親父の誕生日

今日は死んだ親父の誕生日だ。

蟹座のB型ーーー

これが何を意味するのか分からないが、

私のアタマにインプットされている親父のデータだ。

元帝国陸軍上等兵ーーー

生き残ってくれてありがとうと親父に感謝したい。

公務員として一家を支えてくれた。

思えば、人と馴染まないクセに、人一倍集団のなかで

生きていたように思う。

思い出すと、60代の親父の姿が浮かぶ。

いや、40代か。

白いシャツに太い綿の作業ズボン。

腰に手ぬぐいをぶら下げている。

笑っているが、喋らない。

サツキの盆栽の手入れをしている。

元々喋らない人だった。

いや、死んだ人は喋らないものだ。

でも、

笑っている親父が、サツキの手入れをしている。

私の手帳には、親父の遺言のようなものが挟まっていて、

たまに見る。

書道の師範免許をもっていたので字にはうるさかったが、

私が手にしている手紙は、誤字が多い。

晩年に書いた、その衰えがみてとれる。

この手紙を書いた1年後に死んでしまったが、

親父は、自分が建てた最後の家を、お袋の或る事情で

手放さなければならないことに、未練を残していた。

そして、生涯のなかで唯一、

お袋のことを真剣に思いやった時期でもあった。

先日、姉とお袋が住むマンションから、親父のメモがみつかった。

親父がお袋に宛てた手紙だ。

生まれ変わってもお袋と結婚したい、とあった。

お袋を定期的に病院へ連れて行くが、

お袋は一度、

「あの人」という呼称で親父の話をしていて、

遠い知り合いの話でもするかのようだった。

思えば、親父はずっと外の人だったように思う。

お袋は親父の後を付いて歩く人だったが、

裏切られた人でもあった。

晩年、親父がお袋をみていたとき、

お袋はそっぽを向いた。

私はいまになって、親父もお袋も心底好きだし、

親父もお袋も私のことを好きでいてくれている、

と思っている。

ホントに、家族なんだ。

今日は親父の誕生日なので、線香をあげようと思う。

「お袋には、よく言って聞かせるよ、親父!」

「親父の誕生日」への2件のフィードバック

  1.  
       
        
    お父様に対する回顧談を拝読し、やはり偉大なお父様だったのだな、とあらためて感じました。
    死後に、息子から 「心底好きだった」 といわれる存在であるかぎりは、やっぱり父親の務めを果たしたということなのでしょうね。
    親父というのは、子どもに有益なことを教えるのも務めのひとつかもしれませんが、反面教師としてうとまれたって、それだって “教育” のひとつなのかもしれません。
    スパンキーさんの温かい家族愛に、胸がきゅんと震えそうです。
      
     

  2. 町田さん)
    いまだから語れますが、いやぁ我が家は長い冷戦でした。
    小学生時代は辛かったですね。私ひとりではなにもできない。
    変えれない。
    後の祭りという言葉がありますが、ウチがすべてそうでした。
    いま思えば…後になってみれば、そう思うという連続です。
    親父のお陰で、グレさせて貰いましたし、なにも期待もせず、
    勝手に生きてこられた。これは、いま思えば親父の教育です。
    ありがたいと思います。
    でも、やはり恋しいし、切ないです。
    それが親なのかも知れませんね?
    いつもコメント、ありがとうございます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.