或る秋の日に

懇意にしている方の有機栽培農場へお邪魔する

元設計技師のT氏が定年後に拓いた農場は

今年で12年になるそうだ

現役時代のT氏は

東京の会社で工場のライン設計をしていた

現在はその緻密な頭脳を農業に傾ける

農場の片隅にあるT氏自慢の小屋は掘っ立て小屋だが

中は農業に関する本やノートがずらっと並ぶ

土がこぼれている机に足を投げ出し

二人で缶コーヒーを飲んで一服する

馬鹿っ話でお互いの疲れを癒やし

程々に政治の話なども飛び出すが

この美しい景色の中では

やはり収穫ものの話が似合う

たばこの煙がアケビの弦に絡まり

そして秋の空へと消えてゆく

聞けば

近くの荒れた農地は作り手が不在で

毎年草のみが刈られて地肌をさらす

どこも農業を放棄する

理由は食えないからだと…

T氏はずっと

農業への可能性を探っている

それは効率ではなく

なにか人が感動するような農業

そして

食べることを慈しむことができるような

豊かな農作物の収穫だという

T氏の農場では

すべてが実りの秋だった

雑多なつくりもののなかに

理知的かつ

農業に対する崇高な思想が流れる

東に山が迫り

小川を挟んで陸稲と畑に分けられ

細長い耕地は西に伸びるが

その先の広がりのある農園には

たわわに実った稲穂が光る

秋の夕陽はオレンジ色に景色を照らすが

それでもまだ汗ばむほどの勢いで

私たちを照らす

T氏が再び草刈り機を回し

山々へエンジン音がこだまする

最近は保護政策で増え始めた

山の野猿との知恵較べだと笑う

幾種もの名も知らない虫が飛び

数え切れない程の数のバッタが跳ねる

栗の木の下に

いくつものイガグリが転がっている

豚の糞でつくったという堆肥に

化学肥料とは違った実りが期待できる

小川を渡り

アケビをかじりながら

放し飼いの鶏を観察していると

赤とんぼの集団が滑るように通り過ぎる

此所へ来るたびに

本当の豊かさを噛みしめる自分は

さあこれから何処へ行こうか

さて何を始めようかと

いつもの如く戸惑ってしまう

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