夜の饒舌

 

常識や日常

いや信仰さえも崩れ落ち

世界は誰もが終末を口にし

神さえ疑わしい日から

幾年 幾月が過ぎた

 

月ってきれいだなと

ある日ベッドを窓辺に移し

文庫本ひとつを手に

和室の灯りを消し

すだれ越しに夜空を見あげれば

平安の時代から変わらないであろう

月あかりはやはり穏やかで

雲の流れる様が

ロマンチックなスクリーンのように

真夜中の空は饒舌だった

 

思わず本を置いて

見とれていると

どこからともなく

静かに 静かに

草の音 虫の音

 

なんと

平和な音じゃないか

平安の夜である

 

指揮者が不在でも

月夜の晩に必ずひらかれる

夜会

 

いまだ混沌の世の中で

誰もが疲れているけれど

このひととき

この瞬間

 

やはり神に祈ろうかと

 

 

 

 

長い舌

 

なにが面白いのか

みんなケラケラと笑っている

人だかりの向こうでひとりの男が樽の上に乗り

口から火を吹き

目を見開いているのがみえた

赤い奇妙な衣装を身につけたその男が

今度は槍をみんなに向けて突くマネをする

笑った顔から突き出た長い舌は真っ白で

白目に血管が浮き出ているのが遠目にも分かる

そんな大道芸が

最近町のあちこちに現れては人目を惹いては

人だかりができるのだ

僕はあの火を吹いた男を以前見たことがあるが

それが何処だったか

とんと思い出せない

なぜだか嫌な予感がして

背筋に悪寒が走った

部屋に戻ってテレビをつけると

見慣れない男と女が裸で絡み合っている

男が横になった女に呟いた

「愛しているよ…」

直後に男がカメラに振り返り

ペロっと長い舌を出した

その薄汚れた灰色の舌には

冗談というシールが貼られていた

僕はなんだか息苦しくなり

窓を全開にすると

いままでかいだこともない異臭が鼻をつく

遠くで何かが炸裂する音がしている

窓下の通りを数人の男達が走りながら

「やっちまえ、やっちまえ!」と絶叫していた

胸騒ぎが起きて

洗面所に走って行って顔を洗うと

赤く濁った

いままで見たこともない液体がとめどなく流れ

僕はその場で卒倒してしまった

どのくらい経っただろうか?

うなるような轟音の音で目が醒めると

外はどんよりと暗くなっている

窓に近寄り空を見上げると

見知らぬ飛行物体が上空を埋め尽くしている

咄嗟に逃げようと駆け出すと

今度は足元から地鳴りがして

部屋全体がガタガタと揺れ

僕は立っていられなくなり

そのまま窓の枠にしがみつく

窓下を

あの大道芸に集まっていた人達が

悲鳴をあげて逃げ惑っている

僕はあの大道芸の男の顔を

やっと思い出したのだが…

 

 

 

七輪でアジを焼く(その2)

 

焚き火をしようと河原へ行ったら、

入り口に縄が張ってあって、

立ち入り禁止になっていた。

んー、やはり自粛だよな。

どこも行くところがない。

しようがない。

自宅の庭で、久しぶりに七輪を出す。

割り箸を折って、まずそこに火を付けるのだが、

紙からなかなか火が移らないので、

固形着火剤を使用。

が、これが臭くてたまらない。

煙も凄い。

かなり毒性があると思ったね。

近所からクレームがきたらやめようという気で、

ぼちぼち始める。

 

小さい炭をふたつ使用。

今日はこれでいろいろ焼こう。

炭って、一度火が付くと、数時間は大丈夫。

キャンプなんかで大量に使うと、

だいたい朝まで火が付いている。

要は、炭って役目が終わった後の、

始末の仕方がなかなか面倒なのだ。

野外だとだいたい水をぶっかけて終わりだけど、

大量の煙と音がまた凄い。

で、自宅の庭の七輪の場合はそんな消し方はできない。

火消し壺というのがあるが、

これを私は持っていない。

アウトドアショップでこれをみる度に、

ああと思うも、

いまだレジまで持って行った試しがない。

今度は絶対に買うぞ。

アジから出る煙は、なかなか良い色をしているし、

匂いもなかなか良い。

夕方から始めたので、奥さんがパンも焼いてと言う。

アジの干物と、パン?

ついでにはんぺんが出てくる。

チョリソーも出てきた。

このまま夕飯に突入か。

これが、彼女のいつもの手である。

アジとパンとはんぺんとチョリソーと紅茶…

結局これが夕飯となった。

このとりとめのないメニューに、

私はあんまり驚かないのだ。

慣れている。

ウチはこういうのが割と多いのだ。

けんちん汁に焼き肉とか、

コーンスープに白米とか、

本格的十割蕎麦にシュウマイとか、

全然大丈夫。

和洋中華とかボーダレスなので、

冷蔵庫から出てきた順にやっつける。

これが我が家流なのであった。

しかし、炭火で焼くアジは、

とてもスーパーの安物とは思えないほどうまい。

パンもはんぺんもイケる。

紅茶は、3杯飲みました。

いくら暖かくなったとはいえ、

夕方の風に当たっているとかなり冷える。

まあ、夕飯を早めに食ってしまったので、

夜の十時頃腹が減ってきて、

結局ラーメンを食うハメに。

せっかく七輪健康少食で終わりそうだったのに。

いやぁ、ダイエットって難しいんだね。

しかしこの自粛も長い。

やはり河原で焚き火でもしないと、

気が晴れそうもないなぁ。

 

スパンキーの経済予想

 

一端は、このコロナ騒ぎが収束する、

らしいのだ。

「終息」はしないらしいけれど。

よって景気は一時持ち直すフリをする。

 

しかしこんな状況下でなんとも不思議なのは、

下がらない株価。

政府・日銀による買い支え。

さらに言えば、この次に起こるであろう

再暴落を前に、

株価が再度上昇するのではないか、

という予想もある。

これには諸説あるけれど、

ほら、いきものだって、

最期を迎えるとき一瞬復活するでしょ。

後は2番底、どころか奈落の底に真っ逆さま。

なのでないか?

 

そうなると先が全くみえなくなる。

 

日銀はお札をフル稼働で刷っている。

実体経済がそもそも酷い。

これは、コロナ以前からだった。

で、相変わらずQE(量的緩和)を進めるも、

私たちとは関係のないところで、

お金がぐるぐると回っている。

下にはなかなか降りてはこない。

 

量的緩和って、

大企業と投資家を救うためだけの、

いや、大義として、

日本経済を維持するための方策なのか。

これが、ただのマネーゲームとみえなくもない。

 

前述のように量的緩和は、

そもそもコロナ以前から行われていた。

実体経済との乖離は、

その頃から誰がみてもあきらかだった。

要は、景気の良いフリをしていただけなのだ。

そこに、消費税とコロナである。

お先真っ暗。

 

私のまわりの経営者と話しても、

夏以降は全く分からない、というのが

大方の意見。

 

さて、私たちの生活はどうなってしまうのか?

いくらお札を刷っても刷っても、

問題は、その配分方法にある。

放っておいたら、お金は相変わらず、

集まるところにしか集まらない。

そこを是正し、

まずは巡りをよくしないとダメだ。

 

いわゆる大不況とか恐慌とかの非常時は、

ヘリコプターマネー(お金をばらまくの意)の

一手段としてのベーシック・インカムが、

やはり現時点で最良なのだろう。

(今回の10万円の件がそれにあたる)

 

政府や自治体が、各人にお金を直接渡す。

血管に例えると、大動脈だけでなく、

毛細血管(庶民)にも血液を巡らせてあげないと、

身体は末端から壊死してしまう。

 

とにかくお金を隅々まで行き届くようにする。

そして、今回の騒ぎの直撃を受けた人にも、

何とか生活を維持してもらう。

 

しかしだ、ここで引っかかることがある。

日銀がお札を無限に印刷し続けると、

デフレになる?

インフレになる?

これについてはいろいろと言われているけれど、

この先は誰も経験したことがないので、

予測不能という予測が出るくらい。

 

一見不健全とも思える方策だけど、

いまは他に方法がない。

 

過去の非常時は、いまとは反対の方策、

いわゆるケチケチ作戦で乗り切ろうとした。

しかし結果は酷い状態で、

ちっとも良いところがなかった。

お陰で日本はずっとン十年も不景気だ。

そこに、今回の騒ぎが被った。

よって今度はガンガンお札を刷っている。

 

で、ここでもうひとつ気になることがある。

こんな状態(ベーシック・インカム)が、

もしずっと続くとなると、

日本はもはや資本主義ではなく、

社会主義の国になってしまうのではないか、と。

 

最低限の生活を維持するだけのお金を、

国からずっと貰う?

そうした事態が延々と続く世の中を思うと、

不気味な違和感を抱くのだが。

ここは一考の余地あり。

 

あと、このままいくと、

日本がいつか破綻するのではないか、

という心配もある。

しかし、こうした国の施策を大丈夫、

とする小難しい理論が存在する。

いわゆるMMTという理論がそれである。

 

これはひとことで語ると、

お金をジャブジャブと市場に投入しても、

問題はないばかりか、

そうすることで経済が良くなる、と。

世の中がインフレにでもならない限り、

全然問題はない、とのこと。

それで、国家も国民もハッピーとなる。

 

ホントかね、この理論って。

私は、そのうち破綻すると思うけれどね。

 

何はともあれ、

私たちの生活は未知の領域に入ってしまった。

この先、何が起こるか分からない。

明日をも知れぬ時代を、

私たちは生きるハメになってしまった訳だ。

うわぁぁぁ…

 

とここまで書いて、

これは私の勝手な妄想に違いないと、

とりあえずは記しておきたい。

つまらない経済予想なのである。

そして、とにかくハズレろと、

仏壇のご先祖さまに祈る私であった。