ベルリンの壁が崩壊したのが、
確か1989年だった。
これに遡ること5年。
鬼才コピーライター秋山晶さんは、
サントリーのウィスキーのコピーを、
こう表現した。
―時代なんか、パッと変わる。―
シルキーという商品の性格上、
その思惑は想像できるが、
私は後に、彼はある意味で、
時代の予言者ではないかと思った。
当時、仕事で鬱屈していた私は、
このコピーを、赤坂の喫茶店で
目にした。
坂の上あるその店で新聞を広げ、
赤坂の街を眺めながら、
そうだ、
時代なんか、ひっくり返ればいいんだ。
そう思ってうなだれていた。
が、次の瞬間、何かがピピっときた。
この広告は、凄い!
出版社を辞め、幾つかの編プロを渡り歩き、
いい加減に疲れ果てていた私に、
かすかな光が灯った瞬間だった。
いままでの職歴をとりあえず捨て、
的を変え、
翌日から新聞に掲載されている求人欄を、
丹念に見入った。
出版社の編集者から広告会社のコピーライターへと、
急きょ進路を変更したのだ。
ゼロからの出発に賭けた。
まあ、しかしよく落ちた。
それも履歴書の段階で。
「コピーライター経験者限」
「コピーライター経験3年以上」
コピーライター未経験の私が入る余地はなかったが、
何社か面接に来ても良い、という返事をいただいた。
結局、
その何社かのなかの一社に
私は奇跡的に入れていただいたが、
後年、その会社の社長に、
なぜ私を入社させたのか、
くだらない雑談の中で、その答えを聞いたことがある。
「あのねぇ、人っていろいろいるから
そもそもからして、
ちょっとやそっとじゃ分からないんだよね。
まして経験者なんていっても、
つまんない経験ばかりしている者もいる。
そういう奴って、ホント面白くないしね」
「………」
「あっ、そうだ、お前のことだろ、
なんで取ったのかって?
あのね、お前が面接に来ただろ、
そのときね、部屋がパッと明るくなったんだよね」
「それだけですか?」
「そうだよ、それだけ」
「………」
「あのね、
お前は信じないだろうけれど、
ホントはそういうことって、
とても大切な事なんだよ」
「………」
かくして私は、その会社で、
コピーライター一年生としてのスタートを切れたが、
その事を思い出す度に、
人生ってホントに分からないなと、
いまでも思っている。
なので、
あまり先の計画は立てないようにしているし、
無計画的計画というのが、私の基本姿勢でもある。
まして他人任せの世の中なんぞ、
もっと分析不能で分からない。
これは断言できるナ。
という訳で、
当然、私には明確なライフプランがない。
あるのは、感。
自らのアンテナのみ。
こうした自分に満足ではあるが、
ときに呆れられたりすることもよくある。
良くも悪くも、
時代なんか、パッと変わるのだ。
人生も然り。
私に影響を与えた秋山晶さん、○○社長は、
実はそのなんたるかが、見えていたのだろう。
それが
優れたクリエーターに欠かせない資質であると、
いま頃になってやっと分かってきたのだが…