イマドキのラーメン

小腹が減ったので、

ふらっとラーメン屋に入った。

土砂降りの日の仕事帰り。

運転疲れと、長い打ち合わせで、

かなり参っていた。

仕事は話が入り組んでいるし、見積もりの数字も、

いつものように勘が働かない。

疲れているな、と自覚する。

「いらっしゃい!」

名前が知れている店だが、

私はいままで一度も入ったことがない。

ポツポツと空いているカウンター席に座ると、

威勢の良い兄ちゃんがメニューをサッと差し出す。

私は無意識に、ラーメンと呟やく。

と、素早い反射神経で、

「ハイ! トッピングなしのラーメンで

よろしかったでしょうか?」

「ええ…」

コップの水をゴクリとやって目を閉じた私に、

兄ちゃんは問いかける。

「麺は如何致しましょう?」

「はあ?」

仕方が無いのでメニューを見ると、

なんだか聞き慣れない麺の種類が書いてある。

「普通でお願いします」とは言ったが、

そこには、柔らかめ、普通、固めの他に、

バリ固とかハリガネとか粉落としとか、書いてある。

(誰がラーメン屋でハリガネなんか食うんだよ、バカ)

と私は無言で呟いていた。

しかし、

後ろではしゃいでいた大学生らしきグループのひとりが、

ハリガネって注文したときには驚きました!

(そんなもん食って、お腹に穴でも空くんじゃねぇのか)

ちょっとイライラしている私でありました。

「ハイ! で、スープは如何致しましょう?」

「ああん?」

目を瞑っている私には、

ホント、面倒臭いなと思った。

「普通」

「背脂は入れますね?」

「??? …それでおねがいします」

私が憮然と答えると、兄さんがでかい声で、

このおっさんがごく普通のラーメンを背脂入りで頼んだぞと、

そんなことを、

なんだか妙な業界用語で厨房へ伝えたようだった。

で、おもむろにまわりを見渡すと、

かなりお客さんがいる。

そして、ガテン系とか地元のヤン系とか、

比率的にそういう方たちが多いのに気づく。

「ふふん、そういうことか」

私はどうやら入る所を間違えたらしい。

お客は、みんな若いんである。

ここは、パワーで生きている奴等が、

ガッツリ食いにくる所だったんだなぁと。

私みたいなひ弱な年寄りの来るところではないのである。

「お待ち!!」

私がギョッと驚いて目を開けると、

さっきの兄ちゃんが颯爽とどんぶりを差し出した。

スープの上に白いつぶつぶがプカプカ浮いている。

(ははぁ、これが背脂か)

レンゲでそのスープを口に運ぶと、

なんというか、すげぇアブラっこいものが、

口腔内に拡散する。

ここで、私は腹を括った。

仕事の事や眼精疲労更に肉体疲労の件は、

忘れよう、

いまはこのラーメンとの戦いに全力を尽くすときであると。

ホントは、醤油ベースのあっさりした、

なんの変哲もないラーメンが食いたかったんだけれどな…

口内、食道、胃腸と、

私の消化器のすべてに、

この背脂が絡んだなと感じられるほど、

久しぶりにしつこい物質を体内に溜めて、

私は店を後にした。

(うーん、イマドキのラーメンは、

一体どこをめざしているのかな?)

後日テレビでたまたま観たのは、

日本のラーメンがパリで大人気というレポートだった。

画面の中のラーメンは、やはり創作系とでもいうのか、

ドロドロのコテコテで、

私の欲している、あの昭和のラーメンではない。

こうなるとメイド・イン・ジャパンだったラーメンも、

もう寿司と同じく世界中で更にバリエーションが増えて、

立派にRamenなのである。

そういえば、

あの日、私は夕飯もほとんど手を付けず、

お茶をがぶ飲みして寝たんだっけ。

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