夏草

男は答えた

俺はいま敵と戦っているんだ

それが一体誰なのかだ

正体を暴きたいてぇんだよ

錆付いた鎌で夏草を刈りながら

男は

金にもならない汗をぽたぽたと垂らしながら

チクショーチクショーと繰り返した

遠くに穏やかな海が見える

綿のような雲がぽかりと

二つ三つ通りすぎてゆく

その建物は遠目からみても異様に大きく

村や町を支配している君主のように

冷たい影を延ばしていた

息子なんだよ

男が胸のポケットから一枚の写真をとりだす

まだ小学生だろうか

半ズボン姿で陽に焼けた顔に満面の笑みで

こちらにVサインを繰り出している

こんなことになっちまって

息子にはすまねぇと思っている

男は手を休めず

吹き出す汗を拭いもしないで

刈った草を次々に放り投げてゆく

あのよ

この刈った草を畑に敷くだろ

枯れた草は土と相性がいいから

土はよろこぶし

雨が降って雪も降ってよ

みんな栄養になるのよ

本当はそういう国なんだよ

この国は

彼はようやく手を休めて

腰を伸ばすと

手ぬぐいで汗と涙を拭い

そのコンクリートの要塞のほうを向いて言うには

いままではやさしかったんだよ

彼奴らもね

だからわからねぇんだよ

人間って奴がよ

そして

草むらで捕まえたバッタを摘むと

高くかざし

こいつだってわからねえ

この先

どんな命なのかわからねぇよ

男の話を聞きながら

その敵というのは

こちらが想像していたものよりさらに大きく複雑で

それは誰かではなく

果たして形すらあるものなのかと

新たな不安がうまれ

私も

その男の持っていたもうひとつ鎌を借り

まずこの夏草を刈らねばなにも分からない

そううなだれるれるしかない程

身を恥じるしかなかったのだが

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