アクセルを踏んでエンジンが唸る。
そういうのをちょっとカッコイイと思うのは、
もうすでに過去の人なのだ。
ドリフトとかタイヤを鳴らして加速するなんぞは論外。
そんな時代は、もうとっくの過去に過ぎ去った。
そんな美学にすがりつくオヤジというのは質が悪いので、
時代は更にオヤジを置いてけぼりにしてしまうのである。
目を覚ませ!
で、最近のクルマはというと、
そうですね、
何の音もせず、スッと加速し、
瞬く間に姿が小さくなる、
という具合。
新型は、静か、かつ速いのだ。
ハイブリッドとかEVとか、
その仕組みは私にはよく分からない。
というか、興味はないが、
とにかくそんな類いのクルマが
相当の勢いで増えているのは確かである。
対して、旧車を愛する方々も相当数いるらしく、
ミニクーパーとかカブトムシ、
レビン党、スカG党他、
いまだかなり生息しているのは確かだ。
現在、私の乗っているクルマはごく普通のVWゴルフだが、
それだってバックモニターやら、
なんとかオーディオシステムとか、
しゃべるナビとかいろいろ付いていて、
操作に一苦労する。
というかうるさい!
キーを差し込むと同時に、いろいろ機器が、
アレコレと一緒にしゃべるので、
車内がホントに騒々しい。
でですね、
最新のクルマはというと、
これがもう宇宙船状態なんですね。
あるとき、
これは新型のボルボですが、
そのキャビンを見せてもらったところ、
私は唖然とし、
よく分からないスイッチ類がズラッと並び、
持ち主にアレコレ聞いたのだが、
恐ろしいことに、実は私にも分からない、
というではないか。
人間置いてけぼり…
こういうクルマの進歩を見ていると、
運転のみに集中している時代ではないな、
それが返って危ないのではないか、
などと私なんぞは危惧してしまうのだが、
聞けばいろいろな安全装置とか安全システムが搭載されていて、
それはそれでよろしいらしいのだ。
ふーん。
とまあ、最近のクルマに割と失望していたのだが、
半年ほど前あたりから、
気になるニュースを耳にするようになった。
それは何を隠そう、
「自動運転」というキーワードであった。
私はこの類いのニュースが痛く気になり、
いろいろ調べたのだが、
実用化へのメドは立っているとのこと。
インフラが整えば、、
かなり近い将来の実用化も可能だという。
日産、ボルボなどがその技術の最先端をいくようだが、
いわゆるソフト系のGoogleとかAppleも触手を伸ばしているという。
こうした傾向は、市場がかなり有望であることを示している。
ただ、問題は万が一事故を起こしたときの責任とか、
そうした類いの法整備が遅れているのが現状らしい。
で、私が興味を示した発端は、
現役を引退したら何処へ住もうかという悩みだった。
いつまでも若者ぶってはいられない、
いつまで運転できるのかな、
そんな心配事を想像すると、
やはり駅近とか街中とか、
便利な場所への引っ越しを考えザルを得なくなる。
が、最近の自分的趣味からして、
あまり人の多いところとか繁華街に住むのはゴメンだ、
というのがあった訳で、
郊外に住みつつ何か良い移動手段があったらな?
と考えている最中だったのである。
そこに「自動運転」というキーワードが飛び込んできた。
私にとっては、かなり魅力的な近未来を想像させるニュースだった訳だ。
そう、
じじぃになったら、いまより更に静かな所で暮らしたい、
陽当たり良好、風光明媚。
小さな畑を耕し、近くには川とか湖とか海とがあって…
そんな希望を叶えてくれるのが、自動運転なのである!
街中などに用のあるときは、行き先をインプット。
私はクルマに乗っても、ハンドルは握らない。
で、景色を楽しみながら、いや読書ですか、
そんなことで時間を潰し、
めざすスーパーなり役所なりに自動で辿り着くという、
理想的なストーリー。
じじぃの入口に立った私が、
いまさら時代の流れに逆らったところで、
結構無理が祟っていたのは確かなことではある。
そこで、過去のこだわりを一切捨て、
今後の方針を一挙に180度切り替え、
時代の波に乗るというイージーな人間に変身することにした。
これが私の現在の姿なのである。
裏切り、罵倒、卑怯者。
そう、ムカシの仲間連中からは非難ごうごうだろう。
うーん、だが何と言われようと、
いまは自動運転の実現を切に望む。
ここは譲れない現在の私なのでありました。