風のみち

 

いつものように

ボクは通勤で通る

東京都目黒区中根の

目黒通り沿いを歩いていた

 

寝不足が続いていたので、

少し頭が痛む

とりあえす目頭をぎゅっと押さえ

早足で駅へ急ごうと

ピッチを上げたときだった

 

とつぜん身体がグラッとしたかと思うと

目の前が真っ白になり

次の瞬間あたりを見ると

その見慣れない道が現れたのだ

 

それは

空から舞い降りたように

かげろうのようにゆらゆらと

目前に伸びていた

 

一旦は後ずさりしたのだが

その道が海に続いているとボクは直感した

そしてためらうことなく

足を踏み入れたのだ

 

後に続くひとは誰もいない

前を歩く姿も見うけられない

 

 

その道は雨後で舗装はされておらず

かなりぬかるんでいたが

ボクはためらうことなく歩いていくことにした

 

というより

そのときの事を思い返すと

誰かに呼ばれるように

おおきな何かに導かれるように

その道に進んだように思えてならない

 

ざわめく木々

揺れる草花

 

風のつよい日だった

風のつよい道だった

 

疲れていたボクは

どういう訳か

その道を歩きながら

生きてゆく意味を問うていた

幾度も幾度もその問いについて

こたえを探していたように思う

 

風とぬかるみで

ボクの思考は何度も混乱したが

その道は確かに

穏やかな海へと続いていたのだ

 

 

すでに風は止み

足で踏みしめた浜から

潮をのぞくと

夕闇を帯びはじめた空のした

わずかな赤みを残したまま

波は静かに寄せては返している

 

浜の向こうには

小さな漁村が点在していて

夕凪(なぎ)のなかを人々が集って

盆に開かれる踊り稽古や

飾り付けの支度をしていた

 

「どこから来たのけ?」

 

白髪頭の浅黒いおとこに問われ

 

「いや、あの道を歩いていたら…」

 

ボクが振り返ってその来た道を

指さそうとするが

そこはなぜだか高い山に覆われていた

 

「まあいいやな、あんたもここへ来たのは

なんかの縁じゃろうて。

せっかくだから踊っていきんさい」

 

「はい、そうします

ありがとうございます」

 

こうしてボクは

それはいま思えば不自然極まりないのだが

この漁村のひとたちといっしょに

老若男女に混じって

朝まで踊り、唄い、酒に酔い

盆の祭りに参加していた

 

明けの明星が光るころ

ボクは疲れ果てて

そのまま浜に横になって

眠り込んでしまい

はっと気がつくと

東京都目黒区中根の

目黒通り沿いを歩いていたのだった

 

 

私は毎日この道を歩いて

会社へ通っている

今日もそこを歩いてきたのだが

いくら客観的にみても

何の変哲も無い

都会によくある沿道なのだ

 

が、あの日以来「その道」が

私の前に現れることもなければ

その兆候すら皆無なのだ

 

ただ、よくよく思い返すに

あの道は以前どこかで

歩いたような気がする

あの海辺の村は

幼い頃にでかけたような気もするのだが

それが全く思い出せないのだ

 

 

ただ、ボクがその道を歩いて

あの祭りに参加したことは

確かなことなのだ

 

なぜなら

いまボクのかばんには

その道で拾った赤松の枝の切れ端と

祭りで村のひとからいただいた

盆に村のひとに配られる

紙の御札が一枚入っているからだ

 

そしてあの事件(?)からちょうど3ヶ月後

ボクは生活のためだけに通っていた

あの鬱屈した会社を退職し

新しい仕事にチャレンジすることにした

 

忙しい毎日で相変わらず寝不足な毎日だけど

あれ以来あの嫌な気分はなくなり

頭痛がおきることもない

 

 

 

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