そこには、古いソファがあった。
木の足と手掛けが細工され、布は古びてはいるが、
ビロード地に薔薇の花が描かれていた。
きっと親戚の家なのだろうと、僕は思う。
広い居間には誰もいない。
僕は廊下のほうからこの居間を見ている。
陽射しが居間の椅子まで伸びて、
静かな時間が流れている。
遠くから、波の打ち寄せる音がかすかに聞こえる。
ちょっと湿った家だということに気づく。
ああそうだ、
僕は、人がやっとすれ違がうことができる細い坂の階段を昇って、
この家に辿り着いたのだ。
僕が立っている廊下には、
洋風の箪笥のようなものが置かれていて、
その上に、ガラスのドームで覆われた金色の時計が、
振り子を回している。
中に、金の歯車が幾つも動いていて、
そこから伸びた4つの金色の美しい金具が、
一定の間隔でぐるりと回る。
陽は少し赤みを帯びている。
夕方だなと思った。
なぜ、この家には誰もいないのだろう。
それでもなんの不安も感じない僕は、
ゆったりとした空間のなかで、
夏の終わりのような季節に、
この洋館の午後を楽しんでいた。
居間の真ん中には、
古びた大きなステレオが置いてあり、
結局僕は、後にこの居間で、一枚のレコードを聴いている。
それは、僕がこの居間でどうしても聴きたかった一枚で、
そのためだけに、
遠い自宅から、電車を乗り継いでわざわざ訪れたのだ。
レコードを回すのは、午後にしようと思っていた。
陽の美しい日を選ぼうと決めていた。
金色の時計は、そのときまで廊下の箪笥の上にあればいいと思った。
居間に座り、
おとなになった僕は、柔らかい夕陽を浴びて、
金色の時計を手にしながら、幼い日を懐かしんだが、
一枚のレコードに、僕の涙はとめどなく流れて、
この家の住人は、
やはり
その日も帰ってこなかったのだ。