直感マーケティング

某百貨店のポスター撮り他諸々。

サマーセールの前撮りなので
芝浦の撮影現場には続々と新作衣類や小物が
運ばれる。

眠い目をしたスタッフたちが続々と集まる。
「おはようございます」の声だけは、皆元気。

Sスタジオのトップカメラマンがスタジオ入りすると
皆いっせいに「おはようございます!」と気合いが入る。

このカメラマンを選んだ私としては、かなり危険な予算組を承知の上で、
勝負に出るつもりだった。

片隅では、ヘア・メイクさんが今日のモデルの髪を触りながら
何か真剣に打合せをしている。

ファッション雑誌でちょくちょく名前が売れてきたスタイリストのB子さんも、
アシスタントのふたりに、商品のチェックを細かく指示している。

外は、昨日の夜から激しい雨が降り続いている。

倉庫を改造したスタジオの屋根がうるさいなぁ、と思う。

「今日の撮りは夜だね」とアートディレクターのFが呑気そうに話しかけてきた。

「だろうね」

テスト撮り。
照明の位置や小物などを、それぞれ万全に最終チェック。
値札も職人技できれいに外された。

撮影は、順調な滑り出しですすんでゆく。

私はガムを噛みながら、屋根の雨音を聞いている。
飽きるとスタジオを出て、岸壁に出入りするトラックの行き来や、
そこで働く人たちのことをじっと観察する。

いろんな仕事をしているひとがいるんだなぁと、どうでもいいようなことを
ぼんやりと考えていた。

遠くで、カメラマンの助手のO君が私を呼んでいる。
何か嫌な予感がする。
私が呼ばれるときは、何か問題が起きるときと決まっている。

スタジオに戻ると、みんなの動きが一斉に止まり、私は多くの視線を感じた。

ライトの当たるモデルにみんなが目を移す。

「どうしたの?」
「いや、サイズが合わないんですよ」
「だって彼女の申告サイズはチェックしてるでしょ?」と私。
「いえ、それがどうも誤魔化したらしくて」

水着の彼女はスパニッシュ系の顔立ちで、先ほどの笑顔とは打って変わって
下を向いたままだ。

彼女の前に立った私は、彼女の何がいけないのかが、よく分からない。
見たところ、別に問題もないようだし、事態がよく分からない。

浮き袋の上に座ってポーズをとっている彼女は、相変わらずうつむいたままだ。

「あのお腹、見てくださいよ。水着もパンパンだし」
よく見ると、浮き袋に座っている彼女のお腹がぶくんと出ている。

こういうときは、いままでの経験と勘を頼りに一瞬して解決策を見出さなければ
次にすすまない。

洋服や小物はどうにでもなるが、水着は誤魔化せないなぁ、と私も考え込んでしまった。

時計を見ると、もう11時を回っている。

「ちょっと休憩! いやちょっと早いけど昼飯にしよう」と私。

仕出しのハンバーグ弁当を食べながら、アートディレクターのFとカメラマンと私の疲れる話が始まる。

「あのお腹、まずいじゃないの?」とF。

「絵的にどう思います?」と私がカメラ氏に聞く。

箸を止めて氏が「あのお腹バッチリ写っているよね」と参った顔をしている。

私は、箸を置いて、それぞれみんなの座り込んでいるところを回る。

照明の責任者が私の顔を見るなり「どうします?」と口を動かしながら立ち上がった。

「どうだろうね」と私は考えながら、スタイリストと一緒にカウンターに座っている
モデルに近づいた。

スタイリストさんが私に目で何かを訴えている。

カウンターに座っているそのモデルは、まだ、弁当に何も手を付けていない。

「食べなきゃ」とポーズをとっている私。

彼女はじっと下をむいたまま、片手にオレンジジュースの入ったコップを手にしている。

「何も食べたくないって」とスタイリストのB。

私は、反響の良い広告とは何か?を考えていた。

外人の均整のとれたプロホーションと百貨店の商圏内にいるであろう
年頃の女の子たちの顔を対比し、考えあぐねた。

ネイティブの英語が話せるBに、ハンバーグ半分でもいいから
食べないと、という趣旨のことを、モデルに促してもらう。

椅子に座って私が紙コップのコーヒーを飲んでいると、
やがて、なにやら彼女が食べる仕草をみせた。

「そうそう!」

彼女は上手に箸を使ってハンバーグをつまみ始めた。

外の雨は相変わらず激しく屋根を打ち続けている。

私は、飲みかけのコーヒーを持ち、元のFとカメラマンのところへ戻る。

「このままいくよ!」

「なんで?」とF。

怪訝な顔をしているカメラマン氏。

「あの子、どこから来たの?」と私はFに聞いた。

「中南米じゃないの」

「あのお腹でいこう!」

昼からの撮影は、私がモデルに付きっきりになった。

お腹を気にしているモデルにグッドグッド、オーケーオーケー
スマイルスマイルと言い続ける私。
ただ、ちょっとした笑顔ではなく、徹底的に崩れるような
笑顔をモデルに要求したので、みんながうんざりするくらい
その撮影は長引いた。

ポスター、チラシ、新聞広告のすべてに
私はそのカットの掲載を決めた。

後日、広告の効果測定。
売上げ集計で、その水着は
予想外の売れ行きをみせてくれた。

私なりのマーケティング手法が初めて実感できた
ひと昔まえの話である。 

「直感マーケティング」への6件のフィードバック

  1. ホント色んな仕事をしている人がいるんですねぇ!
    ちょっとスパンキーさんの仕事、スタイリッシュでカッコイイなぁって思いました。
    商品を売るのにも、陰でたくさんの人が努力しているんだなぁーと改めて実感しました。
    最近、どのジャンルの仕事でも、一人一人の小さな力や汗が、この国の経済を動かしてるのかなぁと客観的にですが思うようになりました。

  2. そうなんです。
    仕事っていろいろなひとが集まって、事を成す訳でしょ?
    予算も決まっているので、結構プレッシャーですよ!
    手、抜けないし。
    でも、結果を出せたときは、そんなもの吹き飛んでますけどね!
    でないと、やってられない仕事です。

  3. 『直感』
    コレだ!ってピンとくる直感って大事ですよね。
    でも、直感を感じられるのは、日々の小さな積み重ねがあってこそかもしれません。
    あとは、自分の直感を信じて進める心の強さ。
    それに周りを巻き込むセンス、力量。
    やっぱり、最後は情熱なんですかね♪
    このモデルさんも、ありのままの自分で受け止めてもらえたことが今後の力になるんだろうなって感じました。
    どの作品をとっても、その裏にはたくさんのドラマがあるんですね☆

  4. とても面白いドラマとして読みました。こういう記事は、やはり業界の現場にいないと書けない記事ですね。
    ひとつひとつの情景がヴィヴィッドに立ち上がってきて、読む人間ですら、撮影現場に立ち会っているような臨場感に巻き込まれます。
    そして、最後の開き直りともいえる機転の利かせ方。
    主人公であるスパンキーさんの度量の深さが感じられます。
    昔の五木寛之あたりが、業界をテーマに描いた短編を読むような味わいでした。
    こういうものは、スパンキーさん以外に書けないわけで、オリジナリティの高いものに仕上がりましたね。

  5. chiaki さん)
    結構、この仕事はストレスが溜まりますね。
    心身共にあまり良くないと思います。
    好きじゃなければ、続きません。それって、言われてみれば情熱なのかな?
    他に取り柄がないとも言えますし(笑)
    あと、モデルさんの背景にはいろいろあって、彼女たちも必死な訳です。
    いろいろ考えると、綱渡り的な仕事です。

  6. 町田さん)
    お馴染み、業界モノを初めて暴露(?)してみました。
    面白いかどうか、分かってもらえるかどうか、結構とまどいました。
    ちょっと格好つけ過ぎでしたね(笑)
    今度は続編としてドジを踏んだモノなどを書いちゃおうかな?
    あっ、また調子に乗ってしまいました!

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