死んじゃっちゃぁ
話しもできねーじゃねえか
なあ
そんなことってあんのかよぉ
なあ
死んじゃっちゃぁ
話しもできねーじゃねえか
なあ
そんなことってあんのかよぉ
なあ
朝、窓を開けると南西の空に虹が架かっていた
ぼぉーとしたまましばらく見とれてしまった
雨上がりの虹
雲も霧もさっと引いてゆくのが分かった
すかさずアイホンで何枚かおさめた
いい写真とは言いがたいが
朝の虹は私は初めて見たし
とても貴重な瞬間のように思えた
そしてなにか良いことの前兆のようにも思えた
これは半月くらい前の写真だが
あれからなにかいいことがあったか?
と自分に問う
いいことも嫌なこともあった
それはいつもと同じように
変わらずまぜこぜになって
いろいろあって
結局、普段と変わりなく
僕の生活は続いている
振り返れば
ざっくりといいこと半分いやなこと半分
拝んでも願をかけても
僕の日常は淡々と過ぎてゆくのが分かった
しあわせの総量は決まっているが
しかし不幸の総量はよく分からないから
ちょっと怖いのだ
だからといってびくびくなんてしていられない
頑張るしかないのだ
きっとそういうことなのだろう
泣きたくなったら
夜中にひとりで泣く
Y男はそう決めている
誰に知らせるものではない
後は微塵も残さない
そして生まれかわるかのように
何事もなかったかのように
朝飯を食い
背広を着て家を出る
あまり好きではない会社へ
よくよく分からない連中と
挨拶を交わす
お客さんのところで
それなりの大きな売買契約を獲得し
帰りの地下鉄のなかで
Y男は考えるのだった
この広い都会で
オレの自由って
一体どんなもんなんだろう
たとえば
しあわせってどういうものなのか
こうして地下鉄に乗っている間にも
オレは年をとり
時間は過ぎてゆくのだ
この真っ暗な景色でさえ
微妙に変化してゆくではないか
妙な焦りとあきらめのようなものを
Y男は自分の内に捉えた
地下鉄を出ると
けやきの木が並ぶ街に
夕暮れの日差しが降り注いでいる
(とりあえず今日だけでも
笑顔で歩いてみようか)
Y男は陽のさす街並みを
さっそうと歩くことにした
こんがらがった糸を解く間に
過ぎ去ってしまうものが愛おしいからと
歩く
歩く
いまオレ
太陽をまぶしいって
そして
久しぶりに心地よい汗が流れている
徐々に疲れゆく躯の心地
そうして遠くに消えゆく昨日までのこと
まずは
そう感じている
こころをつかむことなのだと
半ズボンのポケットの
ビー玉がじゃらじゃらと重くて
手を突っ込んでそのひとつをつまむと
指にひんやりとまあるい感触
陽にそのガラス玉を照らし
屈折の彩りが放つ光と色彩の不思議に魅せられて
しばらくそれを眺めていた
猛烈にうるさい蝉の音が響き回る境内
水道水をごくごくと飲んで頭から水をかぶり
汗だか水だか びしょびしょのままで
境内の脇道を抜け 再び竹やぶに分け入る
そんな夏を過ごしていた
陽も傾いて 気がつくと猛烈に腹が減っている
銀ヤンマがすいすいと目の前を横切っても
のっそりと歩く葉の上のカミキリムシも
もう興味も失せて
空腹のことしか頭にないから
みんなトボトボと家に向かって歩き出す
道ばたの民家から魚を焼く煙と匂い
かまどから立ちのぼる湯気
とたんに家が恋しくなって
疲れた躰で足早になる
あの頃の僕らの世界はそれだけだった
きのうとかあしたとか そうしたものは
どこかよく分からない意識の外の時間で
きょうだけがいきいきと感じられる
町内あの山あの川までという範囲が
僕らの信じられる広さの認識だった
あの頃の僕らの世界は
それだけで完結していた
泣きたくなったら
夜中にひとりで泣く
誰にも知られることなく
微塵も残さない
そして鳥のさえずる朝に
生まれ変わろう
(そういうことにしておくんだ)
さあ、とりあえず笑顔で
歩いてみる
歩みをやめない
陽のさす方へ
どんどん歩く歩く
意味なんて考えない
本質なんてどこにもないのだから
こんがらがった糸を解く間に
過ぎ去ってしまうものが余りに多いから
歩く
歩く
朝陽をまぶしいって感じる
汗が流れる
疲れゆく躯
遠くに消えゆく昨日までのこと
そう感じている君のこころ
父は公務員としての職業を全うしたが
それより以前は軍人だった
本当は電気屋をやりたかったと話したことがあるが
叶わなかった
強制的に軍人となって満州へ渡り敗戦
シベリアでの捕虜生活は苦渋の毎日だったと
それより以前はとうぜん父はとても若かったし
将来の夢をいっぱい抱えた少年だったのだろう
父は海辺の村に育った
大きな旅館の息子だった
父の父は旅館の経営はやらず海運業を興した
とても静かないなかでの生活
父はいつも目の前の海で泳いでいたという
戦後2年が過ぎて
父は村でたったひとり生きて帰ってきた
村の人たちは父を冷ややかな目でみた
そして父はふるさとを後にした
しかし晩年になって
父はふるさとの話をよくするようになった
帰りたいともらしたことが幾度かあった
そうかと思えば
あのシベリアに帰りたいと言い出すこともあった
どうしてなぜと問うと
難しそうな表情で苦笑いを浮かべていた
きっと父は
もうなにがなんだかわからなくなっていたのだろう
自らの人生を阻まれた父の不条理を思うと
私はやはりそのよどんだ水底のような心情を察し
深く考え込んでしまうのだ
父は人生という流れの漂流者だった
柳ジョージを聴いていたら、なんだか悲しくなってしまった。
この人、死んでしまったし。
古い友達とか街並みとか、そんなもんばかりが浮かぶ。
そんなね、前向き、前向きって。
無理ですわ…
あのひとあのときなぁって、ひとつひとつ丁寧に
ストーリーが蘇るから、
アレコレ忘れられないことばかり。
最近では読むものも昔のものばかりで、
たとえば松本清張、初期作品に惹かれて読んでいる。
「理外の理」とか「削除の復元」とか。
どちらかというと大作の陰に隠れた名作で、
これらの中に大作家の性根がくっきりと表れる。
雲の上のひとでも、人並みに物欲があって、
見栄やジェラシーがあって結構せこいとこも持ち合わせて
なんだかふっと力が抜ける。
いまって時代は抜き差しならない。
清潔、正義、多数決。
そして偽物の制裁、圧力、胡散臭い正義の毎日。
そんなもんに背を向け、引き寄せられるのは、
色にたとえると、ブルー。
限りなく透明に近いブルー…でなく、
ラピスラズリの、あのブルー。
深みと雄大さと悲しみを、
その小さな塊のなかにいっぱいたたえていて、
スッとして清楚。
夢も希望もね、それこそあるけれど、
もうそこには華やかさもバラ色もありはしないし。
そんなに賢くない。
そんなに美しくない。
久しぶりの雨だよ。
赤ちゃんが泣いている
手足をひっしに動かして
全身で泣いている
ぎゅっと掌を握っているし
赤くなってるからだでいっしょうけんめいだから
赤ちゃん
ずっと狭いとこにいたから怒ってるのって
だまってきいてみたけれど
こんなに辛い世の中にとび出しちゃったって
怒って泣いているわけでもないよね
なんだか一人っきりで産まれてきたから
悲しくて泣いているの
これから生きてくのは悲しいこともいっぱいだから
とにかくまず泣いちゃおうかって
だけどね
君の全身から溢れ出るエネルギーをみて取ったら
それはワタシが産まれましたよって
なるべくたくさんの誰かに知らせているようでもあるし
「無事に産まれましたよ神様」って
とても遠いところに声を届けているのかな
そのみなぎるほどの生命って
お母さんとお父さんにやっと会えた
やっとだよと
とてもうれしいんだって
全身からほとばしる歓喜だって
そう思えたら
僕はようやくほっとした
初めてその夢をみたのは、
確か20代の頃だったように思う。
その後、幾度となく同じ夢をみる。
その風景に何の意味、教え、警告とかがあるのだろうかと
その都度、考え込んでしまうのだ。
30代のあるとき、友人と箱根に出かけ、
あちこちをGTカーで走り回っていた。
心地のいい陽ざしの降り注ぐ日。
季節は春だった。
ワインディングロードを走り抜ける。
とても爽快だった。
が、カーブに差し掛かったとき、
私はこころのなかで「あっ」と叫んだ。
そのカーブの先にみえる風景が、
私が夢でみるものと酷似していたからだ。
夢で、
私はアスファルトの道をてくてくと歩いている。
どこかの山の中腹あたりの道路らしい。
それがどこの山なのか、そんなことは考えてもいない。
行く先に何があるのかも分からない。
陽ざしがとても強くて、暑い。
しかし不思議なことに、全く汗をかいていない。
疲れているという風にも感じない。
カーブの先の道の両脇には、
或る一定間隔で木が植えてある。
その木はどれも幹が白く乾いている。
背はどれも低い。
太い枝を付けているのだが、
葉はいずれ一枚もない。
そのアスファルトの道が、
どこまでも延々と続いていることを、
どうやら私は知っているようなのだ。
夢でみた風景が箱根の道ではないことは、
その暑さやとても乾いた空気からも判断できた。
現に箱根のその風景は、
あっという間に旺盛な緑の風景に変わっていた。
夢のなかのその風景は、
メキシコの高地の道路のような気もするし、
南米大陸のどこかの道なのかも知れないと、
あれやこれやと想像をめぐらすのだが、
私が知った風景ではないことは確かだった。
つい最近も、仕事の合間のうたた寝の際、
夢の中にその風景が現れた。
立ち枯れた木がずっと続くその道の先は、
きっとその山の頂上に続いているのだろうと、
ようやくこのとき私は想像したのだった。
なんの怖さも辛さも感じない。
ただ、暑さと乾燥した空気が心地いい。
相変わらず強い日差し。
それが身体にエネルギーを与えるようにも感じられた。
あたりに風は一切吹いていない。
とても穏やかで静かだった。
覚醒した私は思うのだ。
頂上にたどり着いた私は、
やがて、空へと続く一本の階段を発見する。
そして、誘われるように、
その階段をてくてくと昇ってゆくのだろうと。
もちろん、その階段は天まで続いている。
人の背丈のほんの少し上のあたりを
とてもやさしいことばが流れるように浮かんでいるのを感じて
僕の呼吸はなんだか楽になり
首筋から肩から力がすっと抜けて
知らぬ間にちょっと笑えるようになったら
雨音も穏やかに軒に落ちてきて
濡れた葉一枚一枚が妙にいきいきとして映り
知った顔が何人も笑っては消え
世界が突然色づいたんだ
こうして僕の世界と僕を取りかこむ世界は繋がり
ああ もう一度やってみよう 歩いてみようと思ったんだよ