が分かってたまるかと…

結果的に、この超有名糞野郎先生は私の先生となってしまった。

現在も一応プロとして、細々とこの仕事を続けているが、

少なくとも、このとき、そのことば通りに諦めなくて良かったと、

心底思っている。

他人のいうことなんか糞食らえなのである。

やるときはやる。

これしかない。

やろうと志せば、できるような気がする。

いま、ここまで生きてきて、やっとそう思うようになった。

こうした話は、すべて結果論となる。

いまは時代も違う。

が、人はみな、最初は大差ないことだけは確かだ。

偉大なる勘違い。

自分を信じる。

負けない心。

地道にやる。

こうしたプロセスを経て、みな伸びてゆく。

きっと、才能なんていうものは、

人のうわっ面を適当に表現した、

都合の良い言い訳でしかないのだ。

僕がヒーローだったとき

オレンジの陽だまり

午後の公園

ぽかりと雲が浮かんで

ああ

ここは永遠だね

時間は止まった

僕は銃を置いて

温まった躰をくねらせ

眠りにつく

公園の外では

天地が揺れ

相変わらずミサイルが飛び交い

死者も出ている

ひょっとすると

これは神が見放したのだろうと…

しかし

人は生きるために産まれてきたと信じ

人は死んではいけないと神に教えられ

迷宮のなかで行き場をなくす

だから

僕は夢をみたんだ

そして不思議を手に入れた

僕は死んだ人を復活させ

その人と抱き合う

僕はミサイルを片手で掴み

海へ放り投げる

僕は暴れる大地に四つん這いになり

地の神と話し合う

目を覚ますと

公園はすっかり暗くなってしまい

凍える程に寒く

僕の躰も冷えきって

時は猛烈に動き出していた

もうここは公園ではない

ああ

僕は再び銃を握りしめる

日々雑感コラム

話せるって、いいね!

最近、NTTが音声翻訳アプリを開発したらしい。

その名も「はなして翻訳」。

iPhoneとかiPad使用者でコレが欲しい人は、

ドコモのAndroidへ乗り換えですかね?

私も気になって調べましたが、

これはひょっとすると凄い。

中国語と英語と韓国語に対応。

これからも順次、他の言語も増える予定なので、

近い将来、とんでもないことが起きるのかも。

だって、おおざっぱに中国語を話す人って約10億人でしょ。

英語圏と韓国語圏で約4億人だから、

これは創世記に登場するバベルの塔の崩壊以来の

コミュニケーションの発明となる。

スマフォやタブレットを介しての会話って、

絵的に少し変ですが、

このスタイルが浸透すると、日常の風景になる。

ううん、なんだか話せば分かる、気がしてきた。

イマドキのフェィスブック

一日に何度かフェイスブックを開くが、

まあ、どん引きなのが、すげぇホテルに泊まりました、とか言って

部屋のドアップ掲載。私、稼いでいます! みたいな…

本人はさぞドヤ顔しているのでしょう。

この位、図太くKYじゃないと稼げない世の中なのかね?

次に多いのが、スタバで仕事頑張ってます系。

まあ、仕事なんかどこでしてもいいんだけど、

だいたいスタバ。格好いいらしい。

間違っても昭和の匂いのするルノアールではない。

ってどうよ?

アップされている写真はみな同じようなカットで、

スタバのカップとノートパソコンがワンセットと相成る。

だからどうしたの?

そこからなにを感じたら良いのか、分からない私です。

JT広告

デパートとかショッピングモールの喫煙室でお目にかかる

JT広告。

みな、ぷかりとやりながら、その広告を眺めている訳です。

で、上手いのはこんな感じ↓

●たばこを持つ手は、子供の顔の高さだった

 (うん、リアル。確かに気を付けなければと納得できる)

●煙の幅は、体の幅よりぜったい広い。

 (これも吸っている本人が気がつかない角度からのアプローチ)

●夏。たばことすれ違う腕は、裸だ。

 (上手いですね、なんだか80年代の名コピーのノリ)
  

と、ここまではGOOD!

が、酷いのになるとこんな感じ

●人ごみって言うけれど、何人からが人ごみなんだろう。

 (そんなこと、自分の感覚に聞け! たばこから遠いな)

●私に手を振る人がいた。煙を払う仕草だった。

 (一見分かるような気もするが、つくり過ぎの感)

●吸われて。燃えて。捨てられて。たばこじゃなければ泣いている。

 (こいつ、なんか勘違いしてないかな。の演歌コピーライター)

コピーの善し悪しって、かなり人の気分を左右させます。

自戒を込めて。

石川遼君の件

以前、大手スーパーの1Fの宝石店の前を通りかかったとき、

そこで綺麗なパワーストーンをみかけたので、

じっとそれを見ておりました。

(私はなぜかかこの手のものが

好きなんです)

そこへ体格の良い(?)女性店員さんがあらわれ、

いきなり磁気ネックレスをすすめる訳です。

そしてその磁気ネックレスのPOP広告に、

なんと石川遼君が写っているではありませんか。

彼は、磁気ネックレスをふたつ首に巻いて、

ニカッと笑っている。

そこにはもう、彼のハニカミは全くありません(古っ!)

「いや、それはちょっと興味がないので…」

と私が引き気味に言うと、

「売れてますよ、今日もふたりお求めになりましたよ」

「そうですか…」

「石川遼君を知らない人はいませんよね」

その太っちょの店員さんが、いきなりたたみ込んだ。

「ええ、そうですね」と私。

冬至も近いし、陽もとっぷりと暮れている。

私がぐだぐたしていると、次の瞬間この店員さんから

信じられない言葉が発せられた。

「石川遼君も付けているし、みんな買いますよ。

どうします?」

私は無言のまま駐車場へ向かいました。

とここまで書くと、

いきなり女芸人の渡辺直美さんの顔が

アタマに浮かんでしまいました。

私的に渡辺直美さんは綺麗だと思っています。

あの人の目は素敵です。

彼女は他の国では、確実に美人に分類されると思います。

そして「遼君、もう少しマシな広告に出ろよ」と

つぶやくのでありました。

己と巳

ダイエットなんて全くしていませんが、

少しはスリムになろうと運動しています。

健康のためにもですね。

しかし、カラダを動かすと腹が減ります。

で、よく喰う。

すると太る、の悪循環の繰り返しです。

全く、腹が立ちます。

そんな訳で、

先日も運動前に、

カマンベールチーズをちぎって喰ってしまいました。

で、痩せない今年もいよいよ終わるのに、

己はこの一年何を成したのか?

そこが辛いところですね。

さあ、来年はいよいよ巳年です。

が、勢い、間違っても己の年などと思わないよう、

気をつけたいところであります。

時代の気風

自分に降りかかる現象を

どう受け取るか

幸不幸のすべては

ここから始まるのだろう

人はせいぜい100年の命なので

その時の流れのなかで培う心の在り方が

人をつくり

人生を決める

辛いことも悲しいことも

ひっくるめて生きてゆく

すべては心に始まる

決して他人にみえないものが

今日もその在り方を探している

おもしろき こともなき世を おもしろく 

すみなしものは 心なりけり

高杉晋作のように生きてみようか

せめて彼のように考えてみようか

市井の人も誰も

その在りようが

いま問われている

そんな時代に

こんな時代にと考えるのか

それをいま突きつけられているのは

紛れもない私たち一人一人なのだ

母のこと

ものごとって

すべてはあらかじめ決まっているのだろうか

やはり

奇跡は起きなかった

その絶望のことばをきくと

医師の顔をまじまじと凝視してしまう

果たしてこの人と母は 

私は

どうした巡り合わせ

どんな縁なのかと…

母は

美しく白い顔で横たわり

その眠るような頬にふれると

まだあたたかく

実は生きていて

再びどうしたのと

起きてくるような気がして

緊張の箍が外れると

悲しみが一気に溢れ

母への思いがこみ上げて

揺り起こせば

再び目を覚ますような気もするのに

あぁ

母はきっともうここにはいないんだな…

明け方に病院を出ると

外の空気は凍てついて

吐息は白く流れ

空を見上げると星が瞬き

異様に蒼白い満月が煌々と

立ち尽くす私たちに降り注ぐ

母にありがとう

産んでくれてありがとうございますと

そんなことばを呟いて

そんなことしか考えられず

驚くほどに

心身が脱力して

肩が緩んで

街が目覚める朝近く

私たちはタクシーへと乗り込み

夜明け前に国道を疾走する

その後部座席からウィンドウのガラス越しに

私は

凍れる街の流れる灯りを

スクリーンのように

ただなにも思わず

眺めていた

(去る11月29日の早朝に母が他界致しました。事情を知っている方には
いろいろとご心配をおかけしました。この場を借りお詫び申し上げます)

タイムトラベラー (短編適当小説)

病床に伏している老人がいる。病院だろうか。

クリーム色のワゴンの上に、一輪の花が差してある。

家族らしき人たちが、その老人の傍らで先生と話を交わす。

「もうね、いいでょ。やることはやりましたしね」

長髪の先生が、白い髭に手をやり、落ち着いた口調で話す。

そして、そうですねと、

奥さんとおぼしき老婦人が、ぽつんとつぶやく。

娘だろうか、彼女の手がベッドの老人の手を撫でる。

息子はずっと窓の先の景色をみつめている。

海の見える病院だった。

俺は、その後ろに立っていた。

あぁっ、と溜息をつく。

俺は、絶対に見てはいけないものを見てしまった。

が、遅かった。

病室でのやりとりを見た俺は、後ずさりし、

冷や汗をかきながら、廊下を突っ走る。

誰かが「走らないでください!」と怒鳴る。

「うるさい、俺はいま、自分の最後を見てしまったんだぞ!」

そうわめきながら階段を駆け下り、

そして俺は、アタマが真っ白になってしまい、

ふわっとした感覚とともに、

気がつくと、2012年のその日へ戻っていた。

ひえぇっ、

冷や汗をぬぐい、俺は水道の水をゴクゴク飲む。

…あの場面って!

一体あれは、西暦何年頃なんだろうかと考え、

いや、とかぶりを振った。

「そんなことは知らなくていいんだ」

冷静になるまでに1時間30分はかかったろう。

「やはり未来なんてところへは、特に自分の死に際なんて

絶対に行くもんじゃないな…」

少し冷静になって、改めてあの場面を思い出すと、

まあ日本という国も、この先あるらしいということが分かった。

息子も娘も元気だった。

それにしても、ウチの奥さんの老けぶりは凄いな。

そしてである。

自分も当たり前に死んでゆく姿を確認した訳である。

いまは信じられないが、である。

そうだ、人は死ぬんだ!

ビタミン剤を飲もうが、毎日身体を動かして頑張ろうが、

すべての人は例外なく、富も貧乏もすべて、

死に向かってきょうも生きているのだ。

俺は、数日前から控えめにしていたタバコをぷかりとやる。

その日は仕事が手につかず、ずっと考え込んでしまった。

そして、自分の禁じ手である未来へ行ったことを、

俺はひたすら後悔した。

死に際、というキーワードは今後一切御法度だな…

その日の晩、俺は古い友人と街の居酒屋へ繰り出し、

へべれけになるまで酔っぱらってしまった。

友人に、この病室で見たできごとを話すと、

彼は俺の話を悪いジョークでも聞くように軽くいなし、

次々と話題を変えてゆく。

店を出て自宅に辿りつくまで、

俺は2度ほどクルマに轢かれそうになった。

次の日の朝方早く起きた俺は、

延々と遅れた我が社のスケジュールに目をやり、

この先どうしたものかと考えていた。

そしてええぃと捨て鉢になっていたとき、

あることを思いついた。

そもそも、

いまの俺のスケジュールを圧迫しているのは、

あの日、適当な見積もりと締め切りを申し出た俺が、

すべての原因だったことを思い出した。

酔い覚めに飲んでいたコーヒー味の豆乳パックを放り投げ、

俺は例のパソコンのアプリを立ち上げる。

「タイムトラベラーVr.3プレミアム版」

ブラウザに美しいデザインのサイトが立ち上がり、

要求されたIDとパスワードを入れると、

幾つかのキーワードがある。

俺は、すかさずあなたのご希望の年月日、

と書かれたページへとジャンプする。

そして、約3ヶ月前の日時を入れる。

パソコンの画面に幾何学模様があらわれ、

インドの寺院で聴けるような不思議なメロディーが流れる。

しばらく経つと俺はウトウトし始め、

ハッと気がついたときには、A社の宣伝部のドアの前にいた。

俺は背広を着て、事前に送信した見積もり書を手にしている。

切れモノと名高い、A社宣伝部の青井さんがあらわれた。

そして、にやにやしながら、彼が第一声こう切り出したのだ。

「ホントにお宅、この見積もり安いね、

仕事も早そうだしね。

でさぁ、この値段と期日でホントに大丈夫?」

3ヶ月前、俺はこの日ここでこの青井さんに、

「もちろん、全然OKです!」

とへらへらしながら言い放ってしまったのだ。

相変わらずの俺の軽薄さが、現在の我が社の混乱の元なのだ。

で、俺はキリッとした顔で背広の襟を直し、

こう切り出す。

「見積もりはこの通りです。

間違いはございません。

でですね、締め切りのほうなんですが、

その後いろいろ考えまして

スケジュールを綿密に組みましたらですね、

ええ、もう2週間頂けると、

かなり完成度の高いサイトに仕上げることができるかと…

ううん、これはあくまでご提案ですが…」

青井さんの眉がピクッと上がった。

「ほほぅ、2週間延ばしか。

 完成度ね。

 出来が、あの打合せのレベルから更にアップしちゃう訳ね?」

「そそっ、そうですね、ハイ!」

俺はハイだけ、キッパリと言い放った。

気難しい時間が流れる。

そして青井さんが切り出す。

「いいよ、いいよ。ウチもその完成度に期待しましょ!

ウチはさ、そもそも下手なものは世間に出せないしね。

なんてったって業界一のリーディングカンパニーだから。

じゃあ、

世界一のいいものつくってよ。 期待しているからさ!」

俺はモーレツなプレッシャーを感じたが、

この際締め切りが延びるのならどうでもいいだろうと思い

「ありがとうございます!」と

深々とアタマを下げる。

そして俺は、

膝の上に出していたタブレットに映し出されている

「タイムトラベラー」のアプリ画面に、そっと目をやる。

赤く大きく書かれている「リターン」の文字に触れると、

突然景色が回り出し、耳がキーンと鳴った。

次の瞬間、今度は身体がふわっとして、

気がつくと俺は、

自宅の居間でタバコを吹かしていたのだ。

おや、あそうか、

青井さんとこの仕事、

2週間延びたんだっけ…

ヒヒヒヒッ!

手帳に、青井さんの会社のサイト制作の締め切りが、

2週間も延びたことを記す。

はい、これで余裕です。

俺は小躍りをし、この秘密の最新アプリに感心した。

なんと言っても、未来はいかん。未来へ行ってはいけないな。

そう、このアプリは、過去へ行って初めて価値が上がる。

ようしと、少し時間の余裕ができた俺に、

次のアイデアがひらめいた。

見覚えのある教室で、俺は席に座り、授業を受けていた。

あっ、清水先生だ!

思わず声を発した俺に、教室のみんなが振り返る。

オオオっっっ、みんな知っている顔顔顔。

久しぶりじゃん!

俺がニタニタしてみんなに愛嬌を振りまくと、

英語の清水先生が黒板を叩いて

「ビー・クワイアット!」と叫んだ。

いっけねぇ

みんながゲラゲラと笑い、

そしてし~んとなって、授業が進む。

俺はななめ前の飯塚さんをうっとりと眺めた。

やはりな、この女性だよな。

永い人生を歩んできた俺だが、やはりこの人が、

俺の人生史上の最高の女性に違いない。

俺は過去、このひとに振られてから、

常々人生が狂ったような気がしていた。

この敗北感は、中年になったいまでも引きづっていて、

なにか良くないことがあると、

どうせさ…と愚痴るのが俺の癖だった。

その元凶がいまここにいる。

この場面さえひっくり返せばと、

俺はつい力んでしまった。

「タイムトラベラーの有効時間は30分、

んんんんん、

あと15分で一世一代のアタックをしなくては…」

学生服の喉のところのプラスチックのカラーが、

ぐっしょりと濡れている。

手に異常な汗をかいている。

息が苦しい。

俺は思わず咳き込み、げぇっーと声を発してしまった。

と、そのとき、

人生最大のあこがれである飯塚さんがこちらをちらっと見て、

小さく、他の人には分からないように「チッ!」と言い、

軽くそっぽを向いて、なんと教室を出て行ってしまったのだ。

清水先生が飯塚さん、フェア?と訪ねる。

そのとき、チャイムが鳴った。

「あああっ」と俺。

時間がない!

みんながパラパラと席を立つ。

俺は教室を飛び出し、またまた廊下を突っ走る。

遠くに飯塚さんの清楚な後ろ姿がみえる。

と、俺はドスンと柔らかい壁のようなものとぶつかり、

その場に倒れた。

「馬鹿野郎!」

見上げると片山のドデカい図体がそびえている。

「謝れ!」

片山はこの学校の番長だ。

相変わらず怖いな…

俺が息を切らして小さく

「ススス、スイマセン」とつぶやく。

「気をつけろよな、このイタチ野郎!」

このコトバに、俺は割とカチンときてしまい、

いま現在の自分目線で反応してしまい、

こう言ってしまったのだ。

「君さ、口を慎みなさい。

 人には言っていいことと悪いことがあるのは、

 君も分かっているよね。

 そこんとこ、どうよ」

「なんだと!」

片山君がいきなり殴りかかってきた。

ひぇぇぇぇ。

そのとき、

廊下の先から、飯塚さんが振り返り、

ちらっと見ていたのは記憶している。

確か、少し笑みを浮かべていたような気がする。

次に目覚めたとき、

俺は保健室に寝かされていて、

懐かしい顔が、私に絆創膏を貼ってくれている。

おおっ、この美しい人は、

当学校のマドンナの早百合先生!

それにしても、目尻のあたりがヅキヅキとうずく。

鼻血も垂れている。

「バカね、片山君なんかと喧嘩して。

まあ、ちょっと腫れるかもしれないけれど、

大丈夫よ!」

「ええ、スイマセン。いや、

ありがとうございます」

先生の冷たく細い指が額に触れる。

ああ、この女性でもいいのかな?

そんなことを考えているうちに、

俺は飯塚さんのことはどうでもよくなってしまい、

もう彼女を追いかける気力も体力も

失せていた。

「早百合先生、僕、あの~」

そう言いかけた次の瞬間、

俺の身体はふわっとなり、

気がつくと俺は、自宅の居間で、

イチゴ味の豆乳を飲んでいた。

痛てててっっ。

チクショーと何度も言いながら、

俺はティッシュを鼻に突っ込む。

洗面所へ行って鏡を覗き込むと、

不思議と俺の顔に異常はない。

あれっ、顔が腫れてないな?

それにしても

やはり飯塚さんを追いかけるべきだったなと

後悔する。

早百合先生に気をとられ、

我が人生の痛恨のミスを犯してしまった。

がしかし、なんてったって、制限時間が短すぎるよな。

で、あの片山の奴は迷惑なんだよな。

あいつ今頃どこでなにしているのかな?

そんことを考えながら、

俺は、タイムトラベラーのマニュアルに目をやり、

メルアドをさがす。

そして、この制作者宛に、

制限時間の延長を要求する文面を延々と書いた。

へへへっ、俺の次のタイムトラベルは、

競馬場なんです。

もう、これですね、

ここしかないでしょ!

優勝馬が分かれば、遡って、

俺は馬券をガンガン買っちゃうからね!

そう、目標一億円!

俺、大金持ちになります!

俺の志は、どんどん下世話になってゆく。

そして、或る日、タイムトラベラーのアプリの制作者から、

謹啓と書かれた一通のメールが届いた。

メールを開いて、俺は驚いた。

そこには、こう書かれていたのだ。

謹啓。

この度は、弊社のアプリ

「タイムトラベラーVr.3プレミアム版」をダウンロードして頂き、

誠にありがとうございます。

さて、このアプリの時間延長のご要望に関してですが、

環境設定のバナーをクリックして頂くと、

制限時間は如何様にも設定可能となっております。

もう一度マニュアルをお確かめの上、使用されるようお願い致します。

さて、ダウンロード時の注意事項にも記しましたが、

このアプリは、あくまでゲームですので、

現実社会及び時空を移動するとは、

あくまでゲーム使用者本人の脳内で起こる変化によるものであり、

よって、現実社会及び時空の変化はみじんもありません。

上記注意事項を今一度ご確認の上、

当アプリを楽しんで頂けると、

私どもと致しましても嬉しい限りです。

今後、尚一層の精進を致すべく

新バージョンの開発を致しますので、

末永いご愛顧をよろしくお願い致します。

株式会社 MABOROSI

代表取締役 INCHIKI TAROU

(完)