憧れのライフ・ツーリスト

いま、野田知佑さんの「ユーコン漂流」を読んでいる。

野田さんは、カヌーイストであり、エッセイストでもある。

ユーコンはカナダ最大の河川であり、ここをカヌーで下る話だが、

その描写は、カナダの雄大な大自然が描かれ、

映像を観るような臨場感があって、面白い事この上ない。

蚊の大群に襲われる話、寒さとの戦い、

そして、グリズリーという特大の人を喰うクマもいるので、

銃を持っての川下りの様子は、まさに冒険そのものだ。

この野田知佑さんに憧れたのが、椎名さんである。

という話は、どこからも聞いたことも読んだこともないが、

私は勝手にそう思っている。

椎名さんがまだ業界誌の編集長だった頃、

私はこの椎名誠さんの会社を受け、最終面接で落ちている。

応募者200人で採用枠が2人。

なので、キツイなとは思ってはいたが、

なんとか最終面接までこぎ着けた。

この時点で4人。

2人が受かり、残りが落ちる訳だが、

私の他は、3人が皆、早稲田の文学部ということで、

私はすでに戦意を喪失していた。

そんな訳で、この会社には入ることができず、

就職先を探してウロウロしているとき、

或る出版社に、ギリギリで合格することができた。

この編集部で、私は数年後、

すでに会社を辞め、

エッセイストとして本を出し始めた椎名誠さんに、

原稿を依頼することにした。

私が好き勝手に立てた、いい加減な企画が、

割と面白そうということで、

編集会議よりゴーサインをいただき、

椎名さんに会うことが叶った訳だが、

私の企画をまた椎名さんも面白がってくれた。

結果、

椎名さんの期待以上の原稿の面白さに私は嬉しくなり、

読者の反響もかなりのものがあった。

信濃町にあった椎名さんの事務所を何回か訪ねたが、

デスクの横には、やはりというべきか、

いつも食べた後の、

空のラーメンどんぶりが置かれていたのが可笑しかった。

バラバラに置かれた割り箸の先に、

汁が少し残っている。

いつもそうだった。

彼の著作は、ラーメンに始まり、

味噌蔵、焚き火、アウトドア、

そして日本を離れ、

やがて、世界をフィールドに活動を広げていった。

こうしたライフワークに、私は強い共感を覚えた。

いや、憧れといっても良いだろう。

あれから十数年後、某大学で椎名さんの講演があり、

間近で拝見したとき、

私は彼の更なる男っぽい風貌を見るにつけ、

その頃、

自分がやっていた仕事と余りにもかけ離れた、

彼の悠然とした姿に、

講演後、話す機会が充分あったにも係わらず、

後ずさりしてしまった自分を、

いまでも悔いている。

遅まきながら、中年にさしかかった頃、

私は簡単な山登りを始めたり、

山中で夜の焚き火をしたり、

カヌーを始めたりはしたが、

やはり時間は残酷だ。

仕事の忙しさに阻害され、

時間だけが、どんどん過ぎてゆく。

そもそも経験不足であり、

付け焼き刃的なものだから、

メッキの剥がれるのも早い。

如何せん、年齢的に始めるのが遅すぎた。

せんだって、久しぶりに椎名さんがテレビに出ていた。

地球の最果て、アイスランドの北端の崖の上で、

彼が強風に煽られながら、寒々とした海を眺め、

「最後の旅だな」と呟いていた。

調べると、椎名さんはもう70歳になったのだ。

いま、その先輩である野田知佑さんの本を熟読している。

野田さんは、すでに軽く75歳を越えているが、

今なおカヌーに揺られている。

こうなると、

もうライフワークなんていうものではなく、

生き方の問題なのかとも思う。

ライフ・ツーリズムという、

どこかで耳にした言葉が、

最近やけに引っかかる。

―旅するように、生きる。―

―生きるとは、すなわち旅である。―

そんなことを考えながら、

さて、これからどうしようかと、

残された時間の遣い途を、

あれこれともがくように、

模索している。

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