言葉のかけらが降りてきては
それらがまとまらず繋がらない
ため息を吐くとふっと消える
窓ガラスの向こうの夜の空に
言葉がぶら下がっている
超能力でその言葉と交信してみたが
どうもいまの心境じゃない
違うんだよな、と思った途端
そのぶら下がりが地に落ち
きらきらとした都会の夜景は
色あせた
今度は時空を越え
あの頃のクラスメイトと会話を
交わしていると
やはりお前もかと言い
舞台はあの夏の日の話になる
あの夏の日
地元のチンケなガキが
アロハシャツをはだけて
喫茶店からたばこをくわえて
かったるそうに出てくる
もう何もやることがないな
蝉さえ鳴かないようなこの暑さ
この街
人もまばらな通りに
ふたりの目を引く張り紙があった
「豪華船旅でゆく沖縄」
アジア航空という会社がどういうものなのか
ふたりには興味がなかった
店内
話を聞いているうちに
どうせ暇だし、行ってみようかということになり
書類にサインをする
次の日から金を工面するため
横浜の港ではしけの荷運びの仕事をする
カンカン照りでの昼飯はビニール袋に入っていた
白飯とお新香と梅干し
コーラを飲みながら腹に飯を詰め込み
夕方ふたりはぼろぼろになって
金を手に電車に乗る
出発
竹芝桟橋で新・さくら丸に乗船する
本州の陸地に沿ってずっと航行を続ける
デッキで潮風にあたり
ビールをラッパ飲みしていると
吐き気がしてきた
初めての船酔い
船室に戻って寝込みながら
考えた
この先、俺たちは何処へ行こうとしているんだろう
一体、何をしようとしているのか
考えたが目眩がして
寝るしかない
ふたりで吐くのをこらえて
寝ることに集中した
二日目の朝
ふたりが船室の窓から
見たものは
いままで見たこともない
海と空の色
それは
夢のような夏の色だった
19歳の旅はこうして始まったが
あのチンケなガキの片割れはいま
川崎のとある会社の社長をしている
先日、半年ぶりに奴と話す機会があった
コスト、対中国市場の可能性と半導体デバイスの
展望について
「いまオレが社員のリストラ計画を作っていて
リストに出す名前を見る度に
うんざりするんだよな」と話し
もう嫌だよと吐き捨てた
戻りたいよな
あの頃に
相づちしか打てない
「19歳の旅」
そして
地元じゃ負け知らずのふたりが
横浜を出たのは
調度同じ頃だったような記憶がある
それから連戦連敗
やはり世間は広いと思った
東京で毎日続く他流試合
仕事そして子どもを育てて
生きてゆくということ
外の辛さが身に染みた
2杯目のコーヒー
なんとなく言葉がみえてきた頃
道に足音が聞こえる
夜が明け
いつもの喧噪が始まるのか
窓の外には
もう消えそうもない言葉が
浮かんでいる
洗面所でうがいをして
デスクに戻っても
たばこの煙を眺めていても
ついにその言葉は
消えることがなかった
コートを羽織って
外に出ると
暗がりの街並みの向こうに
薄い紅の空が
少しづつ
ゆっくり
広がりはじめ
星はうつろい
月はぼやけて
言葉だけが
輝いていた
もう一度だけその言葉と
テレパシーを試みてはみたが
憂鬱になることもなく
気が削がれることもない
それは
ビルの屋上の上にあっても
山の頂にあっても
色褪せることなく
私を魅了する言葉
19歳の旅
私の物語
19歳の旅ははこうして始まった
19歳の旅はここから綴られるのだ
そう
誰だって過去に生きられる
誰だって未来を夢見る
その言葉は
生きていることが
愛おしいことを
さも当たり前のように
語ってくれる